エレナの夜
エレナはその日も窓辺から夜空に向かって祈りを捧げていた。
一矢がアラン王の前に現れてから十日。
壁の修理も終わり、城内は平穏を取り戻しつつあった。
それでもエレナはまだ自室にいた。
一矢について行くと言っても、その一矢が見付からない。
出来ることと言えば今まで通り祈るだけ。
窓を叩く音にエレナは顔を上げる。
そこには一人の女性が立っていた。
エレナが窓を開けるとその女性は微笑んだ。
「あなたがお姫様?」
「はい。エレナ・ルル・ヘインズと申します」
「私はエイミー、一矢の使いで来たわ。……本当にあたし達と来るつもり?」
「はい。平和のためなら共に参ります」
「かなり危険な旅になるわよ? 途中で死んだって不思議じゃないんだから」
エレナは力強く頷いた。
「承知しています。それで世界が平和になるのでしたら」
「承知出来ません!」
突然の声にエレナは振り返る。
部屋に一人の女性が入ってくるところだった。
黒髪に浅黒い肌。
紅いふっくらした唇が対照的に映る。
それよりも印象的なのは切れ長の目である。
冷たい視線がエイミーを貫いていた。
「フェイ! いつからそこに?」
フェイは廊下の様子を伺いながら、そっと扉を閉める。
「エレナ姫。何度も申し上げてますが私は反対で御座います。なにも姫がそこまで危険をおかす必要はありません!」
エレナはニッコリと笑う。
「フェイ。王族の者として民のために危険をおかすのは当然の責務。それに私の王位継承権は低いのですから、万が一私に何かあっても王国には」
「姫ッ!ご冗談でもその様な事は仰らないで下さい!」
「ゴメンなさい。でも私は本気なの。お父様が反対する以上、城の者達が同行するわけには行かない。お兄様達やお姉様達にこんな危険な旅をさせるわけにもいかないわ。そうでしょ?」
フェイは返す言葉が見付からない。
そんなもの当然他の者にやらせれば良いと思う。
だがそれを言えば姫が気分を害してしまう。
「フェイ。今まで良くしてくれてありがとう」
「……エレナ姫が行くのでしたら私も御供します」
フェイの言葉にエレナは驚く。
「フェイまで来る事は無いわ! それこそ危険な旅なのよ?」
「だからです。私は今まで姫をお守りして参りました。それはこれからも変わりません」
フェイの強い意志が込められた瞳に今度はエレナが言葉を失う番だった。
「使いの方」
フェイはエイミーに視線を移す。
「エイミーよ」
「少し準備する時間を頂けないですか?」
エイミーは頭を掻く。
「それは勿論と言いたいけど、私達追われているから。あまり待てないかも」
「エイミー様。私の育った孤児院があります。そこで暫しの間、お待ち頂けませんか?時期が来れば必ず参ります」
「良いわよ。場所は何処かしら?」
「地図を描いてきます。少しお待ち頂けますか?」
エイミーが頷くとフェイは頭を下げて部屋を出て行った。
「エイミー様。お気を悪くさせてしまっていたら申し訳ありません。フェイは私が幼い時から面倒を見てくれていて少し心配性なんです」
「良いわよ。そんな気にしてないから。きっとエレナ姫の事を大切に思っているのね。あとあたしの事はエイミーで良いわ」
そう言ってエイミーは窓の外の様子を伺う。特に怪しい動きはない。
「それではエイミーさん。私の事もエレナと御呼び下さい」
エイミーはエレナに向き直ると笑い掛ける。
「分かったわエレナ。ヨロシクね」
エイミーはエレナに片手を差し出す。
「はい!」
エレナは両手で握り返した。
「でも本当に良いの? 魔族の事以外にも快適な旅とは程遠いものよ?」
「覚悟は出来ています。それに私は神聖術の心得がありますのでお役に立てるかと思います!」
「それは頼もしいわ。うちのリーダーよりね」
エイミーはエレナにウインクする。
愛らしく笑うエレナを見て、エイミーは妹のことを思い出した。
『スージー……ちゃんと村に着いたかしら』
遠い目をしたエイミーをエレナは不思議そうに見上げていた。
ドアからノックの音が聞こえ、フェイが戻ってきた。
「エイミー様。地図を持って参りました。明日の朝一番で事情を説明しておきますのでお昼頃にはお話が伝わっているかと思います」
「ありがと」
エイミーは手描きの地図を見ると運良く今隠れている森をそのまま突っ切れば辿り着けそうだ。
地図を見るエイミーにフェイはおずおずと口を開く。
「あの、エイミー様。どうも場内の様子が騒がしい気がします。急いで戻られた方が宜しいかと」
エイミーは改めて窓から外の様子を伺う。
松明を持った兵達があわただしく行き交っていた。
「分かったわ。教えてくれてありがとう」
「裏口へ御案内しますのでこちらヘ」
案内しようとするフェイをエイミーは丁寧に断る。
「大丈夫。空から行くから平気よ」
エイミーの言葉の意味が分からない二人を他所にエイミーは窓を開け放つ。
「それじゃあエレナ。待ってるわね」
そうエレナに言い残すとエイミーはバルコニーの手すりに上る。
そしてそこから飛び降りた。
驚き息を飲んだふたりはハーピーの姿に戻って飛び去るエイミーの姿を見た。
「え、エイミーさんは」
「魔族だったのか……」
エイミーが見えなくなりエレナは目を輝かせて言った。
「私初めて魔族の方を拝見しました!」
「……私もです」
フェイに侮蔑の表情があることにエレナは気付かなかった。




