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エピローグ Changeling
チェンジリング――
それは妖精の悪戯とされ、
人間の子どもや魂をそっと攫い、
代わりに別の存在を置いていく現象を指す。
本来なら、
交換されるのは幼子であるはずだった。
だが何かが、とんでもなく罷り間違い、
今回は成熟した異国のおっさん同士が入れ替わり、
そして——何かの拍子に、突然、元に戻された。
それから世界は、
何事もなかったかのように動き続けている。
妖精が叱られた形跡はない。
再発防止策が講じられた様子もない。
ましてや、人間側に説明がなされることなど、
最初から期待されていなかった。
長野では、
ひとりの医師がいつも通り白衣を着て、
ときどき山を見上げ、
剣道の稽古に汗を流している。
シドニーでは、
ひとりの男が波に向かい、
家族と食卓を囲み、
以前より少しだけ、
素直な言葉を口にするようになった。
彼らはもう、
"なぜ入れ替わったのか"を
真剣に考えることはない。
妖精の悪戯でも、
偶然でも、
理由などなくても構わない。
それぞれの場所で、
それぞれの人生を、
自分自身の足で選び直せたのだから。
——おっさんチェンジリング事件。
被害届、提出者なし。
回収不能。
ただし、後悔もなし。
それでいい、と——
二人と世界は、静かに判断したのだった。
——完——




