13話 仮面舞踏会Ⅲ
私は声を張り上げる。
「あなたには、まだ聞きたいことがあるの!」
けれど、返事はない。私は慌てて人混みへ駆け出した。
煌びやかなドレスが幾重にも視界を遮り、仮面をつけた紳士淑女たちが行く手を塞ぐ。
人の間を縫うように進んだ、その時だった。
「きゃっ!」
誰かと肩がぶつかり、私は思わずよろめく。
「ご、ごめんなさい!」
慌てて頭を下げながら顔を上げると、目の前の女性も驚いたように目を丸くしていた。
「あら、エリザベート様?」
「……クラリッサ?」
思わずその名を呼ぶ。
仮面舞踏会だというのに、彼女は素顔を隠すつもりがないのか、片目だけを繊細なレースで覆っただけの仮面を身につけていた。
「お久しぶりですわね、エリザベート様」
微笑む姿は以前と変わらない。だけど――、私は言葉を失った。
痩せている。驚くほどに。
初めてサロンを訪れた頃の面影がないほど細くなっていた。頬はすっきりし、顎の線もシャープになっている。一見すれば、ダイエットに成功した理想的な姿だった。
けれど、何かがおかしい……。
肌が妙に青白い。目の下には薄く隈が浮かび、頬もどこかやつれて見えた。
まるで無理やり命を削って痩せたような、不健康な美しさだった。
「驚いたわ。……随分と、痩せたのね」
「ふふ……そうでしょう?」
クラリッサは満足げに唇を緩めた。
本当なら、今すぐジゼルの後を追うべきだった。あの人には、まだ聞かなければならないことが山ほどある。
けれど――私は目の前のクラリッサから視線を逸らせなかった。
このまま見過ごせば、取り返しのつかないことになる。そんな予感が、胸の奥で強く警鐘を鳴らしていた。
「ダイエット、頑張ったのね。……でも、少し急激すぎないかしら?」
私は慎重に言葉を選ぶ。
「体調は大丈夫なの?」
「心配してくださるの?」
クラリッサはくすりと笑った。その笑い方に、私は眉をひそめる。
どこか棘を含んだ、相手を試すような挑発的な笑みだった。
「も、もちろんよ……」
「心配なんてしなくても大丈夫よ。……それとも焦っているのかしら?」
「……焦る?」
「私がエリザベート様の力を借りずに痩せてしまったから」
私は目を瞬く。
何を言われているのか理解できなかった。
「何を言ってるの?」
「だって、そうでしょう?」
クラリッサの声には、これまで溜め込んできた鬱屈が滲んでいた。
「サロンでは十数カ月もかけて少しずつ痩せると言われたけど、実際は御覧の通りよ」
両腕を軽く広げ、自分の身体を誇示する。
「私は、たった二月でここまで痩せたわ!」
その声は誇らしげだった。
けれど、その瞳はどこか熱に浮かされたようにぎらついている。
「時間をかけて痩せていく方が健康的だからよ」
「でも、私は結果を出した。エリザベート様の力なんて必要なかったわ」
「……」
「あんなまどろこっしいやり方なんてせずとも、飲むだけで痩せられるんですもの」
その言葉に胸がざわつく。
嫌な予感が確信へと変わった。
「……クラリッサ。貴方、飲んだの? まさか、やせ薬を――」
クラリッサはやけに嬉しそうに笑った。
「そうよ、痩せ薬を飲んだの」
クラリッサの返事に、全身から血の気が引いた。
やはり。
最悪の予感が当たってしまった。
「そんな……」
「うふふ、凄いでしょう?」
クラリッサは興奮を隠しきれない様子で続ける。
「最初は半信半疑だったわ。でも飲むだけで、本当に痩せたんですもの! 食事制限も必要なかったのよ?」
「クラリッサ、聞きなさい!」
思わず声が強くなる。アンネが眉間に皺を寄せた。
私は真剣な眼差しで彼女を見る。
「そんな急激な減量は危険よ」
「危険ですって?」
「顔色が悪いわ。目の下にも隈が出来てる」
「気のせいよ」
「痩せているというより、やつれてしまっているわ」
その一言に、クラリッサの表情がぴくりと引きつった。
だが次の瞬間には、挑発するような笑みを浮かべる。
「ふふ、焦ってるのね! 私が痩せてしまったから!」
その声は思いのほか大きく、ホール中へ響き渡った。談笑していた貴族たちが何事だと私達へと視線を向ける。
注目が集まるが、彼女は気にも留めない。いや、もう周囲が見えていないのかもしれなかった。
「あなたのサロンへ通わなくても美しくなれるって知られたら、困るものね。皆の憧れじゃ、いられなくなってしまうから――」
「ち、違うわ。私は貴方が心配なだけ……。お願いだから、その薬を飲むのを止めて」
私は必死に説得する。一歩近づき、その両肩に手を伸ばそうとした。
「貴方は知らないのよ、その薬がどんなに危険なのか。成分だって……」
「嫌よ」
冷たい言い放たれ、私の手は払いのけられた。
「クラリッサ……」
「絶対に嫌よ! せっかく綺麗になれたのに」
彼女は一歩、後退る。その瞳には警戒と不信が浮かんでいた。
「エリザベート様だって、本当は知っていたのでしょう?」
「……何を?」
「こんな簡単に痩せる方法があることを。あなたも、痩せ薬を飲んで綺麗になったんじゃなくて?」
アンネは唇を歪める。
「それなのに教えなかったんだわ。なんて、ずるい人なのかしら……」
「ち、違うわ」
「いいえ、自分だけが特別でいたかったんでしょう?」
私は言葉を失った。完全に誤解している。
けれど、今のクラリッサには何を言っても届かない。
「それは違うわ! 私は健康に気をつけながら自力で痩せて、その方法をみんなにも伝えたくて――」
「止めて! 貴方の偉そうなアドバイスはもうたくさん!」
クラリッサは私の言葉を鋭く遮った。
「ごきげんよう、エリザベート様」
冷え切った声を残し、クラリッサは踵を返した。
「ま、待って――!」
呼び止めても振り返らず、人混みの向こうへ消えていく。私はその背中を見送ることしか出来なかった。
「エリザベート様!」
聞き慣れた声に振り返ると、アンネが心配そうな表情で駆け寄ってくる。
「どうなさったんですか? なんだか騒がしかったですが……」
「なんでもないわ。知人に会って、ちょっとね……。それよりも、アンネはダンス楽しめた?」
「は、はい。おかげさまで。でも、そろそろ夜も更けてきましたし、帰りが遅くなってしまうと思って」
「そうね……帰りましょうか」
私は笑みを作ってアンネに頷き返した。けれど、視線はクラリッサが消えていった方角から離せなかった。
痩せ薬の危険性は伝えたつもりだった。私の想いも届いていると信じていた。
……でも、違った。
あの子の心に、私の言葉は届いていなかったのだ。
アンネの恋の行方。安易な痩せ薬に頼ってしまったクラリッサの行く末。そして、ライバルサロンのオーナー・ジゼルに隠された秘密とは!?
物語はまだまだ続きます! 少しでも「面白い!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、☆での評価やお気に入り登録をしていただけると励みになります。応援よろしくお願いいたします!
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