作戦会議
作戦考えるの難しいですね。
時間をかけずに薄化粧で顔を整え、シエナの手で丁寧に梳かれた灰色の髪は、装飾など付けずにポニーテールで纏める。身に着ける濃紺のデイドレスはレースが少なく、スカートはドレープのない真っ直ぐなデザイン。その胸元にサファイアのネックレスを飾るのみ。
プルデンテは姿見に映る自身の姿に納得と頷いた。地味な様相が強調されていれているが、今は華やかさなど不要である。彼女が向かうのは夜会ではなく、バジーレの軍人達のいる議会室なのだから。
「支度をありがとうございます、シエナ」
「・・・若奥様のお世話が私の職務であり、誇りであります。こうして御身が無事であったから、私は充実とお世話ができるのです」
やや憔悴した顔で、それでもしっかりした言葉を向けられる。
文字通り、プルデンテが矢面に立ったことでシエナは責めた。最後は泣き崩れてしまったほどで、この身支度の時間まで心暗く過ごしていただろうと容易に想像できる。
それに、彼女の三人の息子達はアストゥートの部隊の所属。彼と共に戦地に向かう途中で、レジェスの起こした土砂崩れに巻き込まれた可能性がある。多大な不安、そして絶望すら感じているはずだった。その心労は計り知れないだろう。
「シエナ」
何かしら言葉を贈ろうと名前を呼ぶが、何を言うべきかと僅かな間ができる。
「若奥様が撃たれたと聞かされたとき、私はヴィオラ様、今は亡き奥様の最期を思い出しました。また私は主を失ったのだと思ってしまい、息すら苦しくなってしまいました。でも、若奥様は生きていらした。自身が額に受けた矢など気にすることなく、問題でもないと佇んでいらしたから、私は腹が立ったのです」
「・・・そうでしたか。貴女に多大な心配をかけたと自覚しました。ごめんなさい」
シエナは震えた声で言葉を紡いだ。鏡越しに見える顔は険しく、瞳が涙で潤んでいた。
仕出かしたと自覚したプルデンテは謝罪をすれば、銀糸が紋様を描くドレスの肩に触れられた。
「ご無事で良かった・・・本当に、もう二度とあのようなことはなさらないでください。若奥様が領都を守護する責任を負っているとは存じています。ただ、あのように前線に立つような真似は望まれてはおりません」
肩を撫でる手は優しく、温かさを感じた。プルデンテはシエナの手に触れて、そのほっそりとした手で覆う。
「ええ、勿論です。戦士ではないからこそ、戦場に立つ方々のお話を伺い、状況をより良く見極めて、適切な対処を考えて実行させる・・・それが私にできることです」
「山間部でアストゥート様や大旦那様、私の息子達が属する部隊が人為的な土砂崩れに巻き込まれたと聞きました。不安はあります、悲しくも思います。ですが、皆、弱くはありません。このバジーレ領を先祖代々守り続けた者達です。私は必ず帰ってくると信じています」
薄く息を吐いたシエナは、一度視線を落とすが、すぐさま強い光の宿る眼差しを向けてきた。
「ですから、若奥様にはお出迎えをするという義務がございます。決して守らなければならないことです。命を盾にされている場合ではありません。必ず戦場より戻ってきた方々、アストゥート様の帰還を祝福するのです。それをお役目に加えていただければ、何よりのことだと私は思います」
「・・・ええ、分かりました。私の義務を全うして、役目を果たさなければなりませんね」
彼女はシエナの手を握り締め、ゆっくりと離すと、護衛騎士達が守る扉へと向かう。
アストゥートの采配で、プルデンテの周りにいる騎士は全員女性ではあるが、決して見劣りしない逞しさと堂々とした佇まいがあった。彼女達に守られているという事実がプルデンテを支えている。控えているシエナを含めた侍女達も、背中を押していた。
「子供達のことは任せました」
支度が終わり、隣室で過ごしているテオドラとファビオラ、常に乳母が側にいて世話をしているヴェネリオのことを、彼女達の護衛騎士に任せる。男女混合の頼れる騎士の一団は、敬礼をすることで答えてくれた。
今のプルデンテは母親ではなく、バジーレ領全ての責任を背負う者として、開かれた扉から足を踏み出し、長い廊下を歩き続ける。
レジェスのビセンテ軍による包囲で籠城状態となった領都。その打開、つまりはビセンテ軍の打倒を目指さねばならない。
現在の領都に食料の搬入はできず、麦畑も障壁の向こうにあるため収穫できない。何より収穫時期でもない。
情報も一切遮断され、他の町村の様子は分からず、援軍の見込みもない。軍の情報員達の帰還はなく、あったとしても四方の門を防ぐビセンテ軍がいる。
困難であるとはプルデンテも理解している。兵の数から戦力差はないように見えるだけ。実力を考えれば、全ての隊員が戦場を何度も経験しただろうビセンテ軍のほうが上だろう。
思考を続けながらも城塞の別館に入ったプルデンテは、将官達を招集した議会室に向かう。本来ならば、領都に駐在するバジーレ領軍の兵士達が数多くいるが、今の別館に人の気配をほぼ感じない。見かける者、通りすがりに礼をする者は書記のために残っている者達だろう。
心細いと感じるのは仕方ないこと。山間の鉱山町に向かった本隊の安否は不明のまま。バジーレ辺境伯も、アストゥートもいないのだから。
(弱るわけにはいかない)
気持ちから視線が落ちかけたが、プルデンテはすぐに目線を正面に戻した。先にいた書記官と思しき男性兵士が肩を跳ね上げる。あまりにも鋭い眼差しだったと自覚して、彼女は表情を緩めた。ぼんやりとした表情で見つめる兵士に会釈をして、階段を上る。シエナともう一人の若い侍女、そして四人もの護衛騎士を引き連れて、上り続けて三階層。
廊下を突き進み、明らかに人がいるという声と物音がする会議室の前に立つ。ノックをすれば、室内の騒がしさは収まり、護衛騎士の手によって扉が開かれれば、起立したという椅子が動く音が聞こえた。
背筋を伸ばし、腹部の上に両手を重ねたまま、室内に足を踏み入れる。そうすれば、円卓を囲んでいた六人の男達が一斉と敬礼をした。
彼らはオルサコリーナ将軍と四方の門の守備隊長、領内の警ら隊長。全員がいつでも職務に戻れるように実用の軍服を着込んでいるが、着崩した者もいる。それは本人の着こなしだとして、姿勢正しい敬礼から判断をした。
「お待たせいたしました、皆様」
円卓の空いた椅子に着席をすれば、彼らは姿勢を戻す。逞しく長身である彼らが両手を後ろに組み、胸を張って佇む姿は威圧感凄まじいが、プルデンテは気圧されない。
将軍と隊長達は領都の守り手であり、ビセンテ軍に対する剣。軍事においてプルデンテに知識を与える存在であるため、何よりも頼もしさを感じた。
「門外漢である私に是非、この難事を乗り越える知恵と力をいただきたく思います」
「美しい奥様のお力になれるのなら幸いです。叶うなら、その手に忠誠を誓いたく」
アストゥートに並ぶほど顔立ちが整っている南門の守備隊長が、上擦った言葉を紡ぎ、手を伸ばしてきた。熱に浮かされたといった表情を浮かべている。東門の守備隊長は声をかけることなく、南門の守備隊長の頭に拳を強かに打ち付つけることで、その顔が円卓にめり込むように当たる。
「妙な気を起こすな」
溜め息混じりに言葉を放った西門の守備隊長が、プルデンテに顔を向けた。精悍な顔立ちの彼は、心根が真面目だとよく分かる。
「この領都を包囲するビセンテ軍への対抗策を講じなければなりません」
北門の守備隊長の言葉に頷くと、プルデンテは手を差し出すことで着席を促した。勢いよく腰を下ろしたオルサコリーナ将軍を始め、各隊長達も重量があると音を立てて腰を下ろす。
意図のない威圧感に当てられるも彼女は怯えることなく、姿勢正しい体勢で彼らの顔を見つめた。
「一晩明けてのビセンテ軍の動向が如何様なものかお伺いします」
プルデンテの言葉に各々が頷く。まず報告をしたのは、この中では年高の西門の守備隊長だった。
「西門の前には兵を整列させた状態で待機しています。監視の報告では、伝達兵を用いて他の三方の部隊との連携を図っていると思われます」
「東門も同じく・・・ただ、部隊長と思しき重装の騎士が、離れた位置に陣幕を展開していました。こちらを舐めているのか、協調性がないのか、どちらとしても他方よりは部隊の動きが緩慢でしょう」
「っ・・・はぁ、南門もほぼ同じですが、血気盛んな奴が多いのか、北門に陣取った大将の真似事をして吠えてはいます。脅せば開門するなんて狂暴な奴らですので、度々矢で掃射をして散らしていますけどね。ほぼ効果はありません」
「北門は昨日と変わらずです。レジェス・ビセンテは再び奥様との交渉を願っていますが、我々としては二度と対面させるつもりはありません」
相槌で頷けば、この中では細身となる警ら隊長が腕を組み、背もたれに沈み込むように座り直した。
「門扉を越えられなければ、被害があるのしても挑発をする南門の隊だけでしょう。ただ、越えられたら押し留めることはほぼ不可能です。領都の殆どの兵力は警ら隊です。僕の部隊は数こそ多いが、戦闘になれば押されてしまいます。警ら部隊は敵を倒す訓練ではなく、捕縛する訓練を受けている部隊ですからね」
「堂々と申すな」
「多少、投げやりになってしまいまして・・・僕の部隊では侵略者の侵攻は止められないのですからね。きちんとした戦闘訓練を受けさせていればよかったと、今更後悔しています」
オルサコリーナ将軍の苦言に警ら隊長は言葉を返すと、落胆とした溜め息を漏らした。警ら部隊は、戦時でなければ治安維持において重要な役目を担う部隊である。力を発揮する場面が違うだけだった。
「警ら部隊には引き続き、領都内の治安を守っていただきます。突如とした籠城に人々は不安を抱え、先の見えないことに心が疲弊して荒んでしまう。犯罪に手を染める者も現れるでしょう。貴方の部隊は抑止力でもあるのです。規律の体現者として、彼ら自身が犯罪を犯さぬように彼らのこと守ってください」
「・・・勿論です、奥様。民を想う貴女のために役目を果たしましょう」
プルデンテは真っ直ぐと目を合わせて言葉を送る。視線をそらさずに見つめ合っていた警ら隊長は、その目を細めて言葉を返してくれた。
口元に笑みを浮かべて頷けば、南門の守備隊長が円卓に頬杖を突いて悪態をつく。
「はっ!奥様にいい顔見せようとしてさ。俺と何がっ、いてぇっ!!?」
突如として声を上げた南門の守備隊長は、円卓に突っ伏すと身を震わせていた。
他の隊長の誰かによって足を力強く踏まれたとは、突然の挙動に驚いたプルデンテには分からない。
「軟派者の発言はともかく・・・確か、四方の門は我々守備隊によって強固に守られている。ただ、このまま守備に回っていては、いずれ我々も疲弊します」
「封鎖状態から領都の備蓄食料も枯渇し、援軍も望めません。食料不足で兵は戦う力も失い、餓死者も出るでしょう。その弱りきったところをビセンテ軍に攻め込まれたら、領都もバジーレ家も簡単に滅ぼされてしまいます」
東門と北門の守備隊長の発言にプルデンテの顔は強張った。眉間に皺が浮かんでいると自覚しつつ、噛み締めるように頷く。
「早期の対応を取るべきなのでしょう。つまりは、レジェス・ビセンテの二百の軍を我々だけで、今からでも打倒しなければならないということ」
膝に置いた手に力が入る。それはやり場のない怒りの感情が湧き上がったためで、彼女は抑えようと柔らかなスカートの布地を掴んで握り締めた。その灰色の瞳には円卓の木目が映る。
「私自身が戦いの場に出ることは」
「お止めいただきたいですな。プルデンテ様は無茶をされる。剣が振るえぬからと捨て身で挑まれたら、俺の心臓が潰れます」
円卓の天面に向けていた視線を上げれば、渋い顔のオルサコリーナ将軍が、自身の発言に間違いないと頷く。同調するように北門の守備隊長も頷いていた。
他の隊長達も昨日のことを知っているようで、眉を顰めた表情をプルデンテに向けていた。
彼女は灰色の瞳の目を見開き、否定のために首をゆるゆると横に振る。
「そのようなことはいたしません」
「おや、もう前線に出られる無茶はされないと?」
「勿論、己の力量は理解しています。私のような女が出ても邪魔になるだけです。足手まといに他なりません。ですから、戦場に出ることはありません」
「いや、それほどまでご自身を貶す発言をさせたかったわけではありませんが・・・確かに今のプルデンテ様はバジーレの要。貴女が在って王国のバジーレ領が在るというもの。再び姿を見せれば、ビセンテの連中は貴女を人質にするならば良い方で、再び殺害を企てるでしょうな」
「レジェス・ビセンテが奥様を奴隷にするって言っていたと聞いているけど?」
北門での正常とは言えない交渉の最中の発言まで、他の隊長達は知り得ていた。
南門の守備隊長の発言により、彼らの顔は更に険しくなる。怒気すら滲ませていた。
「奥様を貶めることで自己肯定感を損なわせ、判断を誤らせようとしたのです。奴の発言は看過できないものばかりだった」
「今キレるならさ、その時に射殺しなよ。頭さえ殺せば、あとは烏合の衆。撤退する前に五十人くらい殺せただろ?」
「北の部隊を殲滅できたとて、交渉の最中に先制攻撃なぞすれば、相手につけ入る隙を作っていたはずだ。お前の南門も含めた三方から攻められて、犠牲者を出しつつも殲滅したとして、ビセンテ伯爵家の被害は最小限である。レジェスの軍の半数か、三分の一を撃退しただけだからな。ビセンテ軍の本隊が先制攻撃を口実に進軍する可能性は否めん」
「奥様はご自身を矢面にすることで、この戦いに正統性を得た。褒められた行為ではありませんが、レジェスのビセンテ軍には対抗できます。自身を蔑ろにされましたが、我々は戦う口実を得られた。それでも他のやり方はあったとは思いますけどね」
「・・・分かっているけどさ。お前は少し奥様を責めすぎじゃないか?落ち込んでいるだろう。奥様がかわいそう、俺が慰め、あ゛っ!!」
オルサコリーナ将軍の言葉に次いで、警ら隊長から失態を責められた。プルデンテを思っての発言であり、釘を刺す意味合いもあるとは理解できている。
ただ後悔は拭えず、思わず彼女は視線を落とした。だからこそ、軽口によって南門の守備隊長が、東門の守備隊長に制裁を受けたとは分からなかった。
すぐさま視線を上げれば、また円卓に突っ伏す姿と、それを無きものとして扱うオルサコリーナ将軍と他の隊長の視線を受けていた。
「・・・反省しています。二度とあのような真似はしません」
「ええ、お願いします。プルデンテ様を失えば領都は瓦解し、あとに控えているビセンテ領の大軍が侵攻を開始するでしょう。辺境伯閣下とアストゥート様のご帰還を待たずにバジーレは滅び去ります」
「ええ、この身を敵前に晒すことがバジーレの消滅に繋がると十二分に理解しています」
頷いて答える。
顔を合わせる隊長達は、突っ伏していた南門の守備隊長も含めて頷く。
プルデンテは小さく息を吐き、気持ちも引き締める。アストゥートとバジーレ辺境伯の帰還まで領都を守り抜くという決意を抱き、必ず帰ってきてくれると信じて、引き締めた唇を開いた。
「ですが、この状況下で守りに徹するのは兵だけではなく、領都の民の疲弊を促すと思います。少しでも、包囲をする敵兵を・・・減らすべきです」
言葉を選んで言うが、長年バジーレ領を守り続けた騎士達だからこそ意を汲み取った。
「四方の軍のいずれかを壊滅させれば、あちらの包囲が弱まるのは必然。問題はどう打って出るか、ではある」
「先も言いましたが、一方を領都の総力で攻めれば三方が同時に動くでしょう。守備の弱まったところを突かれれば、この領都は一瞬で瓦解するかと」
「俺達が率いるのは守備特化の部隊だからな。攻撃となるとやりようも変わる・・・奇襲をかけるならアリだが、今から奇襲部隊を組むほうが難しい」
「奇襲など卑怯極まりない。バジーレの騎士ならば正面から戦うべきだ」
隊長達は顔を合わせて、言葉を交わし合う。門外漢であるプルデンテはその会話を耳にして、僅かながら戦術の種類を知り、バジーレの騎士の在り方を知る。
この地の騎士、この地の生まれゆえの特性。奇襲や不意打ちは好まず、正面から敵対者を打ち倒す。狩猟祭で目にしたオルサコリーナ将軍の戦い方、力に任せて戦っていたアストゥートからも理解できた。
だからこそ真正面から、卑怯な手にならずならば、彼らは躊躇いなく刃を敵に向けるだろう。
「奇襲はせず、この領都の防衛力を活用しての攻撃でしたらいかがでしょう?」
「何か思い付かれましたかな?」
オルサコリーナ将軍の顔がプルデンテに向かう。無知な女の発言だという蔑みは一切なく、どのような意見でも聞き取ろうとする真っ直ぐな眼差しだった。
「総力で挑めば、一方の軍は壊滅できるでしょう。ただ、そのために領都の百五十の兵を動かすことで隙になる。であるならば、十人ほどの小隊で一方の部隊を攻め、相手方に勢いがあるならば撤退する。それを繰り返すのです。少しでも、一度に二、三人でも討ち取って撤退。また小隊で攻め込み、一人でも討ち取って撤退。少しずつ、あちらの兵力を削るというものですが・・・いかがでしょうか?」
考えつつ、言葉を選びつつ、プルデンテは思い浮かんだ策を告げる。
隊長達は口を挟まずに真剣な表情で聞いていた。オルサコリーナ将軍も小さな唸り声を上げはするが、すぐさま否定の言葉は告げなかった。
「・・・悪くはありませんが、それでは長期戦となりますな。相手を挑発することにもなり、怒りによって士気が高まる可能性もあります」
「籠城を取らざるを得ない状況下、堅牢な領都の障壁を活用しての戦い方としてはよろしいかと思いますが」
「日に何度も出撃できる胆力と、必ず一人は仕留める戦闘力を保有した人間でなければ、早々にその部隊は擦り切れて疲弊するでしょう」
「確かに・・・」
やはり戦場に出たこともない者の浅はかな考えだった。何かしらの突破口になればと思って、思い付いたものをそのまま口にした。言葉にするべきではなかったと、プルデンテは己を恥じる。
「ふむ・・・日に何度も戦っても擦り切れるような非力な者でなければよいということであるな?」
だが、オルサコリーナ将軍の声はどこか嬉々とした明るいものだった。プルデンテが顔を上げれば、彼は快活と笑みを浮かべていた。
「俺が出れば成し得るでしょう。年は取ったが、このチェチーリオ・オルサコリーナ。未だに熊討伐と森林すら駆け巡る胆力はあり、あの細腕の兵士達に力で負けるはずがなし!プルデンテ様の策が光明となる確信もございます!」
「将軍が、自ら出向くのですか?」
現在、オルサコリーナ将軍は総指揮官となったプルデンテの次に重要な立場にある。何より将軍職が他を置いて前線に出るなど、流石の彼女でも軍略としてあり得ないと理解している。
「相変わらず血気盛んな熊食い将軍だ」
「・・・もう少し小声で言え」
南門と東門の守備隊長が、顔を寄せて密やかな声で言葉を交わしていた。プルデンテの耳は拾ってしまったが、高らかに笑い出したオルサコリーナ将軍には聞こえていないだろう。
「将軍閣下、確かに貴方の実力ならば可能ですが、貴方についていける者はバジーレ領でも極小数であり、貴方に襲撃を受けた相手方は警戒心を高めるはずです。対策も取られるはずかと」
「俺が引き連れるのは俺の倅と部隊よ!なあに、三男坊は傭兵のように領内の町村を巡っていてな。更なる鍛錬になればと領都に連れてきたのだが、これ幸いの事柄である!よい経験にもなるだろうな!」
「突撃が得意な将軍の子息なら、やっぱり突撃作戦を取るのかね?」
「だから、もっと小さい声で話せ・・・」
南門の守備隊長の頭を、東門の守備隊長が平手で叩く。
再三小突かれている様子から止めるべきかとプルデンテは思うも、オルサコリーナ将軍が身を寄せたことで言葉にならなかった。
「とにかく!その突撃部隊は俺と倅、引き連れてきた我が部隊が担いましょうぞ!できれば殲滅はしたいところですが、一方の五十人になる部隊を倒しきった頃には流石の俺も瀕死でしょうな!わははははっ!」
「それは困ります・・・何より浅はかな提案ゆえに、失念していました。警ら隊長の言う通り、度々の突撃に相手の警戒心を高めてしまうでしょう。一方だけではなく、四方全てと対峙することで分散状態にすれば、また状況は変わると思いますが」
「あ、まてよ。四方全てに一斉攻撃はできるな・・・例えば、将軍が小隊で西のビセンテ軍を攻めている最中に、俺の南門の守備隊による矢で掃射するとか」
「・・・東門には砲弾があります。以前、ビセンテの内通者による障壁の破壊工作を受けたときに没収したものです。元々はバジーレ領軍の物資でしたから、大砲を整備したら放てます。弾数は二十弾ほどなので、すぐに無くなりますが」
プルデンテの言葉を拾って、守備隊長達は作戦を練り始める。互いに顔を合わせて話し合いを始めた。
「北門の前に控えたビセンテ軍はレジェスの部隊。つまりは本隊です。刺激せず、他の門前にも向かわさせず、問答で押し留めることは可能でしょう。あの男は激昂すると周りが見えなくなる。何度も怒鳴られたので理解しています。自身の感情を優先させて、他者の言葉は耳に入らないのです」
「であるならば、西門より将軍閣下の小隊が突撃。その最中に、北門はレジェス・ビセンテを押さえ、南門と東門で分散しているビセンテ軍の戦力を更に削る」
「でも、それでは結局は警戒心を高めて、対策を取られてしまうのでしょう?あちらの士気はどうしても上がってしまうから、せめて対策を・・・何か、やり方があるはず」
考え込むことで、プルデンテの視線は円卓の天面に向かう。将軍と隊長達の骨ばった逞しい手が見える。皆戦士であるのに、それぞれ大きさも指の太さも違い、置き方も違う。違うからこそ、誰がどの人物なのか分かる。見上げれば、思った通りの顔があるはず。
「でも、思った通りでなければ動揺する・・・」
「プルデンテ様?」
北門の守備隊長に名前を呼ばれて彼女は顔を上げた。やはり思った通り。もし違っていれば、驚きで慌てふためくはずだ。
「一度、先程の作戦通りに北門以外のビセンテ軍を攻撃しましょう。ただ、将軍が撤退したのならば、攻撃方法を変えるのです。将軍は東門から、砲弾は南門から撃ち、矢による掃射は西門で。また将軍が撤退をしたら、また門での攻撃を変える・・・これを繰り返せば簡単に対策は取れません。ビセンテ軍からすれば、どのような攻撃を受けるのか分からない状態ですから」
浮かび上がった策。それは良案だとは思えず、不安すらある。
しかし、彼女を真剣な顔で見つめていたオルサコリーナ将軍と隊長達は、同時ではないもののしっかりと頷いてくれた。
「あちらは騎馬隊。ここまで攻城兵器は運べなかったことで、障壁の破壊はできません。領都内部に入り込むなどできず、内部にいるだろう内通者も知らせることなどできないでしょう。プルデンテ様の策は通用するはずです」
西門の守備隊長の発言に、プルデンテの内にあった不安は多少拭われた。ただ、やはり領都を包囲された現状から完全に消え失せはしない。
将軍と守備隊長達は作戦を突き詰める。その最中、彼女は両手を合わせて握り締める。内心で願うのは作戦による領都の解放と、そして、何よりもアストゥートの帰還だった。
明言しますが、隊長達は全員美形です。




