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18.孤児院視察 3

 相変わらず、少女達はエルマとユーグリークの馴れ初め話を所望しているらしい。

 ここは好奇心を満たしてあげた方が、かえって丸く収まってくれるだろうか……若奥様は思案し、咳払いした。少女達も各々、聞きやすい位置に移動する。


「わたし達は、本当に偶然出会って……その。最初、わたしの住んでいた家に、たまたまあの人がいらっしゃったの」

「家に?」

「訪ねてきたの? 若様が?」

「いいえ、そうじゃなくて――」


 改めて馴れ初めを語れば、三人とも熱心に聞き入っている。皆真剣な様子がまたおかしく愛らしく、エルマの語りもつつがなく進んで行く。


「……そういうわけで。だから、その。所々強引な所はあったけど、とても紳士的に振る舞っていただけたのよ」


 話が一段落すると、若い娘達は頬を紅潮させ、ほうっとため息を漏らした。


「そんなことってあるんだあ……」

「あるのねえ……」


 仲良しコンビのポーラとツィーリはすっかり夢見心地で、当事者から聞き出したロマンを元に彼女達の物語を再構成するのに忙しいらしい。顔を見合わせ、うふうふ忍び笑いしながらつつき合っている。


 一方、案内役に立候補したシャーロットの目には、現実的な色が戻ってきた。一瞬前までは彼女もすっかり乙女の顔だったから、こういう部分が小生意気でも憎めない所である。


「貴族になると、やっぱり楽になるの?」

「そうね……衣食住に困らなくて、敬意を払い、払ってくれる人達と一緒に過ごせるようになったから。そういう意味では、確かに平民の頃より楽になったわ」

「……()()?」

「そう、()()。わたしは生粋の貴族ではないから、その分周囲から向けられる目も厳しいわ。幸せだけど、ずっと次期公爵夫人として相応しいようにと気を張ってもいるのよ。立派な男性を探して自分を磨くのは悪くないけれど、本当に結婚するとなると、釣り合いはどうしても求められるものだから」

「ふうん……」

「シャーロット。あなたは貴族になりたいの?」


 年頃の少女は往々にして夢見がちなものだし、一般家庭より厳しい環境にあると言わざるを得ない孤児院育ちであれば空想こそが生きる糧となりえるのやもしれない。


 とはいえ、シャーロットは他の女の子達より大人びている子どもにも思えた。

 こうしてエルマから話を聞き出しているのは、自分も同様に身分の高い男性との出会いを求めてのことなら、道はそう単純ではない。

 この少女ならお説教は無用だろうが、もしそういったことが目的なら、エルマはこの少女との会話を楽しむだけでなく、つけ込まれぬよう注意せねばならない。


 同室の二人にも聞きたそうな目を向けられたシャーロットは、またお下げ髪をくるくる弄びながら口を開いた。


「どうかな……お金はほしい、あるだけ。できることが増えるから。そのためには、お金を持っている人に側に置きたいって思ってもらうのが一番でしょう? でも、女があんまり前に出ると、それはそれで煙たがられる。じゃあ、貴族の男を捕まえるのが一番早いかな、って思ったんだけど……あんまりよくないのかな、それも」


 エルマも思わず考え込んでしまった。


 誰しも人間なら、自由に生きることを一度は夢見るものだろう。

 その実現には、富がいる。富とはつまり、持てる選択肢の豊富さに繋がる。


 富を得るには、持てる者から継承する――つまり貴族として生まれるか、商いごとで身を立てて稼ぐか。


 昔は階級と地域は明確に分けられ、交わることは望ましいこととされなかったが、今はそうでもない。

 現国王はその人間の属性より何を成すかを重視しているし、王太子ヴァーリスの代になっても方針は変わらないだろう。


 だが、相変わらず人の間には未だ階級があり、区別がある。

 男であれば、まだ腕っ節一本や商業の才能で成り上がることができる。だが女が同じことをしようとすれば、遙かに道は険しく細くなる。


 この国では、おおっぴらに男が女より優れていると明言することはもはや下品であるという風潮になっている。

 一方で、あらゆる場でまとめ役が必要となれば、自然と男子が優先され続けている。

 男女ともに、うっすら「こういうことは男に任せた方が」という意識が拭い切れていないのだ。


 エルマは今、次期公爵夫人という身分、そして理解のある夫を得ているから、自由に生きることができている。

 これが一般的な独身庶民女性のエルマ=タルコーザのままだったなら、仕事の内容も付き合う人間も贅沢は言っていられないし、何かあっても助けの手が差し伸べられることは期待できなかっただろう。


(自分の力を試してみたい、と思う女の子がいても、未婚女性の立場は男性よりもずっと低い。賢い人は、共同経営のできそうな男性を夫に迎え、自らは裏で立ち回るものとも聞く。でも既婚者になれば、夫や周囲に家庭の管理を望まれるようになるものだし……)


 現状、相続人のあてのない女が才覚を生かすなり富を得るなりしようと思ったら、立場のある人間――大体は男性に某か支援してもらう必要があり、であれば有力者の愛人となるのが最も手っ取り早く、合理的ではないか――残酷だが、一つの事実ではあるのだ。


(……考えてみれば。若い頃に実家を出て、お父さまが亡くなった後も女手一つでわたしを育ててくれたお母さまって、とんでもなく強い女性だったのだわ)


 大人になって染み入る親の偉大さ、である。

 と、いつの間にかシャーロットがエルマの手を取り、何やら瞳をうるうるさせているではないか。


「ど、どうしたの?」

「あたし、色々考えてみたのだけど、やっぱりここは一番を目指していく所かなって思って……だから、あたしのこと、メイドとして雇ってくれませんか!?」


 なるほどそう来たか、とエルマは空を仰いだ。少女は若い勢いに任せ、まだまくし立てる。


「あたし、体力はあります。物覚えもいいです。それにお喋りだけど、言ったらダメって言われたことは黙っていられます! 何ならお試しだけでも。試用期間は無給で構わないですから」

「あーっ、ロッテ、ずるい!」

「あたしだって公爵家のメイドになりたい! 若奥様!」


 エルマはぷっと吹き出した。失笑ではない。微笑ましいくすぐったさからつい笑いが零れたのだ。

 短時間ながら、エルマの方もすっかりこの少女達と打ち解けていた。


(これも何かの縁、ということなのでしょうし)


「あなたは今、おいくつ?」

「十三」

「それなら二年後、十五歳になったら公爵家にいらっしゃい。わたしの一存で絶対、とは言えないけど、侍女長に話をしておくわ。後はあなた次第よ」

「やった! 若奥様、ありがとう!」

「わああっ、本当!? それ、本当!?」

「あ、あたしも! あたしも、行ってもいい? 十五歳になったら!」

「ええ。でも、誰でも彼でもいいことにしてしまうと、大変だから。今日わたしと話をしたあなた達だけよ。あまり他の人に言わないこと。できそう?」

「やるやる、言わない、この三人だけ!」


 女の子達は抱き合い、輪になってはしゃいでいる。

 孤児院の子ども達に毎年押しかけられてさすがに渋い顔になる侍女長の幻影が見え、エルマはちょっと早まったかな、と苦笑した。若い気につい当てられたのだろう。


 ――と、不意にピタリと三人が動きを止める。シッ、と唇に人差し指を当てたシャーロットがぱっと窓の方に振り返った。


「やだ……どうしよう。彼女だわ!」

「うそ。来るの今日だったっけ?」

「ううん、違うはず。でも……」


 カツン。今度はエルマの耳にも届いた。何か固いものが当たった音――窓の方からだ。


「誰かいるの?」


 女の子達は気まずそうにお互いを見合わせる。シャーロットが意を決したように顔を上げたのと、窓が乱暴に外から押し開けられたのは同時だった。咄嗟に立ち上がったエルマの足下に、何者かがごろごろと転がってくる。


「ダメよ、ケティ! 今はダメなの! なんで――」


 孤児院の少女達は慌てて制止しようとするが、部屋に入られてしまった後では遅い。

 侵入者は、銀髪の――どこかで見た髪色をしていた。顔を上げれば、それが女であるとわかる。驚いて固まっているエルマと目が合った彼女は、しゃがれた声で呻いた。


「たすけて……しんじゃう……かも……」


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