包囲
領都を囲う障壁の北門。守備隊が門扉に集い、警戒と控えている。護衛騎士が操作する馬で辿り着いたプルデンテは、彼女の背から離れて地面に降り立った。追走していたオルサコリーナ将軍も馬から降りて、子息も所属する自身の部隊に指示を出す。
プルデンテが見守る最中、北の守備隊長が門番達に命じて、大きくも重厚な扉を開かせた。そうすれば、勢いよく将軍の部隊が馬で駆け出し、辺りの哨戒と共に、バジーレの軍旗を掲げた二名の兵士を迎えに行く。
開かれた門の奥、山を背景にした青々とした草原の中、粒のような小ささの彼らが合流するのが見えた。彼女は無意識に、思わずと前に踏み出したが、オルサコリーナ将軍の腕によって遮られた。
プルデンテが視線を向ければ、彼が首を横に振るうことで制される。敵の姿はないが門の向こうは彼女にとって危険地帯。領主代理であろうとも、バジーレ領を狙う敵対者にとって、その首は何よりも価値があるだろう。
粒の如き小ささから彼らのやり取りの詳細は分からない。ただ、共に並び歩き、恐らくだが二人の兵士を守りながら近付いてくる。ただ、一人は突如と立ち止まった。何故か動かなかったが、突然声を張り上げて共に進む者達に何かしら合図をしていた。
何事か。そのプルデンテの疑問は、障壁の上で監視していた兵士によって応えられた。
「軍旗のない大人数の武装集団が急接近中!森の中より現れましたが、山から降りてきたのやもしれません!!」
「何!?守備隊!!門前に出ろ!!帰還したバジーレの兵士達を迎え入れたあと、門を閉めるまで急接近の武装集団を警戒せよ!!」
監視役の兵士の言葉を受けて指示を出したのは、オルサコリーナ将軍だった。響き渡る声に守備隊はすぐさま動き、隊長すら門前に出る。
緊迫した状況。力ないプルデンテには見守ることしかできず、焦りから再び踏み出してしまうが、結局は将軍の腕に止められる。
「プルデンテ様、前に出てはなりません」
「ですが、もし武装集団に追い付かれてしまったら」
「うちの三男坊が率いる部隊がいます。領都の堅き守護者である守備隊がおります。彼らは優秀な戦士。きつい言葉になりますが、姫君だったプルデンテ様が出たとて、敵対者の眼前に晒されれば無惨に討たれるだけです。気持ちは分かりますが、お控えいただきたい」
厳しい眼差しと声色による制止。
プルデンテは冷水を浴びせられた感覚に至り、焦りと心配で熱された心が冷めていく。茶色の瞳に射抜かれながら、見つめ返して呼吸をする。
落ち着かなければならない。戦士ではない自身には、別の役割がある。その役割のために自身がいる。思い込んで思い至り、彼女は深く息を吐いた。
「・・・見苦しい姿をお見せしました。武装集団との接敵はあり得るのでしょうか?」
「監視!接敵はあり得るか!」
「・・・いえ!バジーレの馬のほうが速いです!距離はおよそ、三キロメートル離れ、徐々に引き離しています!」
「そうか!守備隊長!」
双方のやり取りは辺りに響くことで、この場にいる者達には届いていた。将軍の号令に守備隊長が隊員達に指示を出す。少し前進をすると左右に割れ、門の前を開ける。
プルデンテの目に馬で駆ける者達が映った。辺りを警戒していた将軍の隊員達も次々に、土汚れの見受けられる二人の兵士を守るように合流して並走する。
彼らの馬には疲れた様子が見え、歩調も乱れていた。無事に辿り着くことを願い、彼女は自身の胸の前に両手を握り合わせる。
ややあって、まずはと土に汚れた二人の兵士の馬が門を潜った。護衛として並走していた部隊が続き、守備隊長の号令のもと、門の左右にいた部隊員が内部に戻ってきた。最後の一人が無事に通ると、すぐさま重厚な門は押し閉じて閂がかかる。
「武装集団なおも接近中!やはり軍旗などはありませんが、装備から・・・野盗団は元よりバジーレの者ではありません!武器具が我が国の様相とは違います!」
「障壁上部にいる兵は壁から頭を出すな!矢の類が飛んでくれば射抜かれるぞ!」
オルサコリーナ将軍が再び指示を出す。プルデンテを守護する壁のような彼から身を離し、前に進むと、疲労しきって首を下げた馬達から降りて地面に両膝を突く兵士達の元に向かう。
鋼鉄の鎧も人相すらはっきりしないほど顔も土で汚れた彼らは、肩を上下するほど呼吸を繰り返していた。疲労困憊という様子から長距離移動をしてきたのだと分かる。
そして、近付くことで彼らの鎧の紋章が見えた。それはアストゥートが率いる部隊の紋章。
プルデンテの鼓動早まる心臓は跳ね上がり、痛みを得る。手で胸元を、首から下げたネックレスの存在を感じ取りつつ、押さえながら彼らの前に立つ。
周囲にいる守備隊、将軍の子息も含む部隊の者達も顔を曇らせていた。
「命からがら、ここまで辿り着いたとお見受けします。貴方方は、アストゥートの部隊の方ですね?」
震えそうな声を引き締めることで抑えて、それでも上擦ってしまいながら伺う。
彼らはプルデンテの声を耳にすると顔を上げた。荒い呼吸を繰り返し、苦悶といった表情を浮かべている。間近で見ることで、彼らがアストゥートの部隊に所属する者達だと確認ができた。
「おく、さま・・・」
「ああ、ここまで、たどりつけ・・・」
一体何時間、もしかすれば何日か、馬を走らせたのだろうか。泥が跳ね上がったとは思えないほどの土汚れも気になる。何かしら不測の事態があったと彼らの様相から判断できる。部隊を率いていたアストゥート、バジーレ辺境伯もきっと巻き込まれたことで、帰還に至っていない。それはつまり、もしかすればビセンテ軍との戦いに敗れて討たれてしまったのか。
最悪の想像に、プルデンテは血の気が引いたと自覚できるほど、頭が眩んだ。
「武装集団、領都門前に到着しました。数はおよそ、二百ほど。現在は障壁を囲うように展開中です。おそらくですが、人数を分けて四方の門前に立つかと思われます」
障壁上部から階段で降りた兵士が報告する。外部に漏れない声量に、オルサコリーナ将軍が頷くことで答えた。
不安で胸が張り裂けそうなプルデンテは、その様子を目に捉えることしかできない。彼女は地に伏せている兵士達に、身を屈めることで近付く。
「ビセンテ軍の殲滅に向かわれた本隊は、どうされたのでしょう?バジーレ辺境伯、アストゥートはどちらに?」
警鐘のように胸の鼓動は早い。体の奥から響くほど強い。その痛みに耐えて、不安に歪みそうな顔を引き締めて聞けば、一人の兵士が深く息を吐き出して震える唇で答えた。
「進軍の途中、山の中腹でした。突然の落石から土砂が、山道に雪崩込んで・・・本隊を分断。アストゥート様とバジーレ辺境伯閣下の乗る馬車は・・・位置的に、飲み込まれたかと思います」
一人が伝えると、宙を仰いだもう一人も言葉を発した。
「我々は、後方にいました。並行していた者達は、その土砂に飲み込まれましたが、馬が、驚いて身を翻したから、我ら二人は無事に・・・ただ、山道は完全に、土砂で塞がれてしまっていました・・・先に行くことも、埋まった仲間を救出する手段もなく・・・不甲斐なくも、引き返すことしかできなくて」
震えていく声。土に汚れた顔に涙が浮かぶのが見えた。
プルデンテも問い質した事実に、感情が込み上げていく。確かではないが、アストゥートは瀕死、最悪死亡した。バジーレ辺境伯も、領軍の本隊の者達も自然災害になす術なく、命を落としてしまった。確実ではないものの、可能性の高さに彼女は感情を抑えることができず、嗚咽を漏らしてしまうと顔を両手で塞ごうとした。
「気の動転した二人では確認もできなんだ。正確な判断もくだせぬ。ただ、これは仕方のないことでしょう。閣下もアストゥート様も無事だとみて、我々は我々のすべきことをせねばいけません」
「無事・・・?」
口元を両手で抑えながらオルサコリーナ将軍を見上げれば、心に陰りはないとしっかりとした表情とかち合う。
「ど、土砂が、馬車を飲み込んだと」
「確認はできていません。ですから、悪い方に考えるなどやめましょう。生きている、無事だと思うのです。思い込むのです。今はそう思い、目先にある災いの対応をせねばなりません。今の貴女はそういう立場にいらっしゃるのですからな」
戦場に向かうべく不在となった義父の名代。義父であるバジーレ辺境伯から賜り、アストゥートに託された。
明らかな敵対者と分かる集団が守るべき領都を包囲し始めている。領主代理として敵対者を退け、領民を、アストゥートとの子供達を守らなければならない。
プルデンテは口元を抑えるように触れていた両手を下げる。胃の上に重ねて置いて、背筋を伸ばす。灰色の瞳の目を開いて深呼吸を二回ほど。
再び、障壁上部から降りてきた兵士の足音に、プルデンテは顔を向けた。
「全門塞がれました。この北門の前に陣取る集団より一名、門前に参ります」
「矢を放って殺しましょう」
即断と告げたのはオルサコリーナ将軍だった。躊躇いなく言いのけることで、彼の人間性が垣間見える。この場にもいる北の守備隊長の助言通りだと、プルデンテは一息吐いた。
「お待ちになって・・・先制攻撃を行えば、あちらの攻め入る隙を作ってしまうでしょう」
「ほう」
真っ直ぐと将軍の顔を見て、目を合わせて言葉を紡げば、彼は片眉を上げた。
止められたことを驚いたのか、根本的にプルデンテが恐れを見せずに発言をしたことを驚いたのか。今は追及するべき事柄ではないと、彼女はオルサコリーナ将軍から顔をそらした。
周辺にいる守備隊、不審に思って姿を現した領都の人々を見る。不安と強張った顔、緊張した面持ち、険しい表情に殺意の滲む強い表情。それぞれが抱える感情を露わにして、人々はしっかりと閉じられた北門の扉に目を向ける。
扉からは重く響く音と振動。おそらくは門に近付いた者に叩かれた。音が響くのは武装、つまりは金属製のガントレットを填めているから。
何かしら声が聞こえる。大声を張り上げている。開けるように言っているのだとは察せた。
「プルデンテ様」
土砂を回避して領都まで帰還できた兵士が、力ない声で彼女を呼ぶ。心身とも疲れ切っている彼はプルデンテに縋っているのだろう。
彼女は兵士の肩に手を乗せて、引き攣らないことを祈りつつ微笑みを浮かべる。
「無事の帰還となったことを安心しています。貴方も、そちらの方も非常にお疲れでしょう。まずは休みなさい」
「し、しかし、閣下とアストゥート様が・・・」
「大丈夫、何も考えずに今は休みなさい・・・彼らを救護室へ。負傷の確認、治療を終えたのなら兵舎で休ませるのです。馬も負傷の確認を。彼らをここまで運んだ功労者です。ゆっくり休ませなさい」
プルデンテは立ち上がり、背筋を伸ばして佇む。
彼女の指示に守備隊の数名が動き、二人がかりで兵士一人を抱え、二頭の馬も手綱を引かれて歩き出す。運ばれていく姿を見ながら、再び聞こえた扉を殴打する音に、プルデンテは眉を寄せた。
「門前の一名が開けろと言っています」
障壁の上からは、その侵入を試みる者の声が聞こえるのだろう。
プルデンテは報告してくれた兵士に顔を向けた。恐怖と怒りのせめぎ合う心を見せないように、真顔であることを努める。
「正体不明の武装集団に対して門を開けるなどいたしません、そう伝えてください」
「はい!」
再び障壁上部に戻った兵士が、プルデンテの言葉を声を張り上げて伝える。それに返されたのは、よく聞こえないものの怒号のようだった。
「明らかにこちらに侵攻しようとしていますな」
「このままお引き取りとはならないでしょう」
オルサコリーナ将軍は頷くと、分かりやすく溜め息を漏らした。
適切な対応など存在しない。相手は領都を侵攻しようとしている。どこから現れ、何者かも分からない、その正体を憶測しているが確証はない。もし想像通りの集団ならば、決して領都に踏み込ませてはいけない相手だった。
「プルデンテ様」
障壁上部から降りてきた兵士が、プルデンテを呼ぶとその側まで駆け寄り、緊迫した表情を見せた。
「先方が領主代理と交渉したいと述べています」
「領主代理・・・」
「なぜ領主不在と知っているのだ・・・もしや」
オルサコリーナ将軍の顔が険しくなる。その怒り滲む表情に、目にした兵士の数名が声を漏らした。プルデンテは、彼に向き直ると鋭くなった眼差しと目を合わせた。
「軍の動きを知っている者か、もしくはビセンテ軍」
険しい表情の将軍が相槌と頷く。
「・・・土砂崩れを人為的に行うことはできるのでしょうか?」
「場所によっては可能かと思われます。地盤の緩い地面に、最近火薬を材料に開発された爆薬というもので吹き飛ばせばですが」
「爆薬・・・北の山国で開発され、恐るべき速さで各国に広まった道具ですね。我が国も王家が保有しています。鉱山の掘削に使用されていますが、非常に高価な品なので一般化されておらず、国家で保有する物のはずです」
「もし使用できるとしたら国から賜ったか、材料を集めて違法で製造したか」
扉が殴打される。その回数と速さに、相手が苛立っているとよく分かった。
「・・・推定、土砂崩れを起こして我が領軍本隊の妨害をした者達です。相手のいう交渉も正当なものにはならないと思われます」
「かと言って、対応せねば武力行使を受けるでしょう。あちらは攻城兵器を持っていないとしても、痺れを切らして突貫されてしまえば、すぐさま領都に雪崩込むはずです。領主代理として侵攻させるわけにはいきません」
「確かに・・・ですが、いかがされますかな?俺としては、プルデンテ様の御身を相手に晒すなど同意できかねます。獣であるならば麗しい女性など捕食対象。飢えから襲いかかろうとするでしょう」
はっきりとした表現を選ばなかったのは、オルサコリーナ将軍の配慮だろう。優しさを感じて、プルデンテは微笑みを浮かべた。
「このドレス姿では対応いたしません。きちんと『正装』をします」
将軍は目を瞬かせると、首を横に傾けた。愛嬌を感じる所作とは思うも言葉にはせず、プルデンテは自身の護衛騎士の元に足を進める。
「守備隊、門前の方の対応は私自らが行います。ただ、準備に暫し時間がかかるので、待機でお願いします。それまで、決して敵対者を侵入させないように」
守備隊は敬礼を返答にした。
彼らの姿を確認すると、彼女は護衛騎士の介助を受けて馬に跨った。女性騎士ながら逞しい背にしがみつき、一度城塞に戻る。
「こちらは着用できますね?」
戻ってから足を運んだのは、本館にある美術品を収めた部屋だった。石膏像や絵画はそのまま展示をされており、清掃は毎日行われている。プルデンテも見回りを兼ねて度々訪れていた部屋だった。
その部屋の奥、壁の中央に飾られていた調度品がある。
アストゥートから受けた説明では、飾り用ではあるものの、きちんと用途を果たせる品だという。
「こちら、ですか?」
城塞まで運んた護衛騎士と、帰宅と共に控えたシエナが目を丸くした。
「若奥様、確かにこちらは着用できる品ですが、些か若奥様には重いと思われます」
「鋼鉄製ですし、特に下半身は装飾の多さから非常に重いはずです」
「全てを身に着けるわけではありません。身を守るために兜と、こ上半身の装備だけで事足りるはずです」
プルデンテの灰色の瞳に映るのは白銀色の鎧だった。それは、伝説にある戦士の魂を運ぶとされた戦乙女の鎧を模したという飾りの防具。
金属製の羽飾りの付いた額当ての形状をした兜。全身を覆う鎧の上半身は女性的な曲線を描き、下半身はスカートのように広がる鋼鉄製の板が繋ぎ合わされている。その中から覗く足を覆うグリーブにも、装飾があり重さを感じた。
全てを纏えば、己を鍛えたことのはないプルデンテは身動きすらできないだろう。だからこそ、必要部分だけを纏い、敵対者に対応するつもりだった。
「こちらの装着を手伝ってください」
「ですが、それが若奥様を危険に晒すことになるのでしたら」
「私は領主代理。このバジーレ領の全権を一次的に有する責任者。たとえ危険だろうとも、成さなければならぬことがあります」
真っ直ぐにシエナと護衛騎士を見つめる。有無は言わせないと無言を貫けば、二人は観念したと表情を引き締めた。
「では・・・」
「よろしくお願いします」
鎧の装着に慣れた護衛騎士とシエナによって古き戦乙女の鎧がプルデンテに装着される。
胸部に女性的な曲線のあるプレート、細やかな装飾のあるブレイスをドレスの上から身に着けた。群青色のドレスと白銀の鎧は色で互いを引き立てている。その立派な装いに、三つ編みに編まれた自身の灰色の髪を背中に流す。
プルデンテ自身にははっきりと分からないが、下半身の防具がなくとも伝承の戦乙女のような風貌だった。
「非常に勇ましく、お似合いでございます・・・私個人としましては、若奥様に戦士の真似事などしていただきたくありませんが」
「今は非常時、似合っているのなら幸いです」
彼女は金属製の羽飾りが付いた兜を脇を抱えて歩き出す。上半身のみでも重さを感じる。歩く度に金属が擦れる音が聞こえた。
だとしても、プルデンテは止まらずに美術品の部屋を後にする。長い廊下もシエナと護衛騎士を引き連れて進み、一階へと階段を降りていく。
彼女の愛しい子供達は城塞内にいることで守られている。一番の安全圏にいることは、プルデンテにとって幸いこの上なかった。
この身一つで、侵攻を試みる敵対者に対応できるのだから。




