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第8章2話 変化の痕跡 (オーストラリア)

海原は闇を吸い込み、

南半球の初冬の夜気は冷たく澄みきって、

波の輪郭を、わずかな月光がなぞっていた。

世界が息を潜め、

ぎゅっと凝縮しているように見えた。


フィン・モーガンは、

ひとり静かにワインを飲みながら、

物想いにふけっていた。


だが、

鳴り止まないベルの音と、

自分を呼ぶ大きな声が、

あっという間に現実へ引き戻す。


「Hey! Finn! パーティにこいよ!」


いつもの隣人、デイビッドだ。


うすうす隣が賑やかなことには気づいていたが、あえて気づかないふりをしていた。

だが当然のように、誘いはやってきた。


まあ、暇と言えば暇だったフィンは

そのまま誘いに乗ることにした。


隣の家は相変わらず賑やかだ。

何の記念日でもないのにパーティをしている。

気分が乗ったらパーティ。

それがデイビッドの流儀らしい。


「おい、フィン!

 ちゃんと飲んでるか?

 飯も食ってるか?

 たくさん飲み食いしていけよ!」


「あぁ、ありがとう。

 楽しませてもらってるよ。

 でも明日は用事があってね。

 ほどほどで抜けさせてもらう」


「おいおい、珍しいな。

 前は何があろうが、

 潰れるまで飲んでただろ?」


おどけた表情でデイビッドが言う。


「まあな。

 でも明日は、ジョディとサーフィンなんだ。

 その時に、少し話もしたくてさ」


「おお、それはカンガルーやコアラの都合より

 さらに最優先事項だな!

 分かった、好きなタイミングで抜けろ!」


ジョディや息子たちとの関係を知っている分、

デイビビッドの理解は早い。


「それにしても、

 フィンがそんなに歩み寄ろうとするなんてな。

 サメが絶滅でもするのか?

 おまえ、変わったよ。

 まあ、頑張れや。ガッハッハ!」


肩を強く叩かれ、痛みを感じた。

だが、その痛みすら不思議と心地よかった。



パーティはそこそこで切り上げ、

明日に備えて早めにベッドに入る。


明日はジョディとのサーフィン。

再チェンジリング前に、

謙一郎が作ってくれた機会だった。


元に戻った直後は知らなかったが、

あとから謙一郎からメールが来て、

約束をしていたことを知った。

最後には、

「この先は自分で頑張れ」

と、一言だけ添えられていた。


「謙一郎め。

 息子たちとの関係だけじゃなく、

 ジョディとの仲まで取り持っていたとはな。

 恐ろしい男だ」


小さく苦笑し、独り言を漏らす。


ここから先は、

もう助けはない。

明日は、自分自身で向き合うしかない。


「Haha. Everything’s gonna be fine」


自然に口をついて出た。

強がりではない。

本当に、そう思えたからだ。


その言葉を胸に、

フィンは眠りについた。


 

翌朝。

天気は申し分なかった。

六月とはいえ水温は二十度近く。

ウェットスーツを着れば、

サーフィンには十分なコンディションだ。


「おはよう。

 相変わらず朝早いのね。

 待たせたかしら?」


「あぁ、おはよう。

 ちょうど今来たところだよ。

 いい天気で良かった」


自然な会話だった。

以前のようなぎこちなさはない。

だが、まだ雑談を重ねるほどの距離でもない。


「じゃあ、さっそく波いく?」


フィンはサーフボードを指差し、

ふっと笑った。


「今日もいい波ね。

 あなたと行く海は、

 いつもいい波なのよ」


ジョディも小さく微笑み、

ボードを抱えた。


再チェンジリング後も、

何度かサーフィンはしていた。

一人きりではあったが、

楽しく、穏やかな時間だった。


だが今日は、少し違う。

心が、わずかに緊張している。


そのせいか、

サーフボードが言うことをきかない。

格好つけようとして、

力が入ってしまう。


一度目のテイクオフは失敗。


ジョディが心配そうにこちらを見る。


「いや……君と一緒だと緊張してさ。

 つい、格好つけたくなるんだ」


驚いた表情。

それから、少し照れたような顔。


やっぱり、綺麗だ。

ああ、俺が愛した——

いや、今も愛している女だ。


「やっぱり、あなた変わったわ。

 前はそんなこと言わなかったもの。

 嬉しい。

 もっと、あなたらしくいて」


こちらも思わず照れてしまう。

誤魔化すようにパドリングする。


今度は、

格好をつけず、自然体で。


すると嘘のように、

簡単にテイクオフできた。

そのまま波に乗る。


ジョディが楽しそうに見ている。


調子に乗って、

いくつか技を入れる。

無理なく、自然に決まる。


無駄な力が入っていない。

それが自分でも分かった。



しばらく波を楽しみ、

二人で浜辺に戻る。

砂浜に腰を下ろす。


風は少し冷たいが、

身体はまだ温かい。


沈黙が続く。

だが、居心地は悪くない。

むしろ穏やかだ。


「なぁ……

 この半年、色々あってさ。

 その中で、たくさん考えたんだ」


ジョディは黙って聞いている。


「俺はずっと独りよがりだった。

 そのせいで、

 君たちとの距離も

 遠ざけてたんだと思う」


言葉を選ばず、

ただ、自分の言葉で話す。


「今さらかもしれない。

 でも……ごめん。

 もしできるなら、

 もう一度やり直したい」


しばしの沈黙。


やがてジョディが口を開く。


「この半年、

 あなた、少し変だったわ。

 別の人みたいだった」


——まあ、実際そうなんだけどな。


心の中で突っ込みつつ、

黙って待つ。


「でもね。

 それは、

 変わろうとしてたってことよね」


穏やかな声だった。


「私も思ったの。

 あなたが変わろうとしたなら、

 私も変わらなきゃって」


続きがない。

耐えきれず聞いてしまう。


「……つまり?」


「ふふ。

 つまり、答えはYes。

 もう一度、やり直しましょ」


「Stoked!!(最高だ‼︎)」


思わず叫んでいた。


海は相変わらず、

穏やかにうねっている。


波はまた来る。

だが、

同じ波は二度と来ない。


それでいい。


フィンは、

隣に座るジョディの肩越しに

水平線を見つめながら、

静かに思った。


——日常は続く。

だが、

以前の自分はもういない。

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