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不穏は立ち込めて

良くする後悔ですが、きちんと登場人物の名前付けておけばよかった、と。

ここまで出番があるとは書き始める前には思いませんでした。

古からの侵略者ビセンテの内通者であり、反逆行為を行なっていた元守備隊長の逮捕は決定された。

子供達を狙った暗殺の実行犯である給仕の処刑後のこと。領都から離れた北部の山、開拓が進まないことで交通網に不備があり、暗殺失敗の報告は元守備隊長に届いていないとされている。それでも、領軍の上層部、つまりはバジーレ辺境伯とアストゥートによる捕獲作戦が立てられて、奇襲部隊の編成がされた。

対象は元守備隊長だけではなく、その家族も含む。彼らは、分かっているだけでも三百年前からバジーレ家を滅亡させるために一族で潜伏していたのだから。


「作戦は長期とはならないのですね?」


夜の寝室、夜泣きをしたヴェネリオをアストゥートが抱き上げて宥めていた。彼に寄り添って息子の涙に濡れた寝顔を見ていたプルデンテは、その涙をハンカチでそっと拭いつつ、元守備隊長の捕獲について問う。

アストゥートは高身長ではないが、女性であり戦士ではない彼女とは確かな身長差がある。ベッドの縁に隣り合って座っていても差はあり、結局は上目遣いで見上げることになる。

目が合った。それはアストゥートに見られていたからであり、その金色の瞳の目は細まると、彼の顔が動いて額にキスを受けた。


「・・・アストゥート」


「ごめんなさい、上目で見つめてくる貴女が可愛らしくて己を抑えられなかった」


「今は抑えてくださいませ」


真剣な話がしたいと思っているが、柔らかな接触に熱が上がってしまう。気持ちも緩んでしまうと理解しているプルデンテは、顔に力を入れた。


「怒らないでください。本当にごめんなさい。以後は感情に流されないように自制しますから」


「怒ってはいませんけれど、気を引き締めるために顔に力を入れました。真剣な問いかけなのです。だから、気持ちは緩めてはいられません。ですから、今、答えてください」


彼女の言葉を受けて、アストゥートは更に表情を緩めたが、すぐさま引き締めた。腕の中で健やかな寝息を立て、時折、唇を動かすヴェネリオをそのままに話を始める。


「鉱山町に到着をすれば、そうですね・・・こちらに気付かれなければ一時間ほど。ただ、奴はそれなりの実力のある武人であり、先代もいて、軍属の息子もいる。意図に気付かれれば抵抗は必至でしょう。女達はどうか分からないが、とにかく奴の一族の連中全てと交戦となります。捕獲作戦が殲滅作戦となれば、日は跨ぐでしょう」


「殲滅なんて・・・いえ、抵抗を受ければ当然でしたね。武人一族の全員が敵なのですから」


アストゥートは頷くと、ゆっくりと腰を上げた。その動作にプルデンテは身を離し、ヴェネリオを抱いて移動する様子を眺める。

彼は二人で使うキングサイズのベッドを回って、真横に設置されたベビーベッドへと辿り着くと、息子の体を揺らさずに抜群の安定感でベッドの中に下ろした。


「父の推測ですが」


ヴェネリオの寝顔を少し眺めてから言葉を発した。密やかな小さい声量だったが、静寂に包まれた夜だからこそ、はっきりとプルデンテには聞こえた。

アストゥートはまたベッドを回り込んで近付いてくる。


「母の毒殺、いや、母が父の代わりに犠牲となった毒殺を計画したのは先代、奴の父親でしょう。当時の奴の地位は新兵で領都の正門の守備部隊所属でした。指示を出せる立場にはなく、何よりその時の当主は父親だった。その男がバジーレ家を陥落すべく卑怯にも毒を用いた結果が、母の死に繋がった」


「状況から判断するに間違いないでしょう」


彼は再び彼女の隣に腰を下ろした。すぐさまプルデンテの肩に手が伸びて掴まれると、密着するように抱き寄せられる。


「以前伝えた通り、父も俺も許しはしない。作戦時に殺害とならなかった場合は拷問を経て極刑となります。これは受けるべき当然の罰であり、どのような理由があろうとも覆らない・・・連中はバジーレに存在してはいけないのだから」


「罪を犯しているのですから、当然の処置とは納得します。ただ、万が一何も知らない者がいたとしたら、その方は罰するべきではないと発言させていただきますね」


「そのような者がいたとしても、まずは捕獲してからのこと・・・唯一の救いは、対象の反逆者一族に子供がいないことですね。親になったからこそ理解を深めたが、幼い子供の死は苦痛を伴う。手を掛ける心配がないことは俺への救いです」


頭上から深い溜め息が落ちた。

プルデンテは彼の肩口に頭を預け、体重すら乗せると、膝に乗せられている腕に手を向けた。薄地のガウンを身に纏っているだけだからこそ、彼の体の厚みがよく分かる。怪力の理由だろう腕に触れれば、筋肉逞しくも硬かった。力の入ったその腕を、ガウンの袖越しに撫で続ける。


「はぁ・・・プル」


気分が高まったらしいアストゥートから再び額にキスをされた。擽ったい柔らかな触れ方に、彼女は息を漏らして彼を見上げる。


「連中はバジーレの内部に潜んでいた罪人の一族です。だが、奴らだけが敵だとは言えないと、今回の給仕の自白から分かっている。他にもビセンテの内通者はいるでしょう。最近現れた土地勘を持った町村の襲撃犯達も、バジーレに根差したビセンテの内通者だ。だからこそ、まずは元守備隊長の一族を潰す。罪人だと全員捕縛をして、それが叶わなければ殲滅をする。これはバジーレに潜む敵対者達の見せしめとなる。必ず成し遂げて、多少の工作でバジーレ家と領内、ひいては王国東の守備は揺るがないと知らしめなければなければいけません」


「ビセンテ伯爵家はこのバジーレ辺境伯領を狙っているのは明白。土地の所有者という考えが変わらないと、交戦の歴史と一度も平和条約が結ばれなかったことで理解できます。彼らが我らバジーレ家を下せば、我が一族は虐殺され、土地は侵されてしまう。そして、支配したバジーレ領を足がかりに王国へ侵攻するはずです」


筋肉でガウンを押し上げている胸に頭を移動させる。触れ合いで脈拍が速まっているのか、内から強い脈動を感じ取った。高ぶりに気付きつつも、プルデンテは落ち着き払って言葉を続ける。


「彼らは私達の子供達を害し、領民を害する。そして、王国を攻め滅ぼそうとするはずです。これらは看過できるものではありません。母としても、バジーレ領を守るバジーレ家の者としても、侵略者を許すわけにはいけません」


「勿論だ、プル。貴女にも侵略者の手は届かせない・・・給仕の証言を元に、他の反逆者達も探し当てています。バジーレ領の地盤を揺るがす行為が確認できたのならば、すぐさま捕縛して罰するつもりです」


肩を抱く手が動き、背中を撫でられる。労る手付きに安心感を得た彼女は、目を閉じて、その身も預けたままにする。


「貴女が心穏やかな日々を過ごせるように俺は力を振るう。敵対者は全員仕留めて、貴女を傷付けようとする輩も近付けない」


「まあ、恐ろしくも頼もしいお言葉ですね。平時ならば、私は恐怖を感じていましたが・・・今は侵略戦争の只中とも言える状況。ビセンテの方々にとって、バジーレと王家の血を継ぐ子を生む女は厄介だと考えるでしょう。領都内にも、反逆の意を持つ者達が入り込んでいる可能性は否めません。いつか彼らの刃が私の胸を突くことになる。そのような恐れがある中で、アストゥートが私と子供達を守ってくださるのなら何よりも頼もしいと思います」


うっすらと目を開けば、アストゥートは傾けていた顔を近付けていた。プルデンテは顎を上げて少し唇を突き出せば、間近に顔が迫り、金色の瞳だけが視界に映る。

唇には柔らかな感触。それも下唇を食むように吸われて、彼女は再び目を閉じた。

彼の舌が口内に入り込んで、舌を絡め合う深いキスを交わす。性感を高める触れ合いは数十秒、一分以上続いたかもしれない。息苦しさを感じたプルデンテがアストゥートの胸を押せば、やっと離れた。口端から混ざり合った唾液が溢れるも、彼が親指の腹で拭ってくれる。


「・・・これは庇護欲からか、それとも加虐心からか。恐れを抱く貴女を抱き締めて愛して、ただ快楽に溺れさせたい」


「間違いなく加虐心からでしょう・・・抑えてくださいませ。まだ体調が整っていませんから」


「勿論です。今の貴女に俺の欲をぶつけるなど獣以下だ。ただ、今は安心したいがために貴女を抱き締めて眠りたい。これから忙しくなる。こうして寄り添って眠ることも少なくなるでしょう」


彼は顔を傾けたまま覗き込んでくる。その真っ直ぐな視線から目をそらさずに、プルデンテは頷いて答えた。

彼女の体は素早く抱き上げられると、ベッドの中央に横たえられる。向かい合っているアストゥートへと手を伸ばせば、すぐに抱き締められた。体を包む温もり、少し早い心音を感じながら、プルデンテは心地良さを感じる。安心感を得たことで意識もゆっくりと落ちて、最後に額にキスをされたと分かりつつも寝入った。




翌日。

アストゥートにより編成された部隊が、日の出前に城塞から出立する。鉱山町にいる元守備隊長の捕縛は、他の内通者に気付かれる前に敢行する。集団ではなく、数人での領都近郊の巡回だと偽装して、徐々に鉱山町へと隊員達を送るという作戦だった。アストゥートの温もりが残るベッドから身を起こしたプルデンテは、部屋の出窓のカーテンを僅かに開いて彼らを見送る。

元守備隊長は、現在鉱山町の守備隊の隊員となっている。地位を剥奪されてはいるが、実力から部隊内では発言権が強いと報告されている。彼に従う隊員もいるはずだと、アストゥートもバジーレ辺境伯も懸念していた。


(昨夜のお話では、あちらに気付かれなければ一時間ほどで制圧できる。きっと、件の方が自宅にいる時間に作戦が開始されるはずだわ)


第二陣となる三人ほどの騎士が馬を駆っていく。城塞の正門へと向かう姿が見えなくなるまで、プルデンテは視線を向け続けた。


「無事の帰還となりますように・・・あちらの方々も抵抗なく捕縛されれば、被害は最小限となる。どうか、気付かれませんように」


祈るように両手を合わせて指を交差させる。

罪人には変わらない。ただ、アストゥート主導の取り調べで誰に罪過があるのか判明するだろう。無実の者も勿論存在する。だからこそ、適切な処罰となるために敵対者である一族の者達には無抵抗であってほしいと、彼女は叶わぬ願いと分かっていても望んでしまう。

最後の隊員達が門扉を潜った。プルデンテは全員を見送ったことで、カーテンを閉じて窓から離れる。


「あにぁ」


身支度を始めようかと思考したときに、ベビーベッドから声が聞こえた。彼女は早足で近付くと、中を覗き込む。

ヴェネリオの清らかな金色の瞳がプルデンテの灰色の瞳に映る。ぼんやりとした眼差しから、乳飲み子である息子と目線は合わない。それでも、母親の顔が見えたことからか、ヴェネリオはロンパースの袖に包まれた腕をバタつかせた。


「おはようございます、ヴェネリオ。今日はとても早起きですが、母の立てた物音で起きてしまいましたか?」


愛らしいさに口元を緩めながら挨拶をして、彼女は息子を抱き上げた。すぐさまネグリジェ越しに胸を弄る様子から、空腹だと訴えていると気付く。


「お腹が空きましたね、すぐに準備をしますよ」


まずは起床を告げるために、ベッドのサイドテーブルにあったベルを摘んで揺らした。高く澄んだ音が鳴り響くと、僅かな間のあとで扉がノックされた。


「どうぞ」


声をかければ、扉が開かれてシエナが他の侍女達を引き連れて入室してきた。敬礼をした彼女達は、職務を開始すべく室内に散る。

いつもと変わらない日常の始まり。いつもとは違う騎士達の出立を見送った彼女は、まずはヴェネリオの食事だと、椅子に腰掛けてネグリジェのボタンに手をかけた。






遠く離れた鉱山町であるため、報告が届くにも時間がかかる。

一週間を過ぎた頃、領都近郊の襲撃を受けていた町村から、その地に配属されていた騎士や兵士により襲撃犯の捕縛が報告され始めた。

隣国のビセンテ伯爵家に通ずる者達が、世代を超えるほどの長い期間潜伏しているという通達を、バジーレ辺境伯が町村の警備隊長や長に発せられた。領主の命を受けた彼らは町村の民を調べ上げ、給仕の証言と照らし合わせることで、次々に内通者達を発見して捕らえているという。彼は罪に見合った処罰を準々に与えられていく。


「ヴェネリオちゃんはお花はすき?このきいろいお花とかキレーでしょう?」


ファビオラが庭師より受け取った花束から、引き抜いた一本の黄色いガーベラを揺らす。ベビーベッドの中のヴェネリオは、自身の指を口に含みながらも、姉が揺らすガーベラを見つめていた。


「まだ花がしょくぶつだとも分かっていないよ。食べてしまうかもしれないから、それ以上は近付けてはダメだ」


「赤ちゃんでもお花はたべませんわー」


「君が赤ちゃんのときは、私がわたした花を食べそうになっていたよ」


中庭での日光浴の最中。赤子であるヴェネリオに身を寄せるテオドラとファビオラを眺めながら、プルデンテはテーブルの席についていた。侍女が用意して、毒見も済んだ冷えた紅茶を飲みながら、子供達の動向を見守る。

平和だと錯覚しそうなほど、彼女達のいる城塞は平穏だった。しかし、ひとたび領軍の施設がある別館、城塞内の兵舎に目を向ければ、騎士や兵士達が忙しなく動いている。

領内の町村への襲撃は、給仕の証言以降で増えた。仲間の死を感じ取って強硬手段にでたのか、大規模な戦闘になりつつある。それは軍の人員を割くほどで、領軍の将軍達も自身が駐在する町村を襲撃と対峙していた。襲撃犯の捕獲、打倒は数字にすれば増大であり、各町村の牢獄は未だかつてない収容数となっている。

この平穏に見える城塞の外にひとたび出れば、領内は戦場と言えた。鉱山町にいる元守備隊長一族の制圧についてもだが、領都の障壁の破壊工作も確認されいる。つまりはビセンテの手の者だろう反逆者達に、バジーレ領全土が狙われている。


(安住の地はない。この場所は強固に守られているから、安全に見えるだけ。何かしらのきっかけ、城塞を含む領都の兵力が削げれば、きっと『敵』は雪崩込んでくる)


プルデンテの目に映るのは、末っ子のヴェネリオに注目して身を寄せるテオドラとファビオラ。ベビーベッドの枠にしがみついて、中を覗き込み、明るい顔を見せている。


(私の子供達・・・もしアストゥートが側にいない状況となったのなら、私が命を懸けて守らなければ)


身に着けている若草色のドレス。その胸元に隠すように付けたサファイアのネックレスがある。布地の上からから手で触れて確かめるのは、結婚式の日に二番目の姉スプレンディドから手渡された一番目の姉ディニタからの贈り物。

不穏を感じたその日から身近に置いていた。出産時やヴェネリオの世話をする時こそ、ネックレスのデザインを含めて危険であるため外しているが、今はドレスの下に隠している状態。幼子を傷付けることはないと、しっかりと身に付けている。


(私の役目。子を産み育てて、その身を守る。それが母としての役目)


うっすらと物思いに深ければ、騒がしい複数の足音が響いた。プルデンテが目を向ければ、本館から部下を引き連れたアストゥートが、別館へと早足で向かっている。


「山の中からビセンテが軍隊で出現するなどありえない。確かな報告なのか?」


「間違いありません。鉱山町から戻った部隊の数名は負傷こそしていますが、意識ははっきりしています。彼らが言うには、鉱山町を望む山麓から次々にビセンテの印章を身に着けた兵士が現れたそうです。まるで雪崩のように鉱山町に駆け付けて、町の駐在兵も部隊の人員と交戦。バジーレに属する者達は、数に押し負けて倒れ伏したと」


あり得ない報告は、焦りから辺りに響き渡るほど大声によるものだった。

驚きに目を見開いた彼女は、手にしていた紅茶のカップを落とさないようにすることが精々で、慌ててソーサーに音を立てて置く。

その合間に、兵を引き連れたアストゥートは別館へと行ってしまった。動揺から視線で追うプルデンテの姿を、テオドラとファビオラは不安そうに顔を曇らせて眺めて、不穏な空気を察したのか、ヴェネリオはぐずり出す。

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