戦乙女の支度
肌を整えるほどの薄化粧に、デザインがシンプルな水色のドレスとサファイアのネックレスを身に着けて、プルデンテは自身が映る姿見を見つめる。
後ろにシエナが落ち着いた様子で控えているとも灰色の瞳に映して、その目を真横に向けた。
今は飾りのようにスタンドに掛けられている戦乙女の鎧。下半身の防具は保管されたままだが、上半身だけでも十分に勇ましくも威厳に満ちて、この地が戦場であるという緊張感を与えるだろう。その羽飾りのある兜の額当てには、素材の不足から修繕されていない穴があり、自身が矢による攻撃を受けたと思い出す。目にした者は痛ましいと感じるか、恐怖を得て身を縮めてしまうか。
「・・・予定通り、鎧を身に着けて広場に向かいます」
「畏まりました」
広場に集まる領都の人々の感情が、プルデンテの装い次第で変わるとは分かっている。しかし、本日も障壁では作戦は決行される。砲弾を失ったことで砲撃はできないが、オルサコリーナ将軍が率いる部隊と四門の守備隊によって、ビセンテ軍に対する攻撃はは続けなければならない。バジーレ領を存続させるためにも、決して屈してはならない。
その戦いの最中、総指揮官であるプルデンテが繊細な刺繍と華やかなレースに飾られたドレスをで壇上に上がれば、それこそ人々に不信感を与える。だからこそ、不安と恐怖を煽ろうとも重厚な鎧は身に付けなければならない。
護衛騎士とシエナが協力して、プルデンテに戦乙女を模した鎧を装着させる。勇ましくも美しさを引き立てるデザインは、室内にいる他の侍女も警護の護衛騎士達も感嘆と息を漏らした。
「やはり、非常にお似合いです。若奥様・・・私としては身に着けて欲しくないという気持ちに変わりはありませんが」
「安心してください、前線には二度と向かいません。この地に住まう人々へと、この地を守るためにお話をするだけです」
「ビセンテ領の内通者は領都にも潜んでいると思われます。幸い、現在は兵役に就く者達に怪しい動きはありませんが、民間人の中に紛れていないとは思えません。若奥様が公に姿を現すことで攻撃に転じる可能性があります」
装飾のあるブレイスが取り付けられて、ベルトで締められる。身を締め付ける感覚に、プルデンテの気持ちも引き締まった。
「想定内です。広場は警ら隊に守られています。何より、私には信頼のおける護衛騎士の方々がいますもの」
手を動かしながら話すシエナに、灰色の髪を纏められてシニヨンを作られると、残った髪で作った三つ編みがその根元に巻き付く。すっきりとしたヘアスタイルに、プルデンテは口元を緩めた。
姿見に視線を向けつつ、いつの日かに読んだ神話の書籍に描かれた戦乙女の挿絵を思い出す。くすんだ色味の自身では、挿絵にあった華やかはないと彼女は思った。
しかし、だからこそ実際に戦場で駆ける乙女のようだと思う。戦場を駆けた先祖の姫君達にも見劣りしない様相であるとは自負できた。
(いえ、見た目だけを取り繕っても駄目だわ。私の決意を皆様に告げて信頼をいただけてこそ、私はご先祖やお姉様達と同等に)
「プルデンテ様、装着が終わりました」
護衛騎士の声で思考から引き戻される。その灰色の瞳は姿見を映し、きっちりと優美な鎧を身に着けた女を映していた。その髪色が灰色でなければ、自分自身とはすぐに認識できなかっただろう。
「ありがとうございます」
口元に笑みを浮かべながら礼をして、僅かに表情を強張らせたシエナに顔を向ける。
「シエナも、この鎧に相応しい装いにしてくださってありがとうございます。やっぱり貴女の技術は素晴らしいわ」
「・・・次こそは夜会での支度をお手伝いしたいものです」
彼女はプルデンテの決心に納得はしていない。ただ、それが親心に近い感情からだとプルデンテは気付いている。危険なことをしてほしくない、傷付いてほしくないといった思いからくるもの。母となったことで理解できていた。
それでも、不満を抱えつつも、しっかりと職務を全うするシエナに敬意を抱く。
「この難事を乗り越え、アストゥートとお義父様が帰還されたら、戦勝の宴が開かれるでしょう。そのときに支度をお願いします」
微笑みを見せて告げれば、シエナは不安と眉を寄せつつも頷いてくれた。
了承を得たことでプルデンテは足を踏み出した。攻撃の跡が残る兜を腕に抱えて扉に向かう。出入り口である扉は護衛騎士に開かれて、そのまま囲まれて歩き進んだ。自身の纏う鎧から金属の擦れる音を耳にしつつ、背後に続くシエナが率いる侍女達とも廊下を進んだ。
その廊下にある一部屋の扉が開く。位置から察したプルデンテは立ち止まり、彼女に従って護衛騎士も侍女達も立ち止まった。
「お母様?」
「まあ!よろいのおひめさまですわぁ!おねえさまがよんでくださった絵本みたい!」
テオドラの護衛騎士が先導して姿を現したあと、騎士服姿のテオドラが出てきた。彼女がプルデンテに気付いて声を漏らせば、ファビオラが顔を覗かせ、嬉々とした声で駆け寄ってくる。柔らかな生地でパニエによってふんわりとしたスカートのドレスを身に着けた彼女を、プルデンテは床に片膝を付けて迎える。手を広げて待ち構えれば、ファビオラに抱き着かれた。
「まあ!かちこち〜!つめた〜い!」
彼女は鋼鉄製のプレートに頬を寄せて擦り合わせる。勢いから顔をぶつけたのではないかと、覗き込めば、非常に綻んだ笑顔を向けられた。
「とてもステキですわぁ!わたし、おかあさまにまもってもらいますぅ!」
嬉々としたファビオラの愛らしさに、抱き止めていた手を動かし、後頭部を指先で撫でた。同じく鋼鉄製のガントレットでは彼女の柔らかい髪の感触は得られず、温もりすら感じられない。プルデンテは仕方ないと思いつつも、愛しい温もりを感じられないことに僅かに気落ちする。
「ファビオラ、お母様は姫を守る騎士じゃないよ。守られるべきお姫様だ」
「いいえ、母はもうお姫様ではありませんよ」
ゆっくりとした足取りで近付いてきたテオドラの顔を見上げる。やや眉を寄せているのは何かしらの不満を感じたのか。
違うと直感が告げる。美しいドレスばかりを身に着けていた母親の変化。目にしたことのない武装した姿に、緊急性を感じたのだろう。
「・・・領都に向かわれるのですか?お母様は、その、また戦場に立たれるのですか?」
彼女の落ちた視線が、矢を受けた跡のある兜に向かっている。まだ八歳の我が子に不安を抱かせてしまったと分かっていた。しかし、プルデンテは引くわけにはいかない。何より戦場ではなく、この地に住まう人々の心の安定を図るため、己の意思を示すために領都に向かうだけ。
プルデンテはテオドラに向かって否定と首を横に振り、抱き着いているファビオラの背中を撫でると膝を立てた。その動きと金属音で気付いた彼女に笑いかけて、背筋を伸ばして佇む。
「戦場のことは、信頼に足る領都のバジーレ軍に任せています。私は領都の人々の不安を拭い去るべく、公の場でお話するだけ。上に立つ者の義務を果たしに行くのです」
「そうですか・・・領都の中にも、テキがいると聞いています。危ないから城塞から出てはいけないと、お母様がしじをしたと知ってします・・・お母様は、その危ないところに向かわれるのですか?」
「ええ、私は領主であるバジーレ辺境伯からこの地を守る責任を賜りました。貴女も知っているでしょう。領主代理として人々を守るのが私の義務。その人々の中には勿論、あなた達もいるのよ」
テオドラの後ろには、ヴェネリオの乳母である侍女が彼を腕に抱えて佇んでいた。彼女が不安の表情を浮かべているからか、ヴェネリオも今にもぐずり出しそうな顔をしていた。
「テオドラもファビオラも、ヴェネリオも私にとって何よりも大切な子供達。あなた達の平穏のために私はいるのです。母は役目を果たしてまいります。執事や侍女の方々、守ってくださる騎士様のお話をしっかり聞いて、母の帰りを待っていてくださいね」
温もりを感じないガントレットを填めた手で、ファビオラの頭を撫でながら歩き進み、テオドラの肩に触れた。笑みを見せても、彼女は暗い表情を浮かべたままだが、今は心を寄せることはできない。
プルデンテは後ろにいるヴェネリオの乳母に会釈をして、彼のことを頼むと合図をすると、厚手の皮の靴を履いた足を前に出した。
「・・・お帰りをまってます、必ず帰ってきてください」
「おかあさま、おでかけするのですね。いってらっしゃいませー・・・」
言葉を送ってくれた娘達に向かって振り返り、娘達の暗い顔と乳母の腕の中のヴェネリオが手を伸ばす様を灰色の瞳に焼き付けつつ、微笑みを浮かべた。強く後ろ髪を引かれる。それでも顔を前に戻すと、しっかりとした足取りで廊下を進んでいく。
いつもと変わらない道順でエントランスに辿り着いて、階段を降りる。勇ましい戦乙女の鎧を身に纏うその姿は、以前と同じく見かけた使用人達、メイド達すらの視線も奪っていた。惹き付けられるといった様子で、首を回してまで追い続けられる。
「若奥様」
家内のことを託した執事が、両開きの扉の前に控えていた。彼の指示のもと、警備の兵士によって扉が開かれる。
「領都内とはいえ、内部に敵対者が潜んでいるとは存じております。どうか、御身を慮っていただきたく。若奥様は辺境伯閣下とアストゥート様同様に、バジーレ家になくてはならない方です」
「ええ、細心の注意を払います。万が一、障壁が破壊されてビセンテ軍が雪崩込んできたのなら、私とアストゥートの子供達のことを頼みました。必ず、何があっても守ってください」
「勿論です、家内の者一丸となってお嬢様方も坊っちゃんも守ります。ですが、万が一のことなど考えたくはありません。御身のことは必ず、絶対に無下にされませんよう」
「・・・分かりました。では、行ってまいりますね」
敬礼をする執事の前を通り過ぎ、開かれた扉から外に出る。
城塞自体にも高い石組みの障壁があるため、門扉を潜らなければ領都を見ることはできない。兜を被ったプルデンテは用意されていた栗毛の馬に跨り、一旦、城塞の玄関に顔を向けた。
シエナを含めた侍女達も城塞に置いていく。悲しそうに歪めた表情に、プルデンテは穏やかな笑みを浮かべた。
「貴女も含めて皆様、とても心配されていますね」
「今は有事。若奥様を思えば安心などできません。状況から、不測の事態が起こる可能性は否めませんから」
シエナの言葉にプルデンテは思考へと意識が落ちる。
彼女は想定こそしていた。今も障壁では戦いが繰り広げられている。少しずつではあるが、包囲を仕掛けたビセンテ軍の兵を数を減らしているはずだ。ただ、それはバジーレ軍にも該当すること。南門の守備隊の半数は負傷により戦線離脱。反撃による負傷者も多く、ゆっくりと領都の守備は摩耗しているとは思っている。
戦況が平行線である理由は、決定的な打開策がないこと。兵を失うことを恐れての消極的な戦法を取るしかないこと。そして、主力であるオルサコリーナ将軍も利き手を負傷したことで十分に力を振るえないのも要因。
もし、一方だけでも門扉を突破か、破壊されてしまえば、領都は蹂躙を受ける。明確な力量さがあるとバジーレ軍の隊長達自らが言っていた。そのような危険要素のある領都にプルデンテが姿を現せば、命を失う可能性はある。ただ、それでも・・・───。
思考から意識を浮上させれば、まず目に映ったのは馬に騎乗した三人の護衛騎士達。彼女達はプルデンテが嫁いだ日より仕えて、バジーレ辺境伯に挑みかかったあの日、テオドラを出産した日から信頼を寄せてくれる。仕えるべき主であると認めてくれている。命懸けで守ってほしくはないが、その存在こそに安心感を得ていた。
「私は果報者です。この身を守るべく剣だけではなく、心すら寄せて方々がいますから。安心感を得ることで無様に震えることもありません」
護衛騎士達に微笑みを向ける。僅かに首を傾げたことで、灰色の前髪が揺れて頬にかかった。その所作に、彼女達が惚けて釘付けとなっているとは、本人には分からない。
栗毛の馬を制御する手綱から右手を離し、プレートに包まれた胸元に触れる。その奥にあるものを感じて、ホッと息を吐いた。
(何かあろうとも、何も成せないまま討たれることこそが無様・・・私はバジーレ家の女主人であり、武神と言われた古代王の直系。戦士の家系に生まれた女なのよ)
自身の立場と血筋を見直して、プルデンテは真剣な眼差しをシエナに向けた。
「では、行ってまいります。必ず帰りますから待っていてくださいませ」
「当然です!・・・無事のお戻りとなることを切に祈っております」
頭を垂れたシエナ、続いて侍女達も頭を下げた。
見送る姿をその瞳に焼き付けて、一人の護衛騎士が先導して馬を走らせると、プルデンテも手綱を操作して合図を送った。前と左右を護衛騎士達に囲まれながら、栗毛の馬で走り出す。
正面から受ける風は、先行く者がいることで強くは感じない。それでも、皮膚を撫でられながらも、髪を振るわせながらも、彼女は領都へと向かっていく。
広場は中央にあり、そのまま馬で駆けてプルデンテは近付いていく。道すがら、すれ違う者、立ち止まっている者、同じく広場に向かう者、つまりは領都の人々は栗毛の馬に騎乗する彼女の姿を目にしていた。何名かと視線が合い、走り進む彼女は流し目を向けた。
灰色の髪と灰色の瞳を持っているが、正しく白銀の鎧を纏った戦乙女。伝説の中に在る勇ましくも麗しい存在。人を惹き付ける風格を持つ者。
あの色を持つ者こそはと、その姿を目にした人々はその姿を追って後に続いていく。
本当はもう少しゆとりというか、間があるはずでしたが、書いていたらフラグ立った感じになってしまったので、予定よりも早めに終盤に向かうこととなりました。
予定は未定。




