第6章5話 交わりの先
北半球の日本で、
南半球のオーストラリアで、
二人の男が同じように空を見上げた。
いつもと同じ空のはずなのに、
なぜか、どこか違う気がした。
じっと眺めていると、
双子座が、いつもよりも特別きれいに
輝いているように見えた。
なぜか目をそらすことができず、
二人はしばらくのあいだ、黙って星空を見つめていた。
⸻
その夜、
二人の男たちはひさしぶりに、
あの白い夢を見た。
男たち――
すなわち、守山謙一郎とフィン・モーガンは、
夢の中で、自分の姿も、相手の姿も、
はっきりと見ることができていた。
五感があり、
辺り一面が真っ白であることを除けば、
夢とは思えないほどリアルだった。
二人きりの空間だが、
会話は不思議なほど自然に成り立つ。
やはりここは、夢の中なのだ。
「やぁ、謙一郎。調子はどうだい?」
「ええ。こっちの生活にも、だいぶ慣れてきました。
久しぶりに剣道もやりましたよ」
「そうか。俺もサーフィンに行ったよ。
知っての通り、君の奥さんにしこたま怒られたけどな」
「よく無事でいられましたね。
俺は恐ろしくて、嘘なんてついたことがないですよ」
二人は、顔を見合わせて笑った。
そこに緊張感はない。
構える必要もない。
ただの“知り合い”でも“他人”でもない、
不思議な距離感のまま、自然体でそこにいた。
「それにしてもさ……
いったいこの夢は何なんだ?」
フィンが、ぽつりと言う。
「そもそも俺たちは……どうしちゃったんだろうな」
謙一郎は少し考えてから、首を振った。
「それに関しては、色々調べてはいるんですが……
結局、何の手がかりも掴めていません」
少し間を置いて、続ける。
「フィンさんの方は、何か分かりましたか?」
「あー……俺は……」
フィンは、少し気まずそうに頭をかいた。
「正直に言うとさ、
エンジョイしちゃってて、あんまり調べてない」
そして、肩をすくめる。
「というか、調べようがないだろ?」
「はぁ……あなたらしいですね。
一応は調べてみてくださいよ」
小さくため息をついてから、付け加える。
「でも、確かに……
調べようがないというのも事実です」
「だろ?
何をしたって戻れるか戻れないかは分からないんだからさ。
それなら、今の生活を大事にしていく方が生産的だろ」
「……まぁ、そうとも言えます。
でも、俺はまだ諦めていませんからね」
「俺だって、諦めたわけじゃないぞ。
戻りたいとも思ってる。
たださ……」
少し間を置いて、
「今の生活っていうか、今の人生だって、
ちゃんと大事にしないとダメだろ」
「そうですね。
もし戻れた時に、フィンさんがやらかしまくっていたら、俺も困りますから」
「おっ。言うねぇ~」
また二人は笑った。
その後も白い空間の中で、
とりとめのない雑談が続いた。
家族の話。
仕事の話。
剣道の話。
サーフィンの話。
食べ物の話。
意味があるようで、
特別な意味はない。
だが、
それが心地よかった。
やがて――
白い空間の輪郭が、
ほんの少しだけ、ぼやけ始める。
相手の声が、
遠くなる。
「……そろそろ、起きるみたいだな」
フィンが言う。
「そうみたいですね」
二人は、互いの姿を見る。
言葉にしなくても、
伝わるものがあった。
「じゃあ、また。
あ、そうだ。次から敬語はなしだ」
「え、できるかな。まぁ善処しますよ。
では、また」
次の瞬間、
白い世界は、静かにほどけていった。
⸻
長野の寝室で、
フィンは、ゆっくりと目を開けた。
シドニーのベッドで、
謙一郎も、静かに目を覚ました。
夢の感触だけが、
まだ胸の奥に残っている。
二人は、それぞれの場所で、
小さくつぶやいた。
――ちゃんと、生きていこう。
その言葉の余韻が、
静かに胸の奥で広がっていく。
窓の外には、
今日も、
いつもと同じ朝があった。




