姉との再会
第一話ぶりの登場で「お姉様キャラ変わってない?」と思うも、久し振りに可愛い妹に会えばこうなるかと思い直しました。
領都の南門に守備隊が集っている。次期女王となるディニタ王女殿下を迎えるための配備であり、プルデンテが支度をする部屋からも見えた。
「予定よりも早いわ」
壁掛け時計の長針に視線を向けながら漏らせば、ドレスを締める背中のボタンが留められた。侍女達は、よれのチェックをするために滑らかな手触りの布地に触れる。
「問題なく街道を進めたのでしょう。近頃は山賊も鳴りを潜め、警備隊による巡回も滞りなく行われていると伺っています」
腰元を飾るリボンの調整をしていたシエナが顔を上げた。浮かべている穏やかな表情に、プルデンテの顔も緩む。
姉を出迎えるべき装いに濃紺のスレンダーラインのドレスを選んだ。繊細なレース造りのベルスリーブで露出も控えているため、プルデンテの落ち着いた雰囲気を引き立てる。
おそらく、ディニタの中ではプルデンテは十代の少女の姿で止まっているはずだと思い至った。だからこそ、今は成熟した女性であると彼女は意気込んで胸を張る。その胸元に植物の蔓を模した銀のネックレスが着けられた。中央にティアドロップカットのアメジストが輝いている。
「ビセンテとの不可侵条約が結ばれたことが領内の治安向上に繋がったのでしょう。バジーレ領軍は治安回復に注力し、女王陛下となられるお姉様が視察にいらしても問題ないほどに回復された」
「喜ばしいことです。この平穏が続くならば、若奥様も城塞に引き篭もる必要はなくなるでしょう。私も、夫か息子達の誰かがいないと町村の移動すら儘ならなかったものです。久し振りに故郷に戻ることができるかもしれませんわ」
小さなアメジストが連なり揺れるイヤリングをプルデンテ自ら着ける。彼女の髪はシエナによって纒められ、右肩に流された。濃紺のリボンと黒いレースに紫色の薔薇の造花で作られた髪飾りで耳下に留められている。
「バジーレに嫁いでから十年。ほぼ城塞で過ごしていましたから、治安の悪さは報告書によって知るのみ。気軽に帰郷もできないとは思いませんでした」
「バジーレはビセンテとの戦いに奔走していました。小競り合いから戦争までを絶えず古代から続けており、治安にまで手が回るはずもありません・・・さあ、お支度が整いましたよ。本日の若奥様も非常に美しいですわ」
シエナの言葉に鏡台へと顔を向ける。茶色を基調とした派手さのない落ち着いた色味の化粧で顔は整えられている。唯一鮮やかな唇も馴染む薔薇色で、微笑みを浮かべれば唇の形の良さを強調するのみ。
「本日も美しく飾ってくださってありがとうございます。シエナも皆様も、素晴らしい技術をお持ちだわ」
座っていた椅子から腰を上げて、踵を返す。柔らかな布地のスカートが揺れて、多少捻れてしまった。プルデンテは自身の手で調えるが、向かい合っていた侍女達は感嘆と息を漏らす。
自身の仕える主人は、これほどまでに美しい。その気持ちは心象が関わっているものの、だからこそプルデンテをより引き立てていた。
「家を預かるに相応しい夫人だとお姉様が認めてくださるかしら?」
「ええ、勿論。若奥様は美貌と聡明さを兼ね備えていらっしゃますもの」
「まあ、それは・・・ありがとうございます」
称賛を素直に受け取ったプルデンテは、シエナの先導を受けながら自身の部屋をあとにした。子供達の支度の確認をするために、彼女達のいる部屋に向かう。
然程時間をかけずに辿り着き、シエナが部屋の扉をノックする。返事を受けることで彼女は扉を開いた。プルデンテが足を踏み入れれば、娘達はそれぞれの侍女による着替えの最中だった。
「おかあさまぁ〜」
ファビオラが駆け寄ろうと手を伸ばすが、侍女が二人がかりで押さえる。彼女が身に着けているのは彼女自身が要望したドレス。桃色のふんわりとしたプリンセスラインで、侍女達はシルエットを整えるべく、腰のリボンを結んでいた。
「どうです?かわいいですか?おひめさまもわたしのことをかわいいって言ってくださるかしら〜」
「ええ、とても可愛いわ。あとは髪に赤いリボンを付けましょうね。侍女の方々がしてくださいますから、動いてはいけませんよ?」
「はぁい!では、おねがいしますぅ」
ファビオラから満面の笑みを向けられた侍女達は見事に魅了された。表情を緩めながらも、彼女の艶やかな銀の髪を丁寧に結い、ツインテールにすると根元をリボンで飾っていく。
可愛らしい装いのファビオラに、和んだプルデンテは笑みを浮かべていたが、その灰色の瞳の目が何着ものドレスを眺めているだけのテオドラを捉えた。侍女によって女児用のコルセットとペチコートは着ているが、どの色のドレスを着るか悩んでいるようだった。
彼女が近付いて並び立てば、気付いたテオドラに見上げられた。
「お母様」
「色で悩んでいるのですか?貴女ならばどの色のドレスでも似合いますよ」
「いえ、色ではなくて・・・」
一旦、足元に視線を落としたテオドラだったが、すぐに顔を上げた。その表情は張り詰めている。
「私は令嬢ですからドレスを着るべきだとは分かっています。でも、どうしても軍服が着たいんです。まだ騎士じゃないですけど、それでも騎士になりたいって女王様にヒョウメイするために着たいんです」
「まあ・・・」
真剣な眼差しを受けて、プルデンテも口元を引き締めた。彼女は侍女達が整えてくれたドレスが皺にならないように腰を屈めるに留めると、真っ直ぐ見つめてくる青い瞳と目線を合わせる。
「騎士ならば当然でしょう。母がお姫様だった頃に謁見にいらした騎士は全員軍服を着ていましたもの」
「じゃあ!」
「ええ、お姫様とお会いするのだから軍服を着るべきだわ・・・貴女、よろしいかしら。テオドラに式典用の軍服を用意してくださる?」
テオドラの侍女に声をかければ、彼女はすぐ了承して部屋を退室した。衣装部屋から予め用意していた軍服を取りに行ってくれた。
見届けたプルデンテは改めてテオドラの顔を覗き込む。嬉しいと口元を緩めて瞳を輝かせる様子に、無意識に笑みが浮かんでいた。
「・・・ああ、そうだわ。一つ教えておきますね」
「なんでしょう?」
「ディニタお姉様、つまりこちらにいらっしゃるお姫様ですが、常に軍服を纏っている方です。文武両道のお強い方ですからお姫様というよりは騎士様かしら?」
「そうなのですか?じゃあ、騎士のお姫様は本当にいるんだ・・・」
目を丸くするテオドラの銀色の髪に触れて、指先で梳く。
成長するにつれてディニタと瓜二つの容姿になってきたと思っていたが、志向までも似るとは思っていなかった。そのような姪の姿を見た姉はどう思うか。楽しみに思ったプルデンテは、笑みで緩んでしまった口元を手の指を揃えて隠す。そして、軍服の到着と共にテオドラから身を離した。
コルセットとペチコートを脱ぎ、一人で黒い肌着にシャツを着て、タイツを履く様子を眺める。
「若奥様」
侍女の一人が身を寄せていた。テオドラが上着を身に着ける姿を目にしつつ、耳を傾ける。
「報告がありました。第一王女殿下は視察で領都を巡っている最中ですが、正午にはこちらにいらっしゃる予定だそうです」
「そうですか・・・一時間もありませんね。昼食の用意は?」
「すぐにでも提供できるように下準備は終えています」
「分かりました。第一王女殿下は焼き菓子を好まれます。調理場に、食後の茶請けとしてマドレーヌかクッキーをご用意するように伝えてください」
「畏まりました」
すぐに侍女が向かえば、すれ違いで別の侍女が入ってくる。まだ乳児であるヴェネリオ付きの侍女も、同じ様に身を寄せていた。
「乳母をもってしてもヴェネリオ様が泣き止みません。触診ではありますが発熱はしておらず、おしめでもないので、おそらくは若奥様のお乳を強請っているのだと思います」
「まあ、昨日は乳母の乳がいいと泣いていたのに、食事に関しては我儘な子ですね。すぐに向かいますが、一応お医者様をお呼びしてください。今日はヴェネリオのお相手はできませんもの。一切の不安は取り除いて、ぐっすりと眠ってもらわなければいけませんわ」
「はい、畏まりました。姉君との再会ですもの。積もるお話もあるでしょう」
「ええ、お姉様に今の私の見ていただきたいもの・・・二人とも、着替えが終わったらこちらで待っていてくださいね」
しっかりと軍服を着込み、長い銀髪を一つ縛りに結い上げられている最中のテオドラ。愛らしいドレスに感激してくるくると回ってスカートを舞わせるファビオラ。愛らしい娘達に言葉を送り、不満と声を上げる子はいれど、見送られながら部屋を退室した。
侍女と共にヴェネリオの部屋に入り、響き渡る鳴き声に「まあ」と声を漏らせば、乳母の腕の中にいるヴェネリオが涙で煌めく金色の瞳を向けてきた。小さな手を振り上げるのは、もしかすれば母親を呼んでいるのかもしれない。
すぐさま早足で近寄ると、泣く我が子を乳母から受け取る。疲れた様子の彼女に休むよう指示を出して、プルデンテは部屋の椅子に腰を下ろした。追ってきたシエナにドレスの背中のボタンを外してもらい、皺にならないように寛げてもらう。
胸を晒した瞬間、ヴェネリオは乳に吸い付いた。凄まじい吸引と一生懸命に唇を動かす様に、思わず笑ってしまう。
「本当に食いしん坊さんね」
「出生体重もありましたから、坊ちゃんは大きくお育ちになりますわ。お祖父様くらいの体格になられるかもしれませんね」
「まあ、それは・・・逞しい子になるのでしょうけれど、アストゥートのように優美さも兼ね備えてほしいわ」
「アストゥート様を優美だと思われるのは若奥様だけですわ」
シエナの驚きの声にプルデンテは笑みを零し、懸命に乳を飲むヴェネリオを見つめ続けた。
そうして過ごせば一時間が経ち、姉であるディニタ第一王女殿下の訪問の時刻。主治医の検診を受け、満腹から寝入った息子を乳母に託すと、娘達を引き連れて城塞の玄関前に向かう。先にいたアストゥートは式典用の軍服を身に着けて佇んでいた。隣に並び立って見上げれば、笑みで目を細めた顔がある。
「本日の貴女も美しい」
「まあ、嬉しい。お姉様とお会いしますので、いつも以上に美しく飾っていただいたのです」
「貴女はいつでも素晴らしい人ですよ」
腹部に添えていた手の甲をアストゥートの左手の指が撫でた。その感触に体が跳ね上がり、手の力も抜けたことで彼の左手が滑り込む。指を絡まるように握られたことで、気恥しさからプルデンテは頬をほんのりと染めた。
「手をつなぐのがマナーですの?わたしもしますぅ」
「違うよ、ファビオラ。これは仲良しのフウフだから手をにぎっているだけなんだ」
「まあ・・・」
眺めていたテオドラに事実をそのまま言葉にされたことで恥ずかしさが高まり、プルデンテは僅かに視線を下げた。熱くなった顔を冷まそうと、空いている手の甲で自身の頬に触れる。
「君達もきちんとした装い、そうだな・・・テオドラは騎士らしく、ファビオラは可愛い。よく似合っているからディニタ王女殿下にも見てもらおう。姿勢よく立つんだ、分かったね?」
「はい、分かりました」
「えぇ、でもぉ!わたしも手にぎりたいです、おとうさまぁ」
ファビオラがアストゥートに手を伸ばせば、彼は小さく笑みを零して右手を差し出した。娘の小さな両手に掴まれると、彼女の体を自身の右側に誘導する。
「おとうさまの手ってほんとうに大きいですわねぇ。ゴツゴツしていますわ〜」
「武器を握るからこういう手になった」
「えっ!ということは、おねえさまもゴツゴツになるのです?」
ファビオラはプルデンテの左にいるテオドラを見るべく、体を傾けた。驚きで丸くなった金色の瞳の目と、ツインテールにした銀髪がサラリと流れる様は愛らしいの一言に尽きる。
「ゴツゴツにはなる。私は騎士だからね」
返答するテオドラも、胸を張って自身に満ち溢れた表情を浮かべていた。可愛い娘の所作に愛おしさを抑えきれなかったプルデンテは、ポニーテールを崩さないように絹糸のような銀髪を撫でた。
言葉を交わすことで僅かに時が経ち、前庭の奥に見える障壁の門番が鉄製の門扉の開錠を始めた。
「いらっしゃったようですね」
合図としてアストゥートの手の甲を指で撫でれば、握り締める力は失せて外れた。テオドラの髪を撫でていた手も下ろし、背筋を伸ばして佇む。
「・・・お義父様はすでにお出迎えを?」
「ディニタ王女殿下が領都に到着した時に、歓待するよう南門へ運んで置きました。力で負けたら引き下がるという家訓がバジーレ家にはあると知っているでしょう?殴って制したから奴は俺に従わざるを得なかった。いくら筋肉質で大柄の男とはいえ、俺が手足を縛ればろくな抵抗もできません」
いつかの、思い起こせばテオドラを出産した日にアストゥートがバジーレ辺境伯を倒していたことをプルデンテは思い出す。家訓だろうとも、やや呆れてしまった彼女は息を漏らした。
「武力行使などいけません」
「そういう家訓を作ったのは奴だ・・・ああ、扉が開く。王女殿下がいらっしゃいましたよ」
重々しく鉄の扉が開いて大型の馬車が入ってきた。六頭の青毛の馬が牽引する豪華な馬車は、プルデンテにとって馴染み深いもの。王家の馬車に気が引き締まる。
馬車は十人の騎馬兵を引き連れて玄関前に止まり、御者台から降りた従者が扉を開けば。
「プル!!」
段差を飛んで麗しい貴人が彼女に詰め寄り抱き締めてきた。知っている爽やかな香りの香水と、王家の者が纏う軍服の装飾が頬に食い込むことを感じる。力強く抱き締められる圧迫感に息が苦しくなったプルデンテは、その人の柔らかな胸を叩いた。
「ああ、十年ぶりだ!可愛いお前と別れて十年!一目で美しく成熟したと、ん?どうした?姉の温もりに愛おしさを募らせたか?」
「ち、違います。苦しくて、少し力を」
「おっと、すまない。お前を目にして喜びが抑えられなかった」
背中と腰に巻き付く腕の力が緩み、密着していた上体を離すことができた。空気を得ようと呼吸しながらも彼女は顔を上げる。
女性の王族としては珍しい短髪は美しい銀色。どちらかといえば女性の心を奪う美麗な顔は笑みで綻び、細めた目の色はサファイアの輝きを宿している。
見目麗しい王子様のような姉ディニタ。十年前と変わらず衰えのない美貌と愛情深さを感じて、プルデンテはうっとりと微笑んだ。
「すっかり貴婦人となったな、私のプル。装いはバジーレ領の特産物か?ドレスの作りもさることながら目を引くのはアクセサリーだ。バジーレ領の職人による装飾で特産のアメジストを使っているね。お前によく似合っているよ。ああ、私の妹はやはり美しく可愛らしい。慎ましくあろうとも輝いてしまう」
止めどなく紡がれる言葉。ディニタが興奮していると察したプルデンテは、その肩を優しく叩いて、目線を合わせて真っ直ぐに見つめた。
「霧がかった湖を思わせる神秘的な瞳・・・相変わらず吸い込まれそうだ」
「吸い込まれずに落ち着いてくださいませ、ディニタお姉様。視察を終えて当家にいらっしゃったのでしょう?バジーレ家を紹介させていただきたく思います」
落ち着いた声色で言葉を紡ぎ、密着していた体を離す。姉の目を引き付けるかのようにゆったりとした動きで手を差し出して、アストゥートや子供達へと視線を誘導させた。
「そうだった、プルとの再会に高まってしまっていた・・・久方振りだな、アストゥート殿。私のプルとの間に三人の子に恵まれ、互いに支え合っているともプルからの手紙で知っている。貴殿は見るからに健康で精力的だと分かるな。非常によいことだと思う」
「・・・お褒めに預かり、恐縮です」
平坦な声でそれだけを告げた彼は、敬礼と頭を下げた。ディニタは流し目でアストゥートから視線をそらすと、勢いに圧倒されて見上げることしかできないテオドラとファビオラを捉える。
「ああ!プルの子だな!なんと愛らしい!騎士のように勇ましい装いの子はテオドラで、そちらの可愛らしいご令嬢はファビオラだな。ここにはいない赤子はヴェネリオだったか。それにしてもよい顔立ちと佇まいをしている、流石プルの生んだ子供達だ」
「あっ、あいさつがおくれました。申しわけございません。お初にお目にかかります、ディニタ王女殿下。テオドラ・バジーレです」
「はじめまして、ファビオラです」
声をかけられたことでハッと気付いたテオドラが敬礼をすると、ファビオラも倣って深々と頭を下げた。その姿にディニタは胸を押さえて震えると、素早くプルデンテに振り返った。
「抱き締めても!?」
「驚いてしまうので止めてください」
きっぱりと言いのける。「残念だ」と暗い表情を見せられてもプルデンテは言葉を撤回しなかった。
ふとアストゥートと目が合う。姿勢を戻した彼は眉を寄せていた。王女殿下らしからぬ態度に困惑しているようで、プルデンテは苦笑を浮かべることしかできない。
「お母様、よろしいですか?」
その場に聞き覚えのない声が落ちた。繊細さのあるソプラノにプルデンテが振り向けば、馬車の段差に少年が立っている。
どこか自分に似た容貌で少女を思わせる可愛らしい顔立ちをしているが、身に着ける礼服から王族であることに間違いない。
察した彼女は淑女の礼を取った。従者の手を借りて降りた少年に微笑みかける。
「お初にお目にかかります、エーリオ王子殿下。プルデンテ・バジーレにございます」
「はじめまして、プルデンテ叔母様」
間違いないと声をかければ、返されたのは屈託のない笑み。
ディニタは六歳になる息子のエーリオも視察に同行させていた。知り得なかったことに多少動揺するも、すぐさま控えていたシエナに視線を向ければ、彼女は敬礼をして去っていった。信頼する侍女が意思を汲み取ってくれたことに、安堵したプルデンテは小さく息を吐いて、エーリオを呼び寄せるディニタに顔を向ける。
「王子殿下もいらっしゃるとは存じ上げていませんでした」
「本来ならば私一人だったが、エーリオが一緒に行きたいと願ったのでね。東の要所であるバジーレ領の体勢、現在の治安と国境線の状況を知る機会だと思ったから連れてきてしまった。これも教育の一環だよ」
「それでは、王配になられる」
「ああ、あいつには私の代理を任せている。国王陛下の後継者が数日不在となれば国政も滞るからな。なに、慰めにバジーレの土産を渡して旅行話もしてやるつもりだ」
プルデンテの言葉を遮って告げたディニタは、物音が聞こえたことで馬車へと顔を向けた。プルデンテも引かれて続けば、出入り口にもたれかかってぐったりとしているバジーレ辺境伯がいた。
「ハハッ!ジジイはすっかり体力を失ったと見える!たかが領都の要所を引き摺り回しただけじゃないか。軟弱になったな・・・精進が足らないのではないかな?」
「文字通り引き摺り回して、この言いよう・・・」
「弱々しい声だ、よく聞こえない・・・何か伝えたいのなら声を張り上げろ、だったか?そうだったな、ジジイ?」
「ぐ・・・申し訳、ございません」
二人のやり取りに呆気に取られたプルデンテは、真顔のアストゥートと顔を合わせた。軋轢があると目に見えて分かる対応に唖然としてしまう。
ディニタは鼻を鳴らしすと、顔を前に戻した。テオドラとファビオラに声をかけて、まだ幼いエーリオの歩幅に合わせて歩き出す。子供達を連れて本館の正面入口に向かっていく。
「あれほどまでに態度の悪いディニタお姉様は初めて見ました」
「敵意を向けられているというか、張り合っているというか」
「プル、アストゥート殿。バジーレ家でこの身を休めて構わないのだろう?案内を頼みたい」
「え、ええ。はい、今すぐに」
呼ばれたことでプルデンテは後を追った。アストゥートはディニタに随行した配下達に休息を告げてからあとに続き、一人残されたバジーレ辺境伯は呼吸が整うまで馬車から降りることもできなかった。




