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生来のもの

太陽が西の山の向こうへと、燃えるような赤い光を発しながら落ちていく最中。その光が窓から差し込むことで、プルデンテのいる寝室の壁を染めていた。侍女の一人によって、カーテンを閉められて赤い日差しは断たれる。

壁掛けのオイルランプと、ベッド脇のテーブルに置かれた手持ちのオイルランプが淡い光を発して室内を照らしている。

一度目覚めたテオドラとファビオラは、まだ名付けいない赤子、つまりは弟に興味津々と構い、眺めて、そして泣かれたことで隣室に移動した。付き添いの侍女が対応しているが、寝室と繋ぐ扉は開け放たれている。

プルデンテは、ベッドの中央に座りながらもヘッドボードとクッションに背中を預け、手のひらほどの文庫を開きつつ、隣室の二人の様子を窺っていた。並んでソファに座っているテオドラとファビオラが絵本を読んでいる。ファビオラが空腹を訴えれば、しっかりと毒見がされた焼き菓子とお茶が運ばれて、プルデンテの手製ではないことに不満の声を上げていた。暫し、テオドラは窓に身を寄せて外を眺めることがある。それは外出をしたくとも、不安から足は動かないのだとも分かった。ファビオラは特に不満を漏らす様子はなく、姉に身を寄せると共に外を眺める。

つまり、上の二人はお互いを構うことで気持ちを紛らわせ、暇を潰していた。

プルデンテは自身の真横へと流し目を向ける。そこにはベビーベッドの中を覗くシエナがおり、彼女は赤子を見守っていた。

今は静かだが、赤子が空腹だと泣なけば、すぐさまシエナによって運ばれてプルデンテが乳を与える。排泄だと泣かれれば、侍女の一人がおしめを変える。また、母の温もりを欲して泣くこともあるようで、プルデンテが抱き上げれば、すぐさま泣き止み、涙で濡れる金色の瞳で見つめられた。

その泣き声に上の二人も引き寄せされて、彼女達に見つめられながら処置をすることもある。


「子供が増えると賑やかになるのだとよく分かりました」


「まあ。察しのよろしい若奥様としては、ご理解するまで時間がかかりましたね」


「その子の一挙一投足に二人とも反応して騒ぐのだもの・・・いえ、お姉様達が下の子を構うなど当然でしたね。私もそうでした」


ふと、何故だが自身が幼児だった頃の記憶が脳裏に浮かんだ。

一歩動くだけで一番目の姉ディニタが声を上げ、何かに興味を惹かれて歩き進めば、いつの間にか二番目の姉スプレンディドと手を繋いで歩いていた。

絵本や小説が読みたいと手に取れば、近くにいたどちらかの姉、もしくは二人ともが協力してプルデンテのために朗読会を開く。

何かが好きだと言えば、日を待たずして姉達が手に入れてプレゼントしてくれた。食事の際に一口食べて好きだと告げれば、姉達の進言で次の日から毎日のようにメニューに加えられていた。姉達はとにかくプルデンテに甘い。過剰と言えるほど愛情を注いでくれた。

その発端が乳児の頃にあるならば、彼女に記憶は残っていない。つまり何があって愛されたのか分からないが、推測はできる。

もし、一挙一投足に注目されて、全てが愛らしいと思われたのなら、無償の愛情を受けるだろう。

つまりは、末の子である赤子はプルデンテの置かれていた状況と同じかもしれないということ。テオドラとファビオラは一挙一投足に注目して、愛らしいと声を上げている。今は手足と表情を動かすことしかできないが、這いずりが始まり、立つようになり、歩き始めたのなら、二人の姉は赤子から目を離さずに溺愛するだろう。


「これほどまでに可愛らしい方ですもの。お姉様方が興味を惹かれて、愛情を向けるなど当然ですわ」


シエナは、赤子を真新しい清潔なロンパースに着替えさせた。先程まで身に着けていたものは、足元のバスケットに落とし、子を抱き上げるとベッドにいるプルデンテの側まで近付いた。

身を寄せて腕の中の赤子をプルデンテに寄せる。彼女は手にしていた文庫をベッドに預けると、躊躇いなく赤子を受け取り、その顔がよく見えるように抱きかかえた。

眠そうな眼差し。それでも、ゆっくりと瞬きをしながらも赤子はプルデンテを見上げていた。


「黒い髪に金色の瞳・・・バジーレ家由来の色を持って生まれてきたのね。バジーレ家らしい子に育つのかしら?」


「どうでしょう?テオドラお嬢様もファビオラお嬢様も、双方の家柄から引き継いだものがあります。こちらのお子様も、どのようになられるかなど未知数ですわ」


「そうですね・・・貴方が感情を表せるようになって、お話できるようになって、歩けるようになってからのことでしょう。どのように成長をするのか、母は楽しみにしていますよ」


言葉はまだ分からない、もしくは興味がないのか、赤子はただ大きく欠伸をするだけ。その愛らしい所作にプルデンテは笑みを零す。


「貴方の名前を決めなければいけませんね。候補はお父様と一緒に複数考えているのですよ。お顔を見てから決めようと思っていましたから、これから・・・」


隣室から黄色い声が響く。テオドラが何かしら言って、ファビオラが嬉々とした声を上げていた。経験からおそらく、テオドラ発案のお姫様と騎士の即興劇だろうとプルデンテは思った。いつものことではあるが、だからこそ微笑ましい。

胸のしこりとなった暗殺未遂を一瞬だけ脳裏から消え失せた。だが、すぐに思い出した彼女の顔は険しくなる。


「若奥様」


「シエナ、もうすぐ夕食ですね。テオドラとファビオラはこのままこちらで食事を取らせます。毒見もよろしくお願いしますね。言わずともいいことだとは理解していますが、確認を含めての発言です。留意してください」


「はい、理解しております」


プルデンテは体を左右にゆっくりと揺らした。腕の中にいる赤子が安心して眠りに落ちるように、ゆらゆらと揺らしながらも隣室の娘達を見つめる。


「アストゥートは未だに尋問中でしょう。ご休憩に入られるのならば、お時間がいただきたいわ。こちらに呼んでください」


「・・・勿論でございます」


シエナの返事に頷いて、プルデンテは身を揺らしながら、娘達から目を離すまいと見つめる。


「お話したいことがあります。しっかりと話さなければなりません」


「ええ、若奥様にはその権利がございますから」


楽しそうな様子の娘達は一時とはいえ顔を曇らせ、恐怖を抱えて、涙を流した。愛する子達は苦しめられた。

許してはならない。その感情は怒りでは説明がつかず、アストゥートがいなければ、整理もつかなかった。




共に食事をすると強請った娘達を、プルデンテは体調を理由に、悲しく思いつつも断るしかなかった。彼女達が夕食を取る様子は、侍女達や毒見係と一緒に見守り、備え付けられた浴室へと連れて行かれる姿も確認する。

現在、室内にはプルデンテとベビーベッドで眠る赤子、それとシエナのみ。だが、シエナは扉がノックされるとプルデンテに向けて敬礼をした。隣室へと足を踏み入れると、扉をしっかりと閉める。

寝室には、赤子の寝息を耳にするだけのプルデンテのみとなった。彼女が短い言葉で返事をすれば、扉は開かれてアストゥートが入ってきた。

後ろ手で閉じた彼は、足早にベッドに座るプルデンテに近付くと、縁に腰を下ろして身を寄せる。


「プル・・・」


吐息交じりに名前を呼ぶと、その肩に腕を回して自身の体に寄りかからせるように引き寄せた。彼女の耳は彼の肩口に当たるが、どうやら急いで来たようで、強い脈動から感じ取る。


「お帰りなさいませ、お待ちしていました」


体温の高さも触れることで感じながら、顔を動かして頬をアストゥートの体に擦り付ける。深く息を吐いた彼は、彼女の頭に顔を寄せた。


「体調は大丈夫ですか?」


「ええ、特に・・・ただ」


言いかけてアストゥートの顔を見上げれば、不思議だと首を傾げている。暗殺未遂が起こった当初、彼は厳しい面差しをしていたはずだ。今は、もしかすればプルデンテに向けてのものだからこそ、感情を抑えているのかもしれないが、険のない穏やかな顔をしている。


「暗殺未遂のお話をテオドラから聞き及んでいます。二人とも無事であることは安心していますし、守り抜いてくださった侍女の方々には感謝しております。ただ、実行犯に過ぎないだろう給仕はどうされているのでしょうか?指示を下した方、バジーレ家に害なす主犯の方のお話は聞けましたか?」


視線も言葉も真っ直ぐに向ければ、アストゥートは眉間に皺を刻んだ。彼は不愉快な思いをした、というわけではない。常に側にいることで、プルデンテは理解している。


「まだテオドラには耐え難いと思っていたが、もう貴女に話してしまったのか・・・」


「しっかりとした心根の立派な子ですが、まだ八歳になったばかりです。不安に胸が張り裂ける思いを抱くのは当然で、抱えきれるものではありません。あの子は私に縋って泣いていたのです・・・私のテオドラとファビオラに殺意を抱き、怖がらせた者を私は許すわけにはいきません。実行された方も指示された方も、厳しい罰を受けるべきなのです」


アストゥートは彼女の肩を掴んでいた手を離すと、背中に流している灰色の髪にその指を絡めて梳かすように動かした。


「無論、相応しい罰を与えます。俺としても万死に値する行いだと思っている。給仕は全てを自白させたのちに処刑します。指示役と思われる者は判明次第、早急に捕縛して尋問後に拷問にかけます。楽には殺さないつもりです。推測ではあるが、俺の母を殺したのも貴女の毒殺を計画したのも、今回の者と同じでしょう。決して許すことはできない重罪を重ねている。己の罪を分からせるためにも、その魂が擦り切れるまで苦しめましょう」


返されたのは、まるで物語の悪役の台詞のように残酷な文言だった。語るアストゥートの表情は乏しい。言葉と様子がちぐはぐであり、だからこそ自身の夫の恐ろしさを肌で感じるが、プルデンテは震えなかった。

母親を理不尽に殺され、妻であるプルデンテ自身も狙われた。今回は、何よりも大切な二人の娘の命が奪われようとした。アストゥートが怒りで燃え上がり、残忍な側面が出てしまうなど当然のこと。


「犯罪を犯した者の処遇はお任せします。私では適切な処置などできませんから・・・先のことはひとまずとして、お話を聞く限り主犯の方には至れていないのですね?」


理解した上で現状を聞けば、険しい表情のアストゥートは頷いた。


「実行犯である給仕の尋問は続いています。自害をさせないため布を食ませていますが、だからこそ奴は話せない。筆談を命じてもペンすら持たないので、何も聞き出せてはいません。怒り狂った父が殺そうとしましたが、何とか押し留めました。激情に駆られて実行犯を殺しては、母の時と同じことになる。結果主犯には至れずに、またいつか暗殺を敢行されてしまうでしょう」


バジーレ辺境伯の怒りは当然だと理解はできても、その荒々しさに息を吐く。


「お義父様の怒りは最もですが、もう少し落ち着いていただきたいものです」


「無理でしょうね。あいつは普段こそ抑えていますが、生来の荒々しさがある。俺もその気性を受け継いでいますから、怒れば抑えが利かないと理解しています」


「アストゥートは落ち着いていらっしゃるでしょう?気性の荒い方とは思っていません」


プルデンテの言葉に、今度は彼は短く息を吐いた。


「それは言動に関してでしょう。俺の内面はそうじゃない。何かしら起これば嵐のように荒ぶり、抑えられなければ表にも出ます。此度のこと、以前より命を脅かされているという事柄は、俺を怒り高ぶらせている・・・テオドラ、ファビオラ、今は名もない息子。そして何より、貴女が被害を受けたとなれば、感情を内に抱えたままではいられない」


アストゥートの顔が近付いてくると、彼女の頬に擦り付いた。こそばゆい感覚に身が震えるも、耳にした言葉に声は出ない。

知り尽くしたはずの夫の内面は、思っていたよりも激しいという。大熊を討伐した際も、バジーレ辺境伯と口論になった時も、表情こそ険しかったが所作には表れていなかった。言葉に出ても態度には出していなかった。それはつまり、抑えられる範疇のことだったから。

暴れ狂うアストゥートを僅か数秒ながら想像してしまったプルデンテは、彼が自身の膝の上に置いていた腕に手を伸ばし、その肌を手のひらで撫でる。


「如何なる時も落ち着いてくださいませ。私はともかく子供達が、特に生まれたばかりのあの子は貴方の恐ろしさを感じてしまったら、きっと泣き叫んでしまいます」


「貴女にも子供達にも俺の荒ぶった姿など決して見せないが・・・確実にとは言えませんね。気を付けます。プルに怖がられて逃げられたら俺は生きていけない」


彼の唇がプルデンテの頬をなぞった。その感触に身を震わせてしまうが、表情には出さなかった。


「私は貴方がどのようになろうともお側を離れませんが、子供達のことを思えばお願いする他ありません。貴方が優しくも強き騎士であることは変わらないのですから」


「俺が優しいですか・・・そうだな。限定的ではあるが、俺は優しくあろうとしている。プル、貴女に愛されるためだ」


彼は再び頬同士を擦り合わせた。今朝に出産を終えたばかりの体を労るように、彼女の体を抱き支える。


「アストゥート」


何か言うべきかと浮かぶ静寂の中。彼の名前を呼ぶも、顔を離した彼の目を、細めた目に見つめられてしまって二の句が継げない。強い眼差しに吸い込まれそうな感覚を得ながらも、ひたすら無言で見つめ合えば、健やかな寝息がよく聞こえた。

赤子の寝息だと気付き、金縛りのように身じろぐことができなかったプルデンテは、真横に顔を向けてベビーベッドを灰色の瞳に映した。


「恐ろしい事柄に胸を痛めていますが、あの子の名前も決めなければなりませんね」


「・・・ああ、そうですね。上げていた候補から一緒に選びましょうか」


アストゥートは言葉と共に息を吐き出して、体の力も抜いた。彼へと視線を戻せば、緩んだ顔で赤子が眠るベビーベッドを眺めている。

発露しかけた苛立ちと荒さは鳴りを潜めた。安心感から、プルデンテはアストゥートに全てを預けるように体の力を抜いて、目を閉じる。

彼女を労る手は髪を梳かし、頭を撫でて、肩へ落ちれば二の腕まで撫で下ろされた。優しい様子は取り繕ったものかもしれないが、信頼から疑うことはしない。アストゥートから向けられる愛情は真実には変わりないと、プルデンテは理解している。




生まれた赤子は複数の候補から夫婦で話し合い、ヴェネリオと名付けた。

姉であるテオドラとファビオラは勿論、バジーレ家内の者は従業員も含めてその誕生を祝福した。

バジーレ辺境伯こそは、出産後にプルデンテが気絶したと聞き及んでいたため、最初は彼女の体調ばかりを気にしてた。しかし、アストゥートからヴェネリオを抱き上げるように言われると、恐々としながらも慎重に抱き上げて、初の男子の孫の顔を見た瞬間、安堵と共に穏やかな笑みを浮かべた。


「無事に、生まれてくれてよかった・・・」


噛み締めるように低い声での呟き。耳に捉えることができたプルデンテは、辺境伯の表情も相まって安心感に包まれる。

彼は後継者の誕生を喜んだわけではなく、何事もなかった無事の誕生を喜んでいる。言動から分かりやすく感じ取れたことで、彼女は体を抱き支えてくれるアストゥートに体重を預けるほど身を委ねる。

ヴェネリオの将来は未知数。バジーレ家の当主になるべく自己研鑽をするかもしれないが、今の彼はまだ首も座っていない赤子。自身が目指すものをいつかは見出し、進むのならば、助力をするのが母親の務めだとプルデンテは思っている。

それはテオドラとファビオラも変わらない。愛しい我が子達の将来を、プルデンテはより良いものになることを願い、立ち上がれるように手を差し伸べる。過剰にならず、見守るようにと心掛けて。






一ヶ月以上は続いた尋問で、遂に給仕は自白した。手足の指は欠け、顔も凄まじい有様になるほどの、もはや拷問とも呼べる責め苦を受け続けたことで、彼の意志は崩れ去った。

プルデンテには、拷問のような尋問が行われたとは届いていない。バジーレ辺境伯家の男達は、生来の荒さを守るべき婦女には見せないからだ。

彼女が知れたのは、尋問の末に給仕が自白したということ。

その内容は、給仕自身の血脈は隣国のビセンテ伯爵領に在った騎士家であり、先祖は過去の侵略でバジーレ辺境伯領に根差したという。

生まれこそ別の集落だったが、鉄鉱山のある鉱山町が先祖が定着した町であり、他のビセンテから根差した者達と何百年も途絶えることなく交流を続け、内部からバジーレ辺境伯家を崩壊させることを計画していた。

そして、全ての同胞を指揮していた一族がおり、歴代の当主が指示役を務めているという。現在の指示役は、プルデンテが王妃不義の子という噂をバジーレ辺境伯に吹聴した人物。生まれ故郷の鉱山町、つまり鉄鉱山の町に左遷された領都の元守備隊長だった。

長年、バジーレ辺境伯の近臣として仕えていたその男が、プルデンテの毒殺も二人の娘達の毒殺も計画した主犯であるとも、給仕の自白によって判明した。


その後、給仕の男は凄惨な処刑法によって命を絶たれた。荒々しさを内に秘めたバジーレ家の男達に温情などない。惨たらしい最期は日の目を見ることなく、遺体も焼却されてしまった。

事後報告としてプルデンテに伝わるも、処刑方法と遺体の処理は知らされることなく、彼女は一人の人物が死によって罪を償ったと思うだけだった。

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