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第5章6話 変わらぬ心の行方 (謙一郎 in オーストラリア)

フィンが、遠く離れた長野の地で、

自分の人生を、ほんの少し見つめ直すきっかけに巡り合っていたその頃。


まるで共鳴するかのように、

謙一郎もまた、大きなトラブルの渦中にいた。


彼の場合、人命は関わらない。

だが――

今後の人生そのものを揺るがしかねない、

十分すぎるほどの危機だった。


ある日突然、部下たちが反旗を翻した。

もっと簡単に言えば、

会社を乗っ取られそうになっていた。


この入れ替わり生活が始まってから、

大小さまざまなトラブルは確かにあった。

その都度、対応し解決してきたつもりだった。


仕事は順調だ。

少なくとも、謙一郎自身はそう思っていた。


だが、それは――

彼の思い込みだったらしい。


見えないところで、

小さな火は燻り続けていた。

誰にも気づかれないまま、

静かに、しかし確実に。


そしてある日、

それは一気に燃え広がり、

大火災となって、

謙一郎の前に姿を現した。



その日は、真夏を思わせるような暑さだった。


穏やかな秋の気配を、

無理やり押しのけるような、

重たい陽気。


謙一郎は、いつも通りオフィスに出勤した。


すると――

入口で、三人の部下が待っていた。


「おはよう。みんな。どうしたんだ?」


自然に挨拶をした。

だが、誰も返事をしない。


一人は視線を逸らし、

一人は気まずそうに口を閉ざしていた。


そして、残りの一人が

意を決したように前に出た。


「ボス。話があります。

 会議室まで来てください」


語気は強く、

そこに拒否権は感じられなかった。


――つい最近まで、

 あんなにへりくだっていたのに。


そう思いながらも、

謙一郎は黙って後に続いた。


会議室に入ると、

さらに十名ほどの部下が集まっていた。


よく見ると、

いずれもそれなりの役職を持つ顔ぶれだ。


胸の奥で、

嫌な予感がはっきりと形を取った。


促されるまま席に着く。

全員が腰を下ろすや否や、

間髪入れずに一人が口を開いた。


「ボス。単刀直入に言います。

 あなたには、社長を降りてもらう」


雷が落ちた、

とはまさにこのことだった。


青天の霹靂。

社内クーデター。

謀反。


言葉だけが、

頭の中を乱雑に飛び交う。


考える間も与えず、

その部下は続けた。


「明日、取締役会を開きます。

 過半数が賛成すれば、

 あなたは社長ではなくなる」


――明日?


猶予など、どこにもなかった。


「待ってくれ。急にどうした。

 俺が何かしたか?

 会社は順調だろう。

 君たちも、問題なく仕事をしていたじゃないか」


とにかく理由を聞こう。

そう思って言葉を重ねた。


だが返ってきたのは、

冷たい一言だった。


「……分からないんですか。

 原因はあなたですよ。

 もう、俺たちはついていかない」


それだけ言うと、

部下は満足したように会議室を出て行き、

その他の部下たちも後を追うように

部屋からでていった。



一人残された謙一郎は、

呆然としながらも、

必死に状況を整理しようとしていた。


代表で話していた男――

たしか、ポール。


副社長だったはずだ。

よく意見を聞きに来ていたから、

つい最近まで平社員だと思い込んでいた。


フィンの強硬なワントップ体制の下で、

社長以外は、皆、同じように見えていた。


――まさか、こんな形で。


会議室を行ったり来たりしながら、

考える。


だが、

打開策は一つも浮かばない。


なぜ、こうなった。

何が悪かった。

経営自体に、大きな問題はなかったはずだ。


考え続けても、

答えは出なかった。


やがて、

これ以上ここにいるのが耐えられなくなり、

謙一郎は社長室へ逃げ込んだ。


慣れたはずの部屋が、

急に知らない誰かの部屋のように感じられる。


急いでフィンに連絡を取ろうとして、

携帯を手に取る。


だが、

番号を押しかけて、指が止まった。


――こんなこと、話せない。

話したところで、どうにもならない。

自分で、何とかするしかない。


あれこれと思考をめぐらせつつ、

社長室を落ち着きなく歩いていると、

ドアがノックされた。


慌てて椅子に座り、

平静を装って返事をする。


「……どうぞ」


入ってきたのは、

険しい顔をした部下のウィリアムだった。


「ボス!聞きましたよ。

 明日の取締役会で退任を迫られるって。

 おかしいですよ、こんなの」


彼の声には、

はっきりとした怒りがあった。


「俺は、許せません」


会議室にはいなかった顔。

そのことが、わずかな救いになった。


「突然で、俺も驚いている。

 何か、理由を聞いていないか?」


「いえ……。

 ただ、最近のボスはボスらしくない、

 って言っているのを聞いたことがあります」


一瞬、胸が締めつけられる。


「でも、俺は、

 前のボスも、今のボスも、

 変わらず尊敬しています」


「……ありがとう」


それだけで、

少し救われた気がした。


「明日は……何とかしてみるさ」


謙一郎は、

必死に笑顔を作った。


部下の前で、

弱さは見せられなかった。


ウィリアムは、少し安心したようにうなずき、

部屋を後にした。



一人になる。


謙一郎は、

椅子に深く腰を下ろした。


――明日。


たった一日。


だが、

その一日で、

この人生に大きな変化が起きるかもしれない。

しかも、悪い方向に。


謙一郎は、

ゆっくりと目を閉じた。


まず、

何をすべきか。


誰に、

話を聞くべきか。


どこで、

間違えたのか。


まだ陽は高い。

明日までに残された時間は、わずかにある。


謙一郎は、

必死に思考を巡らせていた。


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