16話 対峙するふたり
翌日。私は一人、馬車に揺られていた。
向かう先は、今、王都で話題を集めている新興サロン。瞬く間に勢力を広げている、ヴィクトリアサロンだった。
窓の外を流れていく街並みを眺めながら、私は深く息を吐いた。
怒りに任せて乗り込むつもりはない。感情だけでは、何も解決しないからだ。
けれど――危険な薬を扱っているのを止められないのなら。女性たちの健康を犠牲にして、利益を得ている彼女を、このまま見過ごすわけにはいかない。
絶対に。
私は膝の上で、力強く手を握りしめた。
やがて馬車がゆっくりと速度を落とし、静かに停車する。
従者が扉を開けた。私は馬車を降り、目の前にそびえ立つ建物を見上げる。
白を基調とした壁面。
大きな窓。繊細な装飾が施された外観は、まるで貴族の邸宅のように華やかだ。
その中央には、店の名を刻んだ美しい看板が掲げられている。
私はそれを見つめ、静かに目を細めた。
「ジゼル・ローゼンベルク……」
低く呟く。
「今度は、私から会いに来たわよ」
意を決して、扉を開く。
その瞬間、甘く上品な香りがふわりと鼻をくすぐった。
白を基調とした明るい店内。大きな窓から降り注ぐ陽光が、磨き上げられた大理石の床を照らしている。
そこには、多くの女性たちがいた。
楽しそうに談笑する令嬢たち。鏡の前で自分の姿を確かめ、満足げに微笑む夫人たち。施術を受けながら、嬉しそうに会話を弾ませる客たち。
私は思わず足を止めた。
……想像していたより、ずっと普通だったから驚いた。
いや。普通どころか――繁盛している。怪しげな雰囲気など、微塵もない。店内には華やかな笑い声が響き、客たちは皆、楽しそうに時間を過ごしている。とてもじゃないけれど、ここが危険な薬を扱っている店には見えなかった。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
受付の女性が、にこやかな笑みを浮かべながら近づいてくる。
「ジゼル様にお会いしたいのだけれど」
そう告げると、女性は一瞬だけ目を見開いた。
けれど、すぐに営業用の笑顔へ戻る。
「オーナーに、ですか? 失礼ですが、事前にお約束は……」
「――ああ。話は通ってるから、通してくれて構わないよ」
その声に、私は顔を上げた。
店内の奥。二階へ続く螺旋階段から、一人の女性がゆっくりと姿を現す。
ジゼルだった。
「オーナー!」
受付の女性が驚いたように声を上げる。
ジゼルは階段を降りながら、私へ視線を向けた。
「とは言っても、手紙が届いたのはほんの今朝だけどね」
口元に薄い笑みを浮かべる。
「ちょっと無作法だとは思うけど……私も、そろそろあんたと話がしたいと思ってたんだ」
その言葉に、私は黙って彼女を見つめ返した。
やがてジゼルは踵を返し、階段の先を指し示す。
「こっちへ来てくれ。二階に応接室がある」
私はその背中を追った。肩まであるダークブラウンの髪。すらりとした長身。仕立ての良いパンツスタイル。男装こそしていないものの、どこか仮面舞踏会で会ったあの人物を思わせる。
案内された先は二階の応接室だった。扉を開き、中へと促すとジゼルは振り返った。そして微笑む。
「ようこそ、エリザベート様」
やはり同じ声だった。
「ジゼル・ローゼンベルクね」
「うん」
彼女は優雅に礼をする。
「改めまして、私がこのサロンのオーナーだ。また、お会いできて光栄だよ」
ソファを勧められたものの、私は腰を下ろす気にはなれなかった。
立ったまま彼女を見つめていると、彼女だけがゆっくりとソファに腰を下ろした。
「で、要件は何?」
「単刀直入に聞くわ」
ジゼルの眉がわずかに上がる。
「貴女のサロンで販売している痩せ薬……」
空気が変わった。
先ほどまでの柔らかな雰囲気が消える。
「何のこと?」
「とぼけないで」
私は真っ直ぐ彼女を見る。
「……貴方の客の一人に、クラリッサという夫人がいるでしょう」
ジゼルは黙っている。
「急激な体重減少に脱毛。精神の不安定化。明らかに異常な症状よ」
思わず、声に熱が宿る。
「貴女のサロンの商品が原因ではないの?」
しばし沈黙が流れた。
やがてジゼルは静かに椅子へ腰掛ける。
「とりあえず、座ったらどう? 立ち話もなんでしょう」
「答えなさい」
「まずは落ち着いてよ」
穏やかな口調だった。それが余計に癇に障って、自然の声が大きなる。
「一人の女性が傷付いたのよ!……私の夫まで、怪我をしたわ!」
ジゼルの表情が僅かに曇った。それは初めて見せる感情だった。
「……それは初めて聞いたな」
「なら!」
「だけど……」
ジゼルは静かに言った。
「それがどうしたっていうの?」
私は眉をひそめた。
「それがどうした、ですって?」
「私の客が貴方に迷惑を掛けたようだけど、私には関係ないだろ?」
まるで当然のことを確認するような口調だった。
「大体ね、彼女は痩せたいと望んだ。だから私は痩せられる方法を提供した、それだけだよ。何も問題はないと思うけど?」
その口振りに私は声を荒げてしまいそうになる。
「関係ない訳、ないでしょう……。貴方の薬で、クラリッサは健康を失ったのよ。精神まで不安定になっているのっ」
「それは、彼女が望んだことだろ。彼女は望み通り痩せたんだ。そもそも精神が不安定になったことに、うちが売っている商品が関係していると証拠はあるの?」
ジゼルは一歩も引かなかった。静かな瞳で私を見る。
私は息を呑む。その態度に怒りが込み上げる。
「貴女……!」
しかし、彼女は私の怒りを気にした様子もなく、わざとらしくため息をする。
「はぁ……。なんで、悪役令嬢のエリザベートが人のために怒ってるんだか。まったく、らしくない……笑わせてくれるよね」





