ベティーナの告白
尖った棍先を改めて一矢に構える。
次の瞬間、ベティーナは一気に間合いを詰めて棍を突く。
一矢は大きく飛び退いた。
先程とそれほど差の無い一突きでも、紙一重でかわす余裕など無かった。
全身から汗が吹き出し、呼吸が荒くなる。
先の連続攻撃にも息を乱さなかった一矢が。
『ベティは本気だ……これがベティーナの本気!』
ベティーナが尚も突っ込んでくる。
「はああぁぁぁッ!」
一矢は逃げないようにその場で迎え撃とうと足に力を入れる。だが完全に気圧されていた。
次の一撃を地面を転がり避ける。
そこへベティーナの後ろ回し蹴りが顔面を狙う。必死に両手で防ぐも、そのまま吹き飛ばされ地面を転がった。
体を起こし両手を降ろすと、ベティーナの姿が見当たらないことに気が付いた。
一矢の警戒能力が顔を上へと向かせた。
そこには空中で棍を大きく振りかぶるベティーナが居た。
横に飛び退き、強烈な一撃をかわす。
地面には亀裂が入り、ベティーナの棍が突き刺さっている。
ベティーナは棍を地面から引き抜くと一矢の方へゆっくりと歩き始める。
その自然体のベティーナが一矢の背筋を寒くさせた。
「ハハッ……凄い一撃。木の棍なのにね……ホント死んじゃいそうだね」
一矢はベティーナにひきつった笑顔を向ける。
「安心して下さい。一人で死なせません。後で私も後を追わせて頂きます」
一矢の笑顔は本格的に凍りつく。
『……アレ? 何か思ってた展開と違う』
一歩後ずさる。
『コレはアレだ……今日は帰ろう。うん』
一矢は逃げ出そうと踵を返す。
だがベティーナの瞳から目を離せなかった。
『後で謝ろう。ベティにはまた会えに来られるんだから』
ベティーナは尚も一矢に歩み寄る。それでも一矢は動けなかった。
どれだけ頭で警告が鳴り響いても、どれだけ足が逃げ出そうとしていても、一矢はベティーナから顔を背けられなかった。
ベティーナの覚悟と信念と、強い想いが込められた瞳からは。
『逃げるだと? ベティは本気なんだよ! 分かってんのかッ!』
一矢は体を震わせる。それは意思の力で逃げようとする体を恐怖から解き放つ為の震えだった。
今度は一矢が雄叫びをあげる。
「うおおぉぉぉぉッ! 来いぃッ!」
ベティーナは一矢の首に向けて渾身の突きを放つ。
一矢は棍を殴り折る。
『良し!勝っ……』
その油断が命取りだと、一矢はまだ気付いていない。
ベティーナは止まらなかった。
そのまま折れ残った棍が一矢を襲う。体を捻り直撃を避けるも、折れた棍先が首の肉を抉った。
激突した二人は互いに地面に転がる。
先に立ったのは一矢だった。首を押さえた手からはヌルリとした感触が伝わったが出血は思いの外少ない。
ホッとする一矢に対し、ベティーナは地面に座り込んだまま立ち上がれずに居た。
『本気だった……本気で殺すつもりだったのに……後一歩……届かなかった』
ベティーナは手に残ったもはや棍とも呼べぬ状態の物を見詰める。
『私の槍が有れば……祖母から、母から受け継いだ槍が有れば』
棍の切れ端を強く握りしめ、そしてそっと地面に置いた。
『ここで終わろう。ここで終わらせればまだ戻れる。……これ以上続けたら』
ベティーナはやっと立ち上がった。力無く、肩を落としながら。
「これでおしまいか?」
一矢の言葉にベティーナはピクリと反応する。
「ベティはこれで満足か?俺はベティを最後まで受け止めるぞ!」
ゆっくり振り返ったベティーナは悲しそうに微笑んでいた。
「一矢殿は優しいですね。そんな一矢殿が私は大好きです」
ベティーナはそう言うと立て掛けられた練習用の棍や木刀の方へと歩き始める。
だが途中で立ち止まる。そこは最初ベティーナに絡んできた兵士の前だった。
ベティーナはその兵士が持っていた剣を引き抜く。
「そ、それは俺の……」
兵士は文句を言い切る前にベティーナの一睨みで腰を抜かしてへたりこむ。
ベティーナはその剣を見定める。
手入れは行き届いていないが物自体は良いものだ。
そしてベティーナは一矢の方へ向き直る。
「私はここまで本気になった事は一度もありません。それにここまで答えてくれる方に会ったことも」
ベティーナは一矢に向かって歩を進める。
「私はもう自分を止められそうにありません。私、一矢殿が好きでたまりません」
ベティーナの思いがけない言葉に一矢は顔を赤くする。
『ええぇぇぇッ! マジで!? マジですか?』
再び笑うベティーナにもう悲壮感は無かった。
その笑顔を見て一矢の体は震えた。それは決して喜びの為ではなかった。
「だから一矢殿を殺したい。殺してみたい。もう他の事なんてどうでも良い!」
一矢は全身から一気に汗が吹き出るのを感じた。




