次の戦い
「良くやってくれた!」
拍手をしているのはサテュロスだった。
「なかなかの腕前だお嬢ちゃん。さあ次は俺とやろうぜ!」
「おいッ!」
ケンタウルスがサテュロスに怒気がこもった声を上げる。
「あんたらの邪魔する気は無い。こっちはこっちで楽しくやるから。気にしないで始めてくれ」
今度、溜め息をついたのはケンタウルスだった。
「ならば人間の女。始めようか」
ケンタウルスは持っていた槍をベティーナに向ける。
ベティーナも槍を構える。
「そういうことだお嬢ちゃん。まずはお嬢ちゃん。その後にそっちの坊主。後がつかえてんだからさっさと始めようぜ」
サテュロスは剣を抜くとフェイに近付く。
「ちょっと待った!」
一矢が右手を上げて叫んだ。
「本命が俺なら俺んとこに来いよ。お前はアレか? シャイなのか? シャイ男君か?」
「おっ? 良いのかい? そいつは話が早くて助かるぜ」
そんな二人にフェイが割って入る。
「待て! そいつも私がやる! 邪魔をするな!」
フェイは既にトンファーとチェーンをしまい、剣を拾うところだった。
「無理すんなって。それに俺はどうなんの? ただ見学に来ただけじゃん。フェイも俺の力が見たいんだろ?」
「ふん、お前に呼び捨てにされる筋合いは無いんだがな」
「フェイも『お前』なんて言ってんじゃん。急にお近づきになれた感じなのかな? 今からお友達ってことで良いのかな?」
「本当にお前は軽口ばっかりだな。今は姫様が居ないし疲れてるんだ。……これが素だよ」
「素の自分を見せてくれるなんて良い傾向、で良いのかな。さて、疲れてるって言うならゆっくり休んでてよ」
「……確かにそうだな」
フェイは一矢と話している内に徐々に冷静さを取り戻していた。
「お前のお手並み拝見させてもらおう」
フェイは一矢に任せることにし、一矢の後ろへと回る。
ベティーナはその様子をチラリチラリと盗み見る。
「女。余所見をしている間に、あの世に逝くぞ」
それでもベティーナは一矢の事が気になって仕方なかった。
ケンタウルスは後ろ足で立ち上がると槍を振り上げる。
だが、その槍を地面に突き刺した。
「集中していない貴様に勝ってもなんの名誉にもならんッ!」
ケンタウルスも腕を組み、サキュロス達の方へと目を向ける。
「良いねぇ。ギャラリーが増えたよ。それじゃあ誰がナンバーワンか、見せてやろうか。ハハハッ」
「随分余裕じゃん」
一矢はサテュロスの態度が気になった。
『ただの馬鹿か、それとも……』
「一矢殿! そいつは炎の魔法を使います!」
ベティーナが叫ぶと、サテュロスはギロリと睨んだ。
「せっかくのお楽しみをバラす奴があるか」
「なんだ。魔法が使えるからって余裕決めちゃってんのか」
サテュロスはニヤリと笑う。
「お前の戦い方は前に見せてもらってるからな。悪いがその虎野郎よりは俺の方が勝ち目ありそうだぜ」
「俺だって前のナンバーワンを倒してんだぜ?」
サテュロスは声をあげて笑った。
「確かに、あの虎野郎の方がダンチに強かったな。話を聞いたときはあんな素人の戦い方で良くあの虎野郎を倒せたな、と思ったよ」
サテュロスの笑いは止まらない。一矢は段々腹が立ってきた。
サテュロスのふざけた態度と魔族仲間に対する態度に。
「だが俺にとってはラッキーだ。森の中で虎達と戦うんじゃ自殺行為だからな。素人と戦ってナンバーワンになれるなら、こんな楽な話はないぜ」
「……もう良いよ。さっさと終わらそうぜ」
一矢とサテュロスは改めて対峙する。
「確かにお前の力は凄かった。俺達魔族を人形みたいぶっ飛ばしてたからな。しかも素手で。おっかねぇ奴だよお前は」
そんな言葉とは裏腹に、サテュロスの笑みは消えない。
サテュロスは手に持った剣をクルクル回しながら一矢に近付いてくる。
「だからお前には近づかないことにするよ」
突然サテュロスは口から炎を吐き出した。
一矢は慌てて飛び退く。
「あっっちぃぃーー!! ゲホッ」
一矢はそう言って咳き込んだ。
「おいおい。不意打ち狙ったのによ。どういう反射神経してんだ?」
一矢の額からは一気に汗が吹き出した。
ほんの少し、サテュロスの炎を吸い込んだだけで、喉が焼けた。
『この威力、ヤバイ。下手に突っ込んだら丸焦げだぞ』
一矢はどう戦うべきか考え始める。
そんな一矢にサテュロスがゆっくり間合いを詰めてくる。
一矢はフェイントをかける。
サテュロスはそれに引っかかり、炎を吐いた。
一矢は横から回り込もうとするが、サテュロスは首を振って、簡単に軌道修正をする。
今度は炎が止む瞬間を狙って一矢は走った。
だがサテュロスまでの距離は遠い。
サテュロスは後ろへ下がりながら、また炎を吐く。
一矢は地面を転がるように逃げるしかなかった。
『ヤバイ……ハッキリ言って相性悪過ぎる』
一矢は肩で息をしながら必死で打開策を考える。
一矢が攻めあぐねていると、今度はサキュロスが前に出る。
一矢はサテュロスの炎をまた横に飛んでかわした。
サテュロスとの距離は縮むどころか、離れていく。
「クソッ!」
一矢は無意識にそう言っていた。
それを見てサテュロスはまた笑った。
「どうだ? 手も足も出ないだろ。こうなると思ってたんだよ!」
サテュロスは持っていた剣を鞘に納める。
「虎共は魔法に強い毛皮を持ってる。鋭い爪や牙もある。だがお前はどうだ? 武器もねぇ、鎧もねぇ、盾もねぇ。それで良く戦いの場に来れたな! 本当に素人だぜ!」
一矢は悔しさをにじませる。
確かにサテュロスの言うとおり、戦いを舐めてたのは一矢の方だった。
一矢は辺りを見回す。
ベティーナは心配そうに一矢を見ており、フェイは……もう見限っている目だった。
サテュロスの炎が何度も襲ってくる。
『クソッ、考える時間もくれない気か』
ふと、倒れているナンバー2に一矢の目が止まった。
一矢はその姿に自分を重ねていた。
真っ黒な炭になった自分を。
一矢は頭を振ってそんなイメージを追い払った。
『諦めるな、諦めたらマジで死ぬぞ』
一矢は歯を食い縛り、再び揺さぶりをかけはじめる。
右へ左へ飛び回り、フェイントを織り混ぜ、炎をかわしながら隙を探す。
だが決して近付こうとしないサテュロスに隙はなかった。
一矢は疲労の色を隠せなくなり、肌も炎の熱で赤くなっていた。
「まったく、良く粘るねぇ。俺も良い加減飽きてきたぜ。そろそろ終わりにしようか!」
サテュロスが一気に間合いを詰めると炎を吐いた。
が、その炎は今までのものに比べて、明らかに小さかった。
「やべぇッ!」
驚き顔のサテュロスを一矢は見逃さなかった。
『魔力切れ? チャンスだッ!!』
一気に飛び込もうと一矢は地面を蹴った。
だが、地面を蹴る足がずるりと滑り、一矢はその場に突っ伏してしまう。
そんな一矢の頭上を炎が吹き抜けていった。
顔を上げた一矢は悔しそうにするサテュロスが見えた。
「なんだよ! せっかく魔力が切れたフリをしてやったのに! ったく、悪運の強いやつだ」
サテュロスを見上げる一矢に、困惑の表情が浮かんでいた。
「魔族はお前ら人間と違って魔力切れなんてしないんだよ。もう良い加減諦めたらどうだ? 楽に殺してやるぞ?」
一矢は悔しさのあまり拳を握る。
『こんな……こんなところでおしまいかよ! せっかく異世界に来て、チートな力があってもここまでなのかよ!』
そんな一矢の様子をサテュロスはチャンスか罠か見定めようとしていた。
『よし、逃げよう』
一矢の全身から一気に力が抜けた。
『どうせ俺は何の取り柄もない奴だったんだ。あんな化け物達に勝てるわけがないよ。今までがうまくいき過ぎてたんだ』
一矢は立ち上がるが、その顔に誰もが戦う意思を感じられなかった。
そんな一矢を見て、サテュロスは満足そうに笑った。
『そうだ、この力を使って魔族とまた盗賊でもやろうか。それともベティの所に転がりこもうか。きっと面倒見てくれるよ……たぶん』
一矢はチラリとベティーナの方を見る。
一矢にはベティーナの顔が悲しげに映った。
『フェイは怒るだろうか。呆れるだけかもしれない』
一矢はフェイの事も見た。
『うん。蔑んでる感じだな。でも良かった。アイツみたいに頭をかち割られることはなさそうだ』
そんな考えに一矢は自嘲する。
突然、一矢は閃いた。
『あった! あいつの懐に飛び込めそうな方法が!』
しかし一矢は躊躇した。
『そこまでか? そこまでやんなきゃダメなのか?』
一矢は歯を食いしばり、自分の弱さを呪った。
『どうせこれ以上失うものなんてないんだ。最後のチップ、かけてやるか』
覚悟を決めた一矢の目に、サテュロスはうんざりした表情を見せる。
「まだやるつもりかよ。今度は逃げ回る以外にも何か見せてくれるんだろうな?」
「お前も炎ばっか出してないで、たまには鳩でも出したらどうだ?」
一矢は両手を羽ばたかせて、鳩の真似をして見せる。
「……つまんねーよ。つまんねーんだよ、てめえはッ!」
笑顔の消えたサテュロスが前に出た。




