サテュロス対一矢
一矢はまたサテュロスの炎をかわし始める。
だが、その動きには繊細さが欠けていた。
サテュロスが息継ぎの度に一矢は近付き、炎を吐けば距離をとる。
『結局、同じことの繰り返しかよ』
そう思ってもサテュロスは前に出ない。
一矢は倒れているウェアタイガーの体につまづいて転ぶ。
それを見てサテュロスは笑みを取り戻す。
「口の割りにはもうフラフラじゃねぇか。まだ立ってくれるのか?」
「どう思う?」
そう言ってサテュロスを見る一矢の顔には不敵な笑みが浮かんでいた。
「油断させる演技なのよ。俺の目的はこれだ!」
一矢はウェアタイガーの体を掴むと、放物線を描くように、サテュロスに向かって投げた。
「そんなんで一体どう……なっ!?」
投げられたナンバーツーの体をつい目で追ったサテュロスの隙をついて、一矢が一気に前に出ていた。
「クソッ!」
サテュロスは後に飛び退き距離をとる。
サテュロスはそのまま炎を吐くと、一矢はジャンプした。
『バカが! 空中では逃げられねぇ。俺の勝だ!』
そのまま首を上げて、上空に炎を吐き続けようとしたサテュロス。
だがサテュロスが見たのはウェアタイガーの体。
一矢の姿はその後に隠れてしまっていた。
ウェアタイガーの体は炎を受けてもキラキラと毛並みが光るだけで焦げもしなかった。
サテュロスは思い出した。
「虎共は魔法に強い毛皮を持ってる。鋭い爪や牙もある。だがお前はどうだ?」
自分が一矢に向かって言った言葉だ。
『こ、これが狙いか!』
ウェアタイガーの巨体が、まさにサテュロスに直撃する瞬間、サテュロスは何とか横に転がりながらかわした。
「クソッ! 奴は、奴は何処だ!」
サテュロスは立ち上がると周りを見渡した。
そして、サテュロスは自分の後ろ首に荒い呼吸が触れるのを感じた。
「やっと……射程距離だぜ」
サテュロスの背後に一矢は立っていた。
「正直、ウェアタイガーには悪いことしちゃったとは思うよ。死人に鞭打つどころかぶん投げちまったんだから」
一矢は息を整える。
「だけど、他に良い方法がなかったし、お陰でこうして近づけた。地獄に行ったら謝っといて」
「……やっと近づけたっていうのに御託が多いな」
サテュロスは冷静を保とうとしても、背中の毛が逆立つのを止められなかった。
「これからお前よりも強い奴と戦うんだ。だからここで仕切り直しだよ」
サテュロスはゆっくりと一矢の方へ向き直る。
サテュロスと一矢の間は十センチ程。
一矢は口の端を上げる。
「どっちが早いか勝負。さしずめ西部劇の決闘ってところかな」
「西部劇? 知らんな。だがやりたい事は分かる。良い度胸だよ。それに敗者を利用するところも嫌いじゃない」
サテュロスの顔にも笑みが浮かぶ。
「俺達の縄張りは元々山だった。岩場ばかりで殺風景なところだよ。だから自信があるんだよ。ジャンプ力にはッ!!」
サテュロスは後方に飛び上がった。
一矢も同時に飛んだが、既にサテュロスの体は一矢の拳が届かない場所にあった。
一矢が手を伸ばし、届いたのはサテュロスの足だけだった。
一矢はサテュロスの足を掴む。
「足の一本や二本、くれてやるぜ!」
サテュロスは大きく息を吸う。
サテュロスが炎を吐こうとした時、一矢は掴んだサキュロスの足を引き上げた。
サテュロスはオーバーヘッドキックをするかのような格好になった。
一矢に背を向けて。
空中でそうなってしまってはもうサテュロスになす術はなかった。
『まさかな、こんな素人に殺られるとは』
一矢はサテュロスの背中に拳を放つ。
ゴキンと音を立て、サテュロスの体は吹っ飛んでいった。
一矢は着地すると、その場に膝をつく。
一矢はまた荒くなった呼吸を必死に鎮めていた。
一瞬遅れてサテュロスの体も地に落ち、何度か転がって止まった。
一矢は立ち上がると拳を突き上げる。
「よっしゃーーーー!!」
ベティーナはホッと胸を撫で下ろす。
フェイは途中一矢を見限っていたが、最後のあの瞬発力には、素直に驚嘆した。
だが一矢がフェイの方を見た時は、当然だと言う顔で鼻で笑った。
そんなフェイに一矢から投げキッスが贈られた。
一矢はベティーナと目が合うと満面の笑みを見せた。
ベティーナもそれに笑顔で答える。
その笑顔で一矢の疲れが吹き飛んだ。
そして最後にサテュロスの方を見る。
一矢の中から喜びは消え去った。
この勝利に余裕は全くなかった。
なんでも利用しなければならなかったし、殺さないように手加減することも出来なかった。
以前のウェアタイガーのナンバーワンを殺した時のように、怒りに任せたわけでもない。
殺さなければ自分が死んでいた。
自分が生きるためとは言え、殺そうとして殺した。
この世界に来てから二度目の魔族殺し。
それに慣れ始めている自分が怖かった。
一矢は急に人恋しくなり、自分を抱く。
そしてベティーナのことを思い出した。
次は彼女の番だ。




