行かせない
「クレアね、会いたいんだけどね。これから行かなきゃいけない所があるからさ。戻ってこれたら一緒にご飯食べに行こう」
一矢の口振りにベティーナは嫌な予感がした。
「……どちらに行かれるのですか?」
「ん? 王様の所」
息を飲んだのはベティーナだけではなかった。二人の側で固まっていた男達も。
男達は直ぐに『つまらん冗談』と笑おうとした。
出来たのは口の端をぎこちなく曲げただけだった。
ベティーナは違った。
笑みは吹き飛び、真意をはかろうと一矢に真剣な眼差しを向けた。
「……冗談ですよね?」
そんな聞き方しか出来なかった。冗談で言っていない事は分かっていた。
『自分の想像とは違うかもしれない。また、思いがけない作戦を考えてるに違いない』
「冗談じゃないよ。冗談ならもっと面白いこと言うよ。もう、分かってるクセに!ほら、この前も凄い面白いの言ったじゃん。ほら、アレ。……何だったかな」
一矢は額を指で押さえて思い出そうとする。
いつもと変わらない一矢に、ベティーナは声にヒステリックの色を混じらせながら言った。
「どうやって会うおつもりですか? 無茶ですよ!」
やっと一矢もベティーナがどれだけ心配しているのか思い知ったようだった。
真っ直ぐに目を見詰めて言う。
「そうなんだよね。だから最初に警備隊を通して伝えようとした。でも駄目だった。そして城にも忍び込んだ」
ベティーナは持っていた棍を強く握りしめる。
「一矢……殿が……」
驚愕するベティーナに、一矢は黙って頷いた。
「お姫様を通してもやっぱり駄目だった。もう残された道は少なくてさ。でも決める前の最終確認ってとこかな?」
微笑んで見せる。心配をかけまいと。
だが、そんなものベティーナには通じなかった。
「……どうするつもりですか?」
「正面から乗り込む!」
ショックを隠しきれなかった。
揺れる視線で必死に見詰め、今度こそ冗談だと言うのを待った。
だが、一矢は何も言わず、少し困ったような顔をしていた。
「そんな、正面から乗り込める訳がないでしょう!すぐに捕まってしまいますよッ!」
「かもしれないね。でも魔族との和平を結ばせるのに、出来れば平和な手段でいきたいじゃん。俺の成功祈っててくれ!」
一矢は親指を立てて見せると城へ歩き始める。
その後ろ姿を見詰めながら逡巡した。
『このまま行かせたら一矢殿は……』
手に持った棍を強く握った。
「一矢殿!」
声に一矢は振り向いた。
ベティーナは俯き、肩を震わせる。
「……行かせません」
顔を上げる。その目は一矢を睨んでいた。
猛進すると棍で足を払おうとする。
一矢はジャンプしてそれをかわす。
着地際に棍の反対側で右膝を狙う。
一矢は足を開いてかわすが無様な着地になり尻餅をついた。
喉元に棍を向けて止める。
「絶対に行かせません! 捕まれば処刑は免れないんですよ!」
一矢はかけるべき言葉を探すが見付からなかった。
ベティーナも言葉を待った。たった一言。
『やめる』という言葉を。
だが一矢の目には決意の色が揺らいでいないのを見てとった。
「もし……どうしても行くと言うなら……」
口惜しそうに言いよどむ。
「私を倒してからにして、かな?良いね……嫌いじゃないよ。そういうの」
一矢の頬が上気しているのが分かった。
困っているはずなのに、どこか楽しそうにさえ見える。
ベティーナには理解できなかった。これから命懸けの戦いをしようというのに。
一矢は立ち上がる。ベティーナも棍を構え直す。
二人の周りに緊迫した空気が流れる。
朝練をしていた兵士達はその手を止め、固唾を飲んで見守る。
先に動いたのはベティーナだった。




