17.孤児院視察 2
「悪かったわね、ノックなしに入って」
入室許可が出てすぐ、生意気少女のシャーロットは朋輩達に謝罪をした。口調は軽かったが、有言実行である。
「そうよそうよ!」
「やめてよね!」
くつろぎを急襲されてさぞ驚いただろう二人は、同輩をしかめっ面で小突き回したが、それで済ませることにしたようだ。怒りの表情はすぐに消え、エルマの方をちらちら見ながら、若者達で忙しく小声のやりとりをしている。
「でもでも、どうして若奥様がここに来たの?」
「案内役に自薦したの」
「ええ!? 先生は?」
「お客様がいいと言ったらそっち優先に決まってるでしょ?」
ルームメイト達の仲はまずまずのようで、エルマは少しほっとした。少女達の不仲度が強すぎるなら、施設の案内どころではなくなる。シャーロットは問題児ではあるが、人づきあいはこなせるタイプでもあるらしい。
(世渡りはできる問題児と言えば……ああ、なるほど。ユーグリークさまと結婚して王都をしばらく離れているものね。道理で新鮮に感じるはずだわ……)
「さ、改めまして。お入りになって、若奥様」
「どうぞ!」
「どうぞどうぞ!」
エルマがちょっとした既視感に納得していた頃、ちょうど内輪の話し合いが終わったらしい女の子達が、横並びになって見学を促す。
「お休みの所、ごめんなさいね。わたしが我が儘を言って、彼女に連れてきてもらったの」
「いえ……」
「大丈夫です……」
新しい二人にエルマから声をかけてみると、はにかんで顔を見合わせ合っている。恥ずかしいが興味津々という様子だ。
片方は高い位置でのポニーテール、もう片方はツーサイドアップで、お揃いの小綺麗なリボンを結んでいた。最初に不意打ちで部屋に入った時はどちらも同じく下ろしていたはずだから、この短期間でささやかなおめかしをしたということなのだろう。
部屋も雑多にあれこれ散らばっていたはずが、目につく範囲のものは片付いていた。聞こえたドタバタ音はおそらく、出しっぱなしにしていたあれこれを、片端から見えない場所に押し込んでいた、といったところか。
改めて、エルマはぐるりと室内を見渡す。
(他の場所と特に印象は変わらないわね。無論、理想の寝室と比べたらちょっと狭い気はするけど)
少なくとも、エルマ=タルコーザだった時代にあてがわれた屋根裏や階段下、倉庫といった場所よりは、まともな寝室の体をしている。
「ここは三人のお部屋なの?」
「そう。定員は四人だけど、この前出てったから一つ空いているの」
案内人を名乗り出た少女シャーロットは、すらすら答えてから「あ」と声を上げた。
「そういえば二人のこと、紹介してないじゃない。こっちがポーラ、そっちがツィーリ。どしたの? いつもやかましいのに、借りてきた猫みたい」
「だ、誰のせいよ、誰の!」
「若奥様がここに来るって知ってたら、あたしらだってねえ……!」
ポニーテールの方がポーラ、ツーサイドアップの方がツィーリ、だそうだ。皆同じぐらいの年頃で服も同じだが、ちょうどこの場では三人とも髪型が違うので見分けやすい。
「で、若奥様、どう? 捜し物は見つかった?」
そしてお下げ髪のシャーロットが、またも自分の三つ編みを弄びながら賢しげに問う。
シャーロットの態度は、正直およそ施設の子どもに求められるものとはほど遠い。とはいえ、もっとめんどくさくて気を遣う手合い――例えば気分屋かつ何を考えているのかいまいち読み取れない第二王子――などと比べると、お客様の気を引こうとしている意図がわかりやすい分、穏やかな気持ちで対応ができた。
「特段、何か探しているというわけではないけれど。普段どう過ごしているか、見てみたかったのよ。あなた達はこのお部屋が好き?」
「狭いし冬は寒いしうるさい同室者はいるけど、悪くはないかな。二人は?」
「な、何よ……えっと。でも、そうね。ツィーリと一緒なのはいいわ。ロッテとは別の部屋でもいいけど。ロッテは……よくトラブルも起こすんだもん」
「あたしも、ポーラと一緒なのは嬉しいな。ロッテは退屈しないけど、その分あたし達まで先生に目をつけられるし」
「部屋じゃなくてあたしの評価じゃん、それ」
どうも普段から、仲良しコンビとシャーロットは二対一であるらしい。とはいえ、呼びかけは気安げな愛称であり、口調はお互いじゃれ合っている雰囲気だ。
共同寝室となれば、実際の環境よりもむしろ人間関係の方が居心地には影響が大きいのかもしれない。
とはいえ、ぽろっと零された狭い、冬は寒い、という部分は環境の改善点だ。
少女達の緊張が程よく解けてきているのを期に、エルマはさらに質問を重ねてみる。
「雨漏りなんかはどう?」
「ああ、酷い雨の時だとね……あと隙間風は、どうしても」
「でも、壁や床は男の子達がすぐに直すから、雨漏りはそうでもないかな」
「男の子達? 自分達で建物の補修もやっているってこと?」
「できる部分はね。その方がお金がかからないし、将来役立つし、って。無理だったら、普通に大人に来て貰うんだけど」
そういえばエルマ=タルコーザだった頃、自分もできる限り自力解決を試みていた……などと、今日はよくかつての自分を思い出す。
そんなエルマの、過去に思いを馳せたタイミングを見計らったように、シャーロットが口を開いた。
「ね、若奥様って、元は平民だったって本当? あたし達と同じような、こういう部屋で暮らしていたって」
「ちょっと!」
「ロッテ、ばか!」
端的に切り込む同居人を他の女の子達がいさめるが、瞳に浮かぶ好奇心は隠しきれない。少女達の熱のこもった視線が向けられる。
エルマは虚をつかれたが、すぐに納得もした。
(なるほど。シャーロットがわたしに一番聞きたかったのは、これか)
「わたしのこと、よく知っているのね」
「皆おしゃべりだもの。珍しいことは特に」
「違うって言わないってことは……本当に昔、ぼろきれを着ていたの?」
「若様が一目惚れして、会ってその日のうちに一夜を共にしたって本当?」
「え、ええっと――待って。一夜を共にした? 誰が言っていたの!?」
社交界でも“菫の姫君”なる流言が出回り恥ずかしい想いをしたことがあるが、ここでもか……とか思っていたら、なんだか聞き流せないフレーズの登場だ。
思わず笑顔のまま問い詰め姿勢に入るエルマだが、年若の娘達はきゃいきゃいと答える。
「誰って……みんな?」
「一番は語り部さんかな。よくお話ししてくれるの――おお、あなたこそ運命の人。いざ我が城にお越しください」
「まあ、そんな、とんでもない! 若様、身分が違います」
「けれどこの身に宿る熱は誰にも鎮められはしない――姫君、あなた以外!」
「きゃあ、若様!」
「きゃああ!」
少女達は途中から歌い出し、抱き合い、楽しそうだ。
一方でエルマは、(わたしは淑女教育を乗り越えた次期公爵夫人……)と何度も己に言い聞かせ、必死に平静を保っている。
貴族社会でも勝手な噂を流されたことはあった。いないところでは好き勝手言われているのかな、という気配を感じることもあった。
が、やっぱり“氷冷の魔性様”に睨まれるのが怖いためか、あるいはそういう話をする人や環境を奇跡的に回避し続けてたためか、今までエルマに直接このような表現をしてくる手合いはいなかった。
少女達が大分打ち解けてきたがゆえなのかもしれないが、若干心乱れるのはどうしようもない。
「……あのね。わたしが昔、あなた達とそう変わらない生活をしていたことも、偶然夫と出会ったことも、事実なのだけど。一夜を共にの下りだけは、事実無根です」
「ええー!」
「そんなあ!」
「体の関係から始まって責任を取らせたわけじゃないの?」
「違いますっ!!」
力強く否定すると、露骨に少女達はがっかりした様子になった。
しかしここは夫の名誉のためにも、はっきりさせておかねばならない。
(特に今は、なおのことそういう流言が広まってほしくない……どうも、面白おかしく脚色して広めている人がいるのね。やめてもらうことは無理でしょうけど、もう少し穏やかな内容にできないものかしら……)
「若奥様、立っていて疲れたの?」
「えっと、椅子、遣います? ベッドでもいいけど……」
たかが噂、されど噂――神経質になりすぎるのも良くないが、放置もできない。人に知られる立場になったからこそ出てきた悩みにエルマがこめかみを押さえていると、仲良しコンビのポーラとツィーリが腰掛けることを勧めてくる。
お言葉に甘えてエルマが椅子に腰を下ろすと、少女達も各々二段ベッドの下段にちょんと収まった。
「ねえ、じゃあ……本当は、どうやって知り合って、お付き合いしたの?」




