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第8章4話 変化の追憶 -2

「だがな」


フィンは箸を置き、

肩をすくめた。


「考えすぎじゃないかって、

 最近思うんだ」


「考えすぎ?」


「理由とか、意味とか、

 文化とか、人生の転機とか」


「……ああ」


「でもさ、

 実際はもっと単純だったのかもな。

 そもそも、この現象自体に

 理由や意味はなかったのかもしれない」


謙一郎は、

湯呑みをゆっくり回しながら言った。


「まぁ……そうかもな。

 正直、妖精の悪戯みたいなもんかもしれない」


フィンは一瞬きょとんとし、

次の瞬間、吹き出した。


「それだ!」


「おい」


「いや、悪くない。

 すごくしっくりくる」


フィンは笑いながら続ける。


「だってさ、

 なんの共通点もなさそうな、

 異国のおっさん同士が入れ替わるんだぞ。

 どう考えても、

 壮大な意味がある話じゃない。

 悪い冗談か、

 妖精の悪戯くらいがちょうどいい」


「……それもそうだな」


謙一郎は、

少し考えてからうなずいた。


「妖精の悪戯。

 それでいいや」


自分でも分かるほど、

酔いが回ってきていた。


「それにさ」


謙一郎は、

ふと思いついたように言う。


「日本の中年男性って、

 “おじさん”って呼ばれるだろ」


「まぁな」


「で、

 オーストラリア人のことは

 “オージー”って言う」


「……つまり?」


「つまりだ」


謙一郎は、

少し得意そうに言った。


「“おじさん”と“オージーさん”が

 入れ替わったってことだ」


「なんだよ、

 ダジャレかよ!!」


二人して、

思わず大笑いした。


その程度の解釈で、

十分だった。


意味なんてものは、

後からどうにでも作れる。


「よし、

 じゃあ俺からも仮説をひとつ」


フィンが、

ニヤリと笑う。


「俺たち、

 ちょうど半年で元に戻っただろ?」


「ああ」


「たぶんさ、

 俺たち、

 ミッドエイジ・クライシスの真っ只中だったんだ」


「……」


「少なくとも俺はそうだった。

 君も、どこかで思ってなかったか?

 この人生でいいのか、って」


「……図星だよ」


謙一郎は苦笑する。


「別の人生だったら、

 なんて考えたことは、

 確かにあった」


フィンは満足そうにうなずく。


「一年の折り返しを

 middle of the year って言うだろ?」


「……」


「で、俺たち二人は?」


「「middle age crisis」」


肩を叩き合い、

また笑いが弾ける。


「いや、

 age だけで十分だろ」


謙一郎が突っ込む。


「いや、

 crisis がないとダメだ」


フィンは真顔で言った。


「ただのおっさんが入れ替わっただけじゃ、

 つまらないだろ?」


「……もう、

 なんでもいいな」


「それでいい」


「まぁ、

 妖精も暇だったんだろ」


「退屈しのぎに

 人生をひっくり返すな」


「でもさ」


フィンは、

笑ったまま続ける。


「イタズラにしては、

 結果は悪くなかった」


 


謙一郎は、

店の外に見える山影へ目を向けた。


「……俺はさ」


静かに言う。


「もう一度、

 前と同じ人生を生きろって言われても、

 前と同じには戻れないと思うんだ」


「俺もだ」


フィンが、

ゆっくりうなずく。


「理由が何であれ」


「妖精でも、

 偶然でも」


「起きたことは、

 消えないな」


「……ああ」


 


蕎麦を食べ終え、

二人は店を出る。


夜の長野は静かで、

空がやけに高い。


星が、

思い出したように瞬き始めていた。


「なぁ、謙一郎」


「なんだ」


「もう一回、

 入れ替われって言われたら、

 どうする?」


謙一郎は少し考え、

笑った。


「断る。

 今の人生、

 けっこう気に入ってる」


「俺もだ」


 


二人は、

それぞれ別の道へ歩き出す。


同じ場所。

同じ世界。


だが——


日常は続く。


ただし、

そこに立つ自分は、

もう以前の自分ではない。


妖精の悪戯にしては、

少し出来すぎた話だったが。


悪くない結末だと、

二人とも思った。


妖精の悪戯でも、偶然でも構わない。

それぞれの場所で、それぞれの人生を、

自分自身で選び直せたのだから。



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