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第6章3話 交わる (謙一郎 in オーストラリア)

北半球では、フィンが早苗にこっぴどく問い詰められ、怒られていた。


南半球では、謙一郎が穏やかな気持ちでサーフィンを楽しんでいた。


シドニーにいる謙一郎は、

日課のサーフィンを終え、

自宅に戻り何気なくパソコンを開いた。


フィンからのメールが一通、届いている。


内容はあれこれと長かったが、

要するに――

早苗にものすごく怒られた、ということだった。


どうやらフィンは、

学会に行くと嘘をつき、

こっそりサーフィンに出かけていたらしい。


当然、あとで嘘はばれた。


その瞬間が、

"本当に恐ろしかった"

と、やけに生々しく書かれている。


謙一郎は、思わず小さく笑った。


――俺なら、そんな発想すらしないな。


と。

同時にふと、別の考えが頭をよぎる。


そういえば自分も、

本来の趣味を、そろそろ再開してみてもいいのではないか。


趣味というより、

生活の一部に近かったもの。


特別に好きだと公言するほどでもない。

だが、やめてしまうには、

どこか惜しいもの。


――剣道。


日本にいた頃は、

海外で剣道をするなど、想像すらしなかった。


まして、オーストラリアに剣道があるのかどうかも知らなかった。


だが、

世界選手権が開催されている競技だ。


ならば、

どこかに小さなクラブくらいはあるかもしれない。


そんな淡い期待で調べたのが、ひと月ほど前。


そして実際、

シドニーにも剣道クラブは存在していた。


今までは、

仕事に、

家族の問題に、

隣人との付き合いに、

そして何よりチェンジリングのことで、

手一杯だった。


だが最近、

少しずつ余裕が出てきているのも事実だった。

それが良いことなのか、悪いことなのかは分からないが。


道着も、防具もない。

それでも――

まずは一度、見てみるだけでもいい。


フィンのメールを読み終えた謙一郎は、

そう決めた。



フィンと違って、

謙一郎には許可を取る相手も、

嘘をつく相手もいない。


気楽なものだった。


いきなり顔を出すのは失礼だと思い、

事前にクラブへメールを送る。


ほどなく、

"見学歓迎"との返事が届いた。


平日夜と、休日昼間の週二回練習しているらしい。


謙一郎は、

休日の昼間の練習に行くことにした。



当日の朝。


謙一郎は、珍しくサーフィンに行かなかった。


なんとなく落ち着かず、

今日は波にうまく乗れない気がしたからだ。


代わりに、

胸の奥が、わずかにざわついている。


――久しぶりの剣道。


自分が少し高揚していることに、

謙一郎は気づき、驚いた。


ここ数年の剣道は、

楽しむものではなかった。


昇段のための稽古。

稽古に行っては、

ダメなところを指摘され、

しかも内容は、だいたいいつも同じ。


正直、

楽しさなど、ほとんど感じていなかった。

ひたすら修行をしている印象だった。


ふと、

玄関の隅に立てかけてあるゴルフクラブが目に入る。


棒状のものを見ると、

なぜか振りたくなる。


久しぶりに、軽く素振りをしてみよう。


そう思い、

クラブを振りかぶった瞬間――


ガンッ。


玄関の電球に当たった。


次の瞬間、

パリン、という音とともに、

ガラス片が降ってきた。


「……あ」


しばし沈黙。


謙一郎は、散らばった破片と、

手に持ったクラブを見比べる。


そして、

なぜか、にやりと笑ってしまった。


どこか懐かしく、

どこか可笑しい。


謙一郎は、床を片付けながら、

静かに思う。


今日は、

きっと悪くない一日になる。


わずかな高揚を胸に感じながら、

謙一郎は車に乗り込み、

目的地へと向かった。


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