戦いの終結
区切りから文章短めになっています。
追記∶文章ガッタガタだったので多少手直ししました。推敲甘くてすみません。
肌を晒していたプルデンテに、アストゥートは身に着けていた外套を掛けて包んだ。彼の大きな手が肩に触れると引き寄せられる。その安心感のある温もりを感じながら、気絶したと思われるレジェスや彼の配下がバジーレの兵士達に連行される姿を灰色の瞳に映していた。
プルデンテはぼんやりと、足首の負傷を含めた心身の疲弊もあることから、力なく事の成り行きを眺めることしかできない。頭上からアストゥートが厳しい口調で言葉を発している。バジーレの兵士達に指示を出しているが、多少高圧的だと感じることしかできなかった。何気なく、呼吸のために小さく息を吐く。
そうすれば、肩を抱くアストゥートの手の指が労るように肌を撫で、軽く体重を乗せるように身を寄せてきた。
「プル、大丈夫ですか?あと二言三言、部下に指示を伝えたら城塞に帰ります。苦しいと思いますが、もう少し耐えられますか?」
「・・・いえ、大丈夫です。多少の疲労を感じるだけ。こうして、アストゥートが支えてくださってますもの。私は大丈夫」
「いや、すぐに要件を終えます。そこのお前、今すぐ警ら隊長に」
見上げれば心配だと眉を顰めた顔があった。プルデンテの様子を見たアストゥートは言葉を交わすと、すぐに表情を切り替えて兵士に指示を送る。
怒気を纏わせていると思うも、諌める言葉を告げる唇すら重い。何より、今は支えてくれる彼への愛しさから胴に腕を巻き付けてしがみ付いた。
レジェスはアストゥートの死を示唆していたが、こうして生きて戻ってきてくれた。力の出ない体を支えてくれさえいる。それだけ、その喜びだけを感じて深く息を漏らす。
「・・・──いいな?伝えてこい。では、プル。俺達の家に帰りましょう」
「ん、アストゥート」
彼は障壁の石の床に腰を下ろしていた彼女に声をかけると、肩の手はそのままにして膝の裏に腕を回すと持ち上げた。軽々と横抱きにされた彼女は、そのしっかりとした首に腕を回し、筋肉が張って硬い肩口に頭を寄せる。
アストゥートは怪力であると狩猟祭の時に知った。プルデンテは平均よりも多少胸が豊満なことから体重があるが、だからこそ彼は息を上げず、重さもないかのように軽快な足取りで進んでいく。
障壁上部から小麦挽きの塔に戻り、薄暗い通路も勾配のある階段もものともせずに歩いていく。階段を降りる際は、流石に彼女の体は上下に揺られたが、それ以外は安定感を保ったまま運ばれた。
内部調査のためのバジーレの兵士達とすれ違いつつ、小麦挽きと監視の塔から無事に出ると、従者によって留められていた黒鹿毛の馬の元に行く。そのまま落ち着き払った彼の愛馬の背に乗せられた。
その際、支えがないことから彼女の体はぐらりと揺れたが、すぐさまアストゥートが後ろに乗る。彼の逞しい胸にもたれ、手綱を握る両腕の合間にいることでもはや落ちる心配はない。
二人を乗せた黒鹿毛の馬が歩き始める。ゆっくりとした歩調で、戦場と化していた領都の中を進んでいく。
「・・・当初の予定では」
馬の歩行から身を揺らしていれば、頭上から声が落ちた。プルデンテが見上げると、前を見つめた麗しい容貌の顔が瞳に映る。
「鉱山町を制圧したビセンテ軍との交戦のはずでした。しかし、今はもう知っていると思うが、行軍の途中で土砂崩れが発生したことで俺達バジーレ軍は飲まれてしまったんです」
「ええ、窮地から帰還した二名の兵士から報告されました。そのすぐ後にあの方、レジェス・ビセンテが爆薬を用いて土砂崩れを発生させたと仰っていたので、バジーレ軍に起きたことは存じています」
言葉を返すものの、疲れから溜め息を漏らしてしまう。その直後、彼女はアストゥートが灰色の髪の頭頂部に唇を寄せたと、頭皮に息を受けたことで分かった。
「無理に話さなくていい。貴女は自身が思っている以上に疲れている。顔色が悪く、表情にも生気を感じない。状況からレジェスに追い詰められて酷い仕打ちを受けたと分かっています。だから、ただ報告を受けたと聞き耳を立ててくれるだけで構いません」
「・・・貴方も、過保護だわ」
プルデンテは、アストゥートに全てを預けるように体重すら乗せて寄りかかる。すぐさま彼の左腕が動き、落ちないように腰に巻き付いて締められた。
視界に映る領都の車道では、馬から落とされたビセンテ軍の兵士が複数の兵士に囲まれて拘束を受けている。
「軍本隊の殆どが土砂崩れに巻き込まれましたが、異物の少ない土砂利だったことと、受けた地点が比較的平らな場所だったので、ほぼ全員が自力で脱出できました。未だ行方不明の者、死亡した者もいますが、ビセンテ軍の追撃により対応は後回しになっています」
死者が出たことにプルデンテの胸は痛む。領都の戦いでも、眼前でレジェスに殺された警ら部隊の兵士達を目にした。自身の役目を全うするがために死した人々に、彼女は胸の内で哀悼する。
「その場は戦場になり、殲滅に至ったのは一日ほど。すぐに鉱山町に向かう部隊と領都に帰還する部隊を編成して、俺は帰還部隊の司令官として戻ってきたんです」
プルデンテは相槌のために頷く。
馬のゆっくりとした走行の最中。前を向く彼女の視界には、倒れ伏したバジーレの兵に縋って泣いている少年の姿が映る。彼らを囲う兵士達も顔を伏せ、その更に奥、路地裏の入り口で八つ裂きにされたと分かるビセンテの兵士が倒れていた。灰色の瞳に映った凄惨な光景は、彼女の脳裏に焼き付く。
「あのときは土砂崩れが人為的なものだとは分からなかったが、すぐに現れたビセンテ軍の部隊に何かあると感じたんです。戻る選択を選んでよかった。自分の直感を信じてよかったと思っています・・・一足遅ければ、貴女はレジェスの餌食になっていた」
「・・・それだけではなく、領都の人々も、私達の子供達も、大切な友人も知人もビセンテ軍による蹂躙を受けていました」
「コルンバーノ、いや、南門の守備隊長から報告を受けています。貴女が、領都の守備に残った兵士に指示を出して侵攻を押し留めようとした、と。この地を守ろうと必死に考えて、矢面にすら立ったとも聞かされました」
アストゥートは深く息を吐き出す。
「俺は、理由があったとしても貴女を守れなかった。罰を受けたいと思う。だが、その前にプル。貴女を讃えたい。貴女が頑張ったから領都の被害は最小限に留まった。的確な指示を行い、民間人には一切の被害が出ていない。貴女が領都を守ってくれたんだ。ありがとう、プル」
プルデンテの瞳に広場が映る。警ら隊長とその隊員は目に見えて大怪我をしていると分かるのに、捕らえたビセンテ軍の兵士複数人と問答をしていた。
彼女は、そのまま視線を動かさずに首だけを横に振った。
「私は、何もできませんでした。私の判断は遅かったのです。もう少し、しっかりと考えて的確な対応をしていれば、命を散らす方はいませんでした」
悔いを口にすれば、彼女の護衛騎士達が見えた。レジェスによって引き離されてしまったが、彼女達に負傷はあっても生きている姿を捉えることができた。安堵から息を吐けば、腰に巻き付いていたアストゥートの手が労るように腹を撫でる。
「俺は頑張った貴女を甘やかしたいんです。戦場にも出たことがない貴女が、このバジーレを思って奮い立った。攻撃を受けても怯まずに、ビセンテの内通者から暴言を吐かれても屈しなかった。貴女は頑張った。だから、少しでも心が休まるように俺の言葉だとしても安らぎを与えたい」
「・・・貴方は、私に甘すぎると思いますわ」
「奮起した愛する人を甘やかして何が悪いというのですか?その身に受けた重圧の凄まじさを慮って、癒しを与えたいと願うのは当然のこと。俺は貴方の夫だ。甘やかす権利がある」
腹を撫でていた手が離さまいと力を加える。その強さと温かさを感じたプルデンテは、静かに目を閉じた。
徐々にビセンテ軍は制圧されている。司令官であるレジェス・ビセンテも捕縛された。内に潜んでいた内通者達も捕らえられただろう。
「私のことよりも、弔いをしなければなりません。領都での戦いと、行軍の最中に命を落とした英雄達の弔いをしたいのです」
「勿論、バジーレを守ろうとした勇士だ。彼らの魂が安らかな眠りにつくために、貴女の言う通り弔いましょう」
アストゥートと馬の走行による揺れだけを感じていたプルデンテは、ゆっくりと目を開いた。
我が家であるバジーレ家の城塞が近付いてくる。高台に向かう坂道を進み、避難と集った領都の人々の無事な姿が見える。顔を向けてくる彼らとすれ違いざまに目線を合わせていれば、城塞の障壁門前に辿り着いた。
二人の到着に、門番は重厚な扉を開いて慣れ親しんだ我が家の全景を見せる。
「ただ、弔いは父が山間部のビセンテ軍を制圧してからになります。父とは山道途中で別れたので、あちらの状況は全く分からない。部隊の人員こそ多いが、ビセンテ軍に加えて捕縛対象の元守備隊長の一族もいる。間違いなくビセンテ軍に加勢しているので、時間はかかると思います」
「お義父様は大丈夫でしょうか?」
「心配するだけ無駄だ。奴は土砂崩れとビセンテ軍の襲撃に凄まじく怒っていました。加減ができずに皆殺しにしてしまうことこそ心配すべきでしょう」
「・・・そうですね」
怒れるバジーレ辺境伯を想像し、その迫力に気圧されて言い淀む。アストゥートは「母を殺されたんです、父の怒りは正当なものだ」と言葉を続け、プルデンテは同意も含めて頷くことしかできなかった。
「父の部隊が捕虜を引き連れて帰ってくるまでは時間がかかる。ただ、これからは俺がいます。不在中は貴女に負担をかけましたが、戦後処理も後始末も俺がします。だから、貴女は怪我の治癒に専念してほしい」
「気付いていらっしゃったのですね」
「足の運び方の違和感から判断しました」
言葉を交わしつつも騎乗する馬は進み、玄関口に辿り着いた。その瞬間、扉が勢いよく明け放たれる。飛び出すかのように現れたシエナを含めたプルデンテの侍女達は、蒼白した顔色で苦しそうに眉を寄せていた。
「ああ!若奥様!略奪者の手に落ちたと聞き及んでおりました!ご無事に戻られてよかった!!」
「いや、プルデンテは負傷している。急いで医者を呼べ」
「まあ!アストゥート様、私に若奥様を!」
「担架の用意をいたします!」
「落ち着け、プルの怪我に響くだろう」
簡素な説明に侍女達は慌てふためいた。馬上のプルデンテに手を伸ばすほどで、彼女の身を支えるアストゥートの注意すら受けた。
彼は感情のない平坦な一言で侍女達を落ち着かせると、控えていた厩務員に馬を押さえさせた。アストゥートは馬から降り、すぐに振り返ってプルデンテの腰を両手で掴んだ。持ち上げると、自身に引き寄せて抱える。
「アストゥート様、担架のご用意をいたします」
「必要ない、俺が運ぶ。お前は先に行って準備をしておけ。診察が長引く可能性もある。プルが必要以上に疲労を感じないようにしろ」
突き放すような口調、温度を感じない声色。彼の冷たさを目にして、彼女は逞しい腕に触れた。嗜めるように軽く叩くも、アストゥートは意を介さない。プルデンテには優しい笑みを見せて額を合わると、金色の瞳の目で覗き込んでくる。
「大丈夫ですよ、プル」
彼は歩き始めた。その速度と足取りから、心に余裕がないと感じた彼女は言葉を飲み込む。
(今はアストゥートの対応を注意するなんてできないわ。私のことで心苦しく思っていらっしゃるもの)
心境を理解することで何も言えない。アストゥートが落ち着き、自身も休んでからだと思う。
医者による診察から、プルデンテの右足首の骨にヒビが入っていると判明した。しっかりと包帯を巻かれて絶対安静となった彼女は、体中にある痣や擦過傷の治療も終えたことでベッドに身を預けていた。
シエナと侍女達の甲斐甲斐しい看病を受けながらも、扉が明け放たれた隣室の光景を映す。
治療の最中、プルデンテの負傷を耳にした子供達が訪ねてきた。無事であることを告げれば、テオドラは安堵の表情を浮かべ、ファビオラには抱き着かれかけた。咄嗟とアストゥートが止めたことで事なきを得たが、子供達の安心しきった様子にプルデンテも胸を撫で下ろす。
現在、子供達はアストゥートが見守っている。ソファに腰を下ろす彼は、ぐずりだしたヴェネリオを乳母から受け取り、片手で軽々と抱き上げていた。父親を見上げる彼と顔を合わせている。テオドラが何かしら話しかけているようだが、寝室のベッドにいるプルデンテには聞こえない。表情から、心配事ではないと察するのみ。その隣に座るマイペースなファビオラは、玩具の茶器でおままごとに興じている。ヴェネリオに紙で作ったケーキを食べさせる真似すらしていた。
アストゥートは様々な事柄で疲労し、未だに戦場にいるバジーレ辺境伯の名代として領都の事後処理もあるにも拘らず、いつもと変わらない。いつも通りの彼のままだった。
馴染んだ光景は平穏そのものであり、今後控えている事後処理に多大な労力を有すると分かっていても、今だけは穏やかな時が流れている。
(領都に侵入したレジェス・ビセンテの部隊は制圧となった。脅威があるとすれば、山間部を制圧した残りのビセンテ軍でしょうけれど、そちらもお義父様が収めてくださる)
すっかり安心感を得たプルデンテは、処方された鎮痛剤の副作用による眠気から意識が微睡んでいく。
「おやすみなさいませ」
気付いたらしいシエナが、母である王妃のような優しい声色で言葉を紡ぐ。
「ええ・・・少し、やすみます・・・」
ランプの光もすぐさま消されて薄暗くなった寝室。「若奥様はお休みになられました」という言葉を耳にしつつ、彼女は心地いい眠りへと落ちていった。




