20.隠し子疑惑を払拭できたと思ったら今度は妻が娘を三人も連れ帰ってきたのだが…※夫視点
その日、ユーグリークは思い出した。
かつて「君と一緒にいると退屈しない」という言葉で、当時赤の他人だった妻を無自覚に口説いたことを。
その後婚約、結婚と関係を進めるにつれて、色んな意味で本当に退屈しない女性だ、と思い知らされることになった日々を。
実際、元エルフェミア=ファントマジット改めエルフェミア=ジェルマーヌは、可憐で楚々とした見目がもたらす第一印象よりも、大分パワフルな内面を持っている。
その内なる情熱がなせる行動力は定期的に、“氷冷の魔性”たるユーグリークの表情筋を大いに刺激してきた。
そして今また、世界一の戦闘能力を誇る魔法使いで氷の扱いに最も長けている人間であるはずの夫は、妻の行いに身も心も震え上がっている。
「さあ、到着よ。三人とも、足下に気をつけて下りて」
「ここが……公爵様のお屋敷……!」
「ポーラ、どどどどうしよう……あたし、心の準備、できてない!」
「ツィーリ、あたしも! ねっねっ、手、ずっとぎゅってしてて!」
複雑な事情発覚後、妻の帰りを今か今かと待ちわびていたユーグリーク=ジェルマーヌが戻った馬車に駆け寄ろうとすれば、見慣れた公爵夫人と若奥様の他に、うら若き少女達がぞろぞろと現れたではないか。
きゃいきゃいとかしましき、可愛らしい女の子達――すなわち、氷冷の魔性がこの世で最も苦手とする人種。
彼の顔起因のいやな思い出は、大半がこの年代からもうちょっと年上ぐらいの妙齢女性に結びついている。
妻にもまだ詳細を話せていない幼馴染みとの苦い思い出も、まさにお互いこの年代での出来事。
もう少し下ぐらいまでは子どもというくくりで見ていられるのだが、性を持つ大人に変化していく危うい年齢の異性との接し方を、未だにユーグリークは習得できていない。
何なら妻にも全く距離感をつかめないまま迫ったわけだが、幸運にも相手の心が広く深かったので、二人は幸せに結ばれ今に至る。
要するに、走馬灯がごとく過去の記憶が蘇った若様は、父公爵の後ろにさっと身を隠してしまった。徐々に変化してきているとはいえ、トラウマは根深いものなのである。
そんな息子の奇行に特に動じることもなく、父公爵はいつも通り夫人を出迎えた。
「お帰り。随分大人数になって帰ってきたね」
「ただいま戻りました――そうね、こんなに女の子達がいるなんて久しぶり」
「その、わたしが無理を言って……」
「おや、エルフェミアが?」
夫妻、次いで嫁も交えて、簡潔に経緯が語られる。
公爵邸敷地内に若い娘を招き入れる――ユーグリーク=ジェルマーヌの結婚前は考えられなかった光景である。
なお慈善活動は貴族の模範行動、視察先の福祉施設にてこれはと気に入った子を召し上げ、屋敷に向かえることは何ら珍しくない。
エルマが以前縁を結んだコーランド子爵家などは、出先で気に入った子を養子として迎え入れた(という話に表向きなっている)わけだが、その行い自体は受け入れられていた。言い方は悪いが、ペットを飼うのと同じようなもの。その後本当の家族として外部にも認めさせようとすれば並々ならぬ苦労が待っているわけだが、血というわかりやすい繋がりがなければ揉めるは人の性であると言えよう。
ともあれ、かつてユーグリーク=ジェルマーヌが、同意なくよその娘を攫ってきてなし崩しに同棲に持ち込んだ事件に比べれば、今日女性達が出かけていって女の子を連れ帰ってきたこと程度、全く以て常識の範囲内と言えるのだ。
が、いかんせんタイミングがタイミング、しかもどうやら発端がエルフェミアらしいと聞き、ユーグリーク=ジェルマーヌはますますいやな方に想像を巡らさざるを得なかった。
(これはもしや……つい先日、隠し子騒動(一応潔白証明済み)を起こした自分に対する抗議で……つまりこう、「お前が男の子一人を隠していたならこっちは女の子を三人養女に迎える気概があるんだぞ」とか、エルマからの俺に対する挑戦状……!)
「ユーグ。お前何か、変なことに考えが暴走しているでしょう。それより妻にお帰りは言わなくていいのかしら?」
と、母に呆れ声をかけられて思考がストップした。同時にこの場で一番大事なことはとはっと我に返る。
「お帰り、エルマ」
慌てていそいそと前に出ると、今日も心の広いエルフェミア=ジェルマーヌは夫の出迎えが遅れたことを怒りもしない。
それどころか、顔に布を被った男が出てきたことに色めき立つ女の子達を窘め、ユーグリークに申し訳なさそうな顔を向ける。
「ごめんなさい、ちょっと事情があって……この子達、ダンのお母さんの知り合いらしいの。だから――」
「なんだって? ケティ=ヤングの?」
「待って。どうしてユーグリークさまがその名前を?」
沈黙が困惑に変わる。その刹那、またややこしい当事者の声がした。
「ユーグリークさま!」
屋敷の中から飛び出してくるのは、嵐の元、小綺麗な格好をしたダン=ヤングである。
辛抱強くユーグリークが「父呼びならせめて名前にしろ」と言い聞かせた成果は出たようだが、行儀作法の方はまだまだ特訓しがいがありそうである。
しかし少年はユーグリークの足にまとわりつく手前で、見慣れぬ少女達を見てびたりと止まる。
「なんで? そいつら……」
ダン少年の愛くるしさが剥がれた。全身に警戒をまとった少年からにわかに緊張が広がる。
一方、少女達の表情もまた代わり、可憐な花に忍ぶ棘が垣間見えた。
「髪……」
「ああ……そういうこと?」
「…………」




