SIDEアンネ
新しい令嬢の登場です
私は、いつも顔を下に向けて歩く。
重たい前髪は、その顔を殆ど隠していた。まるで床の模様を数えて歩いているかのようだった。
何故、前を向いて歩けないのか。
それはーー顔には無数の赤い吹き出物が浮かんでいたから。
貴族の令嬢にとって、美とは重要度が高い。いずれ他の貴族と縁を結ぶとき、条件のいい家を選ぶには美しさが関わってくる。
そうでなくとも年頃の令嬢にとって、ニキビだらけのこの顔はどれだけ辛いものか。だから私は必死にニキビを治そうとした。けれど、どんな薬を試しても効果はなく、どんな化粧を施してもにきびは隠し切れなかった。
「よく、そんな顔で社交界に出られるものね」
ある日、華やかな夜会で。ひとりの令嬢がそう言った。
周りの令嬢も同じように言う。
「そりゃあ、そうでしょうよ。彼女、まだ婚約者がいないんだもの」
「だから必死に探してるのね。でも……」
恥ずかしくて顔を上げられない。
いまだ、私には婚約者はいない。だから、無理やりにでも夜会に出て、婚約を結んでくれそうな男性を探さなければいけない。
本当はこんな人の多い場所には来たくなかったが、両親に婚約者を探すように強要されたのだ。
私は顔を下げて悪口を耐えた。
私だって好きでこうなったじゃないのに……。
結局その夜は大した成果もないまま屋敷に帰った。
***
そして――。そんな息苦しい日々を送っていた、ある日のことだった。
私は一軒のサロンと出会う。そこは、かつて「悪役令嬢」と呼ばれた女性が開いた、美と自信を取り戻すための特別なサロンーーではなく、最近になって社交界で急速に名を広めている話題の美容サロンだった。
「たった一か月で見違えるほど痩せたらしいわ」
「なんでも特別な痩せ薬を扱っているとか」
「肌まで綺麗になるそうよ」
そんな噂を耳にしない日はないほどの人気ぶりだった。
婚約者探しに行き詰まり、自分に自信を失っていた私は、その言葉に心を揺さぶられた。
――もしかしたら、私もそのサロンでなら変われるかもしれない。
そんな淡い期待を抱いて、サロンの扉を叩いたのだ。店内は甘い花の香りに満ちていて、豪華な調度品が並んでいた。
美しく着飾った女性たちが楽しそうに談笑しており、その光景だけで期待してしまう。
私を案内した店員は、にこやかな笑みを浮かべながら商品を並べた。
「こちらは当店自慢の美容蜂蜜です」
琥珀色の液体が小瓶の中でとろりと揺れる。
「ええ、この蜂蜜を毎日お肌に塗っていただくだけで、しっとりとなめらかな肌へ導いてくれます。愛用されているお客様も多いんですよ」
「ほ、本当に……?」
「もちろんですわ」
自信満々に言われれば、信じたくなる。私は迷わずその商品を購入した。
決して安い買い物ではなかった。けれど、これで少しでも綺麗になれるのなら。少しでも周囲から笑われなくなるのなら。
そう思ったのだ。
その日から、私は毎晩欠かさず蜂蜜を顔に塗った。
少しべたつくけれど、甘い香りは心地良かったし、肌が綺麗になるためなら多少の我慢は苦ではなかった。
けれど、数日が経っても変化はない。それどころか、頬がひりつくようになった。鏡を見ると、うっすらと赤みが出ている。
不安になったものの、高級品なのだから。効果が出るまで時間がかかるだけかもしれないわと、自分に言い聞かせた。『好転反応ではじめは赤くなるかもしれません』ってサロンの店員も言っていたし。
実際に効果を実感しているという人もいたのだ。私だけが例外だとは思いたくなかった。
だから使い続けて、十数日後――。
「ど、どうして……」
鏡を見た私は愕然とした。
頬は赤く腫れ、乾燥で皮が剥けている。以前から気にしていた肌荒れはさらに悪化し、見るも無惨な状態になっていた。
慌ててサロンへ駆け込む。
「あの、これを使っていたら肌がこんなことに……!」
震える声で訴える私に、店員は一瞬だけ困ったような顔をした。
だが、次の瞬間には事務的な笑顔へ戻る。
「申し訳ございません。しかし契約書にも記載しております通り、異常を感じた場合は直ちに使用を中止していただくようお願いしております」
「で、でも……」
「美容効果には個人差がございます。当店では責任を負いかねますのでご了承ください」
その言葉は冷たかった。
まるで最初から、私の訴えなど聞く気はないと言わんばかりだった。
「そんな……」
「契約書にご署名いただいておりますので」
言葉を失った私を前に、店員はなおも笑顔を崩さない。
「その代わりと言っては何ですが、現在、新サービスのモニターを募集しております。特別価格でご案内できますよ」
「新サービス?」
「酸を皮膚に湿布してから電気で表皮をはぎ取ってニキビ跡を消す最先端の美容施術です! 画期的な効果が期待できるかと!」
酸……? 電気……!? 私はなんだか恐ろしくなって、「結構です!」と断った。
高額な代金も戻ってこない。荒れてしまった肌も元には戻らない。涙がこぼれそうになるのを必死に堪えながら、私はサロンを逃げるように飛び出した。
外へ出ると、行き交う人々の視線がことさら痛く感じられる。頬の赤みや荒れた肌を笑われているような気がして、自然と顔は俯いてしまう。
結局、私にできたのは泣き寝入りだけだった。期待した分だけ、絶望も大きい。
――やっぱり私なんか、綺麗にはなれないのだろうか。
そんな考えが頭をよぎり、思わず目頭が熱くなる。
新しく短編作品を書きました!
『死に戻り伯爵夫人は愛する人の為に再び地獄へ戻る』
タイムリープの復讐物語です。よろしくおねがいします。
引き続き、明日も更新予定です!





