17話 ふたりの転生者
「そもそも、なんで悪役令嬢のエリザベートが人助けなんてしてるの? まったく……笑わせてくれるね」
ジゼルは鼻で笑った。
その声音には、隠すつもりもない皮肉が滲んでいる。
「……悪役令嬢という噂なら、とっくに払拭したはずよ。情報が少し古いんじゃなくて?」
睨み返すと、ジゼルは肩を竦めた。紫の瞳が、真っ直ぐに私を射抜く。
「いや。そういう意味じゃない……。そもそも、こんなルートは存在しないはずなんだ」
「……ルート?」
この世界では、あまり聞き慣れない言葉だった。
私は眉をひそめる。
けれどジゼルは、私の反応を確かめるように一瞬だけ目を細めると、そのまま言葉を続けた。
「ルチアが殿下と結ばれれば、エリザベートは破滅する。それが決められた流れだった」
淡々と告げられる言葉に、背筋が冷えていく。
「いや……殿下と結ばれなかった場合だって同じだ。エリザベートが自分から婚約を破棄して、痩せて、サロンを経営する。そんな展開は用意されていなかった」
その瞬間。
心臓が、大きく跳ねた。
「……あなた、やっぱり――」
「なのに、現実は違う」
私の言葉を遮り、ジゼルは私を指差した。
「婚約を破棄されるどころか、自分から破棄する始末。そのうえ事業まで成功させて、自分の居場所を築いている」
ジゼルはゆっくりと立ち上がった。
その仕草には妙な威圧感がある。
「エリザベート。君のことは、少し調べさせてもらったよ」
一歩。
こちらへ近付いてくる。
「この世界には存在しなかった美容法。栄養学に基づいたダイエット。それに――この国には存在するはずのない、和食」
どくん、と胸が鳴る。
「どれも、ただの貴族令嬢が思いつくようなものじゃない」
さらに一歩、距離が縮まる。
そして彼女は、確信に満ちた声で告げた。
「――あんたも、転生者なんだろう?」
息が、止まった。
カミルにしか話したことのない秘密。
前世の記憶を持っていること。
この世界が、前世で遊んだ乙女ゲームの世界であること。
それを目の前の彼女は、まるで当然のことのように言い当てた。
「あなたも……なのね」
掠れた声が、唇から零れる。
ジゼルはほんの少しだけ目を伏せた。それから、諦めたように小さく息を吐く。
「……そうだよ」
その一言で、部屋の空気が変わった。
敵意も警戒も消えたわけではない。
それでも今までとは、何かが決定的に違っていた。
「前世の知識を持って、この世界に生まれた。……まあ、折角だからね。前世の知識を生かして商売を始めたんだ」
「……それで、サロンを?」
「そう。美容は、前世でも金になる商売だったからね。こっちの世界なら、もっと簡単に儲けられると思った」
その言葉に、私は眉を寄せた。
「……もっと簡単に?」
「だって、この世界には美容に関する知識がほとんどないだろ。前世では当たり前だった知識が、ここじゃ大発見になる。だから私は、前世の知識を使って金儲けさせてもらった。有難いことに、ちょうどよくあんたが市場を広げてくれてたしね」
「……痩せ薬も?」
「……そうだよ。私が作ったわけじゃないけどね。前世の知識をもとに、薬師に作らせたんだ」
悪びれずに答えるジゼル。
同じ転生者でも、前世の知識をこんな形で利用するなんて……。
そんな私の視線を受け止めながら、ジゼルはふっと笑った。
「話は戻るけれど、先ほど言ったように私は転生者なんだ。だから、あんたの噂を聞いてからずっと気になっていた。もしかしたら、自分と同じ転生者なんじゃないかってね」
「…………」
「ゲームの筋書きを、滅茶苦茶にしてる悪役令嬢がどんな人物なのかと思っていたけれどまさか、それがこんな奴だなんてね」
「こんな奴って何よ」
私は視線を鋭くする。
するとジゼルは、ほんの少しだけ口の端を持ち上げた。
「まるで、どこかのお人よし……。いや……それにしても、まさか悪役令嬢にお説教される日が来るなんてね」
小さく息を吐き、肩を竦める仕草。その芝居がかった余裕が、余計に癇に障った。
「お説教ですって?」
思わず声が尖る。
「ふざけないでちょうだい。貴方がしていることは、決して許されることじゃないのよ!」
ジゼルは、馬鹿にするように顎をわずかに上げた。
「はっ……ゲームの筋書きを滅茶苦茶にしてる奴が、それを言う?」
「……なっ」
「あんたがシナリオを変えたせいで不幸になった人間もいただろ? それとなにが違うの?」
「……っ」
「君はエリザベートなんだろ? だったら、ゲームの中で与えられた役割を演じて、多少の悪事には目を瞑ってくれよ」
「何を言ってるの。人が傷ついているのに、黙って見過ごせるわけないでしょう」
「綺麗ごとを……」
ジゼルは吐き捨てるように言った。
「はあー悪役令嬢なら悪役令嬢らしくすべきじゃない?」
「そんなことないわ。悪役令嬢だからって、理不尽に破滅するのを黙って待つ必要なんてないもの!」
言葉が、堰を切ったように溢れ出す。
「だから、私は……痩せて綺麗になって、周りのみんなを見直させたわ。本当はヒロインや婚約者の王子とも分かり合えたら良かったけど、それは難しかった。お互いに納得できる形で婚約を解消することは出来なかったけど、それでも私は間違ったことはしていない!」
言い切って、私は真っ直ぐにジゼルを見据えた。
胸を張り、顎を軽く上げる。後ろめたいことなど何ひとつない。そう言い切れる確信が、自然と背筋を伸ばしていた。
「いや、まさか……そんな」
対して、ジゼルの表情からは余裕が消えた。
開きかけた唇が、言葉を紡ぐことなく閉じられた。先ほどまで挑発的だった瞳も、今は戸惑うように揺れている。
「もしかして……、――なの」
先ほどまで浮かべていた嘲笑も跡形もなく消えている。ジゼルは目を見開いたまま、微動だにせず私を見つめていた。





