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【書籍化】悪役令嬢のダイエット革命!〜前世の知識で健康美を手に入れてざまぁします!~【3章スタート】  作者: 冬月子@悪役令嬢のダイエット革命2卷8/1発売!
3章 サロン《ラ・ベル・レジスタンス》と悩める令嬢たち――甘い誘惑と危険な計略

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12話 仮面舞踏会Ⅱ

アンネは青年に手を引かれ、ゆっくりと踊りの輪へ加わっていった。

最初はぎこちなく足を運んでいたアンネだったが、やがて二人のステップは音楽へ自然に溶け込み、彼女の口元には柔らかな笑みが咲いていた。


「ふふ……良かったわ」


少し離れた場所からその様子を見守りながら、私は自然と頬を緩める。

あの子はずっと、自分の容姿ばかりを気にして生きてきた。

顔ではなく、人柄を見てもらえる良い機会だ。この舞踏会に来て、正解だったのかもしれない。


そんなことを考えながら、給仕から受け取った果実酒をそっと口へ運ぶ。

甘酸っぱい余韻が舌に残る。


「今宵は素敵な夜ですね、レディ」


不意に届いた、落ち着いた、それでいてよく通る声。同時に、白い手袋に包まれた手が、私の前へすっと差し出された。

私はゆっくりと顔を上げる。


「あら……」


「一曲、お相手願えますか」


目の前に立っていたのは、長身ですらりとした体躯の青年だった。肩で切り揃えられた濃い茶色の髪に、仮面の隙間から覗く紫色の瞳。端正な顔立ちは半分ほど仮面に隠れているにもかかわらず、その気品は隠しきれない。

濃紺の燕尾服を見事に着こなし、礼をする所作一つとっても非の打ちどころがない。

まさに、絵画から抜け出してきたような理想の貴公子。


けれど――。


「……ええ、是非」


飲み切ったワイングラスを給仕の預け、差し出された手に自分の手を重ねた。指先が触れ合った途端、小さな違和感を覚えた。

その立ち姿、スマートな誘い方。どれも申し分ない筈なのに。


「では、参りましょう」


青年は手を引いて、優しく私をフロアの中央へ導く。

ちょうど新しい曲が始まり、優雅なワルツの旋律が会場へと流れ出した。流れるようなリードで、腰に添えられた指先の力加減は驚くほど繊細だった。

その心地よいリードに身を委ねながら、私はふと口を開いた。


「こういう場所には慣れていらっしゃるのですね」


「そう見えますか?」


「ええ。少しも緊張しているようには見えませんもの」


私は相手の黒い仮面を見つめた。

端正な顔立ちは覆い隠され、その表情を読み取ることはできない。

それでも胸の奥に引っ掛かる違和感だけは、踊るほどにはっきりと輪郭を帯びていく。


「実は、その逆ですよ」


「え?」


「こんなにもお美しいレディと踊るのははじめてですから」


冗談めかした口調なのに、不思議と軽薄さは感じられない。


「ふふ、お上手ね」


「嫌だな、本心ですよ」


音楽がゆるやかな旋律へと移り変わる。

シャンデリアの光が幾重にも煌めき、私たちはその中をゆっくりと旋回する。青年が一歩踏み込めば、私も一歩寄り添う。

青年が私の方へわずかに身を寄せ、小さく笑った。呼吸まで重なるような絶妙な距離に、思わず鼓動が早まった。


「美しいレディ」


低く甘い声が耳元へ落ちる。


「どうか、お名前を教えていただけませんか?」


「……仮面舞踏会で、名前を尋ねるなんて無粋よ」


この夜は、身分も名前も忘れて楽しむためのもの。正体を詮索するのは暗黙の禁忌だった。


「それに――」


私は相手をじっと見つめる。


「あなた、女性でしょう?」


一瞬だけ、相手の動きが止まる。

けれど次の瞬間には、くすりと喉を鳴らして笑い出した。


「……参ったな。見抜かれるとは思わなかった」


「それなのに、私を口説こうなんて冗談が過ぎるわ」


「よく分かったね。どこで分かったの?」


私は繋いだ手へ視線を落とす。


「手よ。指先はしなやかで、男性特有の節ばった硬さがないもの」


私は仮面の下へそっと視線を滑らせた。

顎から首筋へ続く肌は、きめ細かく、吸い込まれそうなほどなめらかだった。


「それに肌ね。どれだけ手入れをしていても、男性なら髭を剃った跡が残るも筈よ。でも、あなたの肌にはそれがまったくない」


それに、背の高さも。もちろん元々長身なのだろうけれど、おそらく靴の中に仕込みをしているのだろう。

青年、いえ。女性は楽しげに笑った。


「ふっ、参ったな。そこまで見抜かれるとは思わなかった」


仮面の奥で紫の瞳が愉快そうに細められる。


「お目が高い、王都一の美容サロンを経営してるだけあるね。流石だ、エリザベート夫人」


その名を呼ばれた瞬間、心臓がどくりと大きく脈打った。


「え……?」


思ず相手を見上げる。

仮面の奥から覗く瞳は、まるでこちらの反応を楽しんでいるようだった。


「どうして……私だと?」


今夜は誰もが仮面を着け、素顔も身分も隠している。

それなのに、どうしてこの人は私だと分かったのだろう。

目の前の女性は肩をすくめ、楽しげに微笑んだ。


「噂は以前から聞いていたからね」


そう言って、私の姿をゆっくりと見渡す。


「その豊かな金髪。仮面から覗く宝石のようなルビーの瞳。そして何より、人目を惹きつけるその存在感。仮面で顔を隠したくらいでは、あんたの美しさまでは隠せないよ」


不意打ちのような賛辞に、頬へ熱が集まるのを感じた。

いまだ褒められることには、まだ慣れていない動揺を悟られまいと、私は小さく息を整えた。


「……お見事ね」


ようやくそれだけ返すと、男装の麗人は優雅に一礼した。


「それだけ、あんたの美しさが際立っているということさ。かつて『肥えて醜い悪役令嬢』と陰口を叩かれていた頃の面影なんて、もうどこにもない」


「それは……褒め言葉として受け取っていいのかしら? ありがとう」


私が微笑むと、彼女もまた静かに笑みを返す。

しかし、その笑みは次の瞬間、どこか意味ありげなものへと変わった。


「本当に……」


ぽつりと零れた呟きは、私へ向けた言葉というより、まるで独り言のようだった。


「本来なら、あんたはこんなにも美しい姿になっているはずがないのに……」


「――え?」


思わずステップが乱れそうになる。

その一言には、単なる皮肉や世辞では片付けられない響きがあった。

まるで、私の"本来の運命"を知っているかのような……。

私は相手をまっすぐ見据える。


「……あなた、一体何者なの?」


すると彼女は肩を揺らし、小さく笑った。


「ふふっ。あんたは私の事を知ってるはずだよ」


「……?」


首を傾げる私を見つめ、仮面の奥の笑みがさらに深まる。


「改めてご挨拶を」


胸に片手を当て、静かに腰を折る。その所作は気負いがなく、それでいて周囲の視線を惹きつける気品に満ちていた。


「私は、ヴィクトリアサロンのオーナー……ジゼル・ローゼンベルクと申します」


「ヴィクトリアサロンのオーナー……ですって!?」


ヴィクトリアサロン。


ここ最近、王都で急速に勢力を伸ばしている美容サロン。

私の店からスタッフを引き抜き、人気商品の粗悪な模倣品を市場へ流し、さらには身体を壊しかねない危険な痩せ薬まで販売している、あの悪名高いサロンだ。


まさか、そのオーナーが目の前にいるなんて。

驚きを隠せない私を見て、ジゼルは楽しそうに目を細めた。


「ええ。あんたも随分と熱心に私のことを調べてくれたようだね」


そう囁く声には、挑発するような愉悦が滲んでいる。


「だから今夜は、こちらから会いに来たんだよ。――エリザベート」


ジゼルは口元に笑みを浮かべたまま、ゆったりと私をリードする。

周囲から見れば、親しげに談笑しながら踊る二人にしか見えないだろう。


「……ご挨拶にしては、随分と物騒ね」


「そうかな?」


ジゼルは肩をすくめる。


「これでもあんたには感謝してるんだ」


「……感謝?」


「あんたが女性たちに美しくなる喜びを教えて、美容という市場をここまで育ててくれたからね。あとは……、その市場を私がいただくだけだ」


大胆にもそう言い放つ。

私からすべてを奪い尽くすという、堂々たる宣戦布告だった。


「残念だけれど、それは叶わないわ」


「どうして?」


「健康を犠牲にした美しさを、私は認めないもの。貴方のサロンを、私は認めないわ!」


その瞬間、最後の旋律がホールへ静かに響き渡る。

余韻を残しながら音楽が途切れ、私たちは示し合わせたように同時に一礼した。

重ねていた手がゆっくりと離れていく、その刹那。

ジゼルは口元に愉快そうな笑みを浮かべる。


「いいね。その自信。奪い甲斐があるもんだ」


「その宣戦布告、受けてたつわ」


私は一歩も引かず、まっすぐに言い返した。


――ヴィクトリアサロン。

この女性こそが、私の前に立ちはだかる最大の敵。

ならば、逃げる理由はない。

正々堂々と、本物の「美」で勝負してみせる。


私の決意を見透かしたように、ジゼルは満足げに口角を吊り上げた。


「その言葉、忘れないでね」


くるりと身を翻し、人混みへ溶け込むように歩き出す。


「次に会う頃には、王都で一番の美容サロンはヴィクトリアになっている筈だよ」


そう言い残し、ジゼルは人混みの中へと消えていった。


「あ、待って!」



ライバルサロンのオーナーが登場です!

明日も更新予定です。

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