ベティーナの憂鬱
その日は澄み渡るような青空だった。
ベティーナは宿舎を出ると眩しさに目を細め、空を見上げた。
陰鬱とした気持ちが少し和らぐ。
『やはり出てきて良かった』
早朝の警備本部は人もまばらで静かなものだった。
一矢の一件以来、外に出たのはこれが初めてだった。
これまでの功績やベティーナが援護した砦の兵達の庇護により処罰はなかった。
『一矢殿、エイミー殿』
一番平和の為に動いた二人だけが王都を追われた。
自分はただ任務を外されただけ。
自分の不甲斐なさが悔やんでも、どうすることも出来ない。
ベティーナはトボトボと歩き始めるが、直ぐに立ち止まる。
『城に留まるべきか、一矢殿達を探しに行くべきか』
ベティーナはクレアのことを思い出す。
「一矢さん達なら大丈夫ッスよ。きっと迎えに来ますから、楽しみに待ってましょう」
ベティーナはまた、歩き始める。
訓練用の武器。
訓練用の案山子。
『今出来ることは、戦う事に備えること』
ベティーナは動かない案山子相手に汗を流す。
暫くすると他の兵達もやって来た。
ベティーナは既に良くも悪くも有名になっていた。
武術大会上位入賞。
名家の血と技を継ぐ槍使い。
そして魔物を王都へ引き入れた。
多くの兵士はベティーナから離れて鍛練に励む。
最後に来たのは四人組の兵士だった。
腕も身分も下、勤務態度も悪い。
親のコネで王宮勤務しているはみ出し者達。
「おい、あいつ見ろよ。あいつじゃねぇのか? 噂の……」
「アレがか? ただの女じゃねえか」
リーダー格の男はベティーナを見て笑う。
「行くぞ」
男達はベティーナの方へと歩き出した。
周りの兵達も気付いていたが、皆一様にこう思った。
『可哀想に……』
あんな奴等たった四人でチョッカイを出しても勝てるわけがない。
だがベティーナも時期が悪い。
「おい、お前だろ? 魔物を王都に入れたって奴は」
「……何か?」
上層部から口外しないよう言われているベティーナは肯定も否定もしない。
「お高く止まってんなぁ。魔物を町中に入れんなってパパに教わらなかったのか?」
ヘラヘラしながら男達はベティーナをなじる。
ベティーナは何も言わず練習を再開する。
「つうか、お前は何で兵士やってンだ? 魔物を殺すためだろ? それとも魔物と上手いことやってんのか?」
いつしか男達はベティーナを取り囲んでいた。
それでもベティーナは自分の動作を確認するように鍛錬を続ける。
「査問会の連中は何やってんだって話だろ。こんな危険人物を野放しにして。俺だったら」
「見付けた! ベティー!」
男の話を遮る大きな声に、その場の皆が振り返った。
一矢がベティーナに向かって大きく手を振っていた。
「一矢殿? 一体こんな所で何をしてるんです!」
ベティーナは慌てて周りを見渡す。
「一矢殿、ここも警備本部の一部なんですよ。あまり入って良い場所では」
「おい民間人! ここは貴様のような奴が来て良い場所じゃねえぞ!」
「ベティーナに会いたかったんだよ! 俺のせいでさ、迷惑かけただろ? 元気してた?」
「えっ、ええ。処分もそれほど重いものではなく」
「テメェ等! 何無視してンだ! 特に民間人! 叩き出されてぇのか!」
一矢もベティーナも男達を見ようともしない。
「それなら良かった! 居るかもとは思ってきたけど、本当に会えるなんてさ。やっぱり運命の赤い糸で結ばれてる感、出ちゃってるよね〜!」
ベティーナにやっと笑顔が戻る。
「一矢殿もお変わり無いようで安心しましたが、その……ここはマズいかと思います」
一矢がお尋ね者になっている事をここで言うべきか、ベティーナは悩んだ。
指名手配犯が警察署に来たようなものだ。
既に十分注目されてしまっているが、何とか一矢を本部から連れ出そうとベティーナは慌てる。
「テメェ! いい加減にしろ!」
男は殴りかかるが、一矢は見向きもせずにかわす。
「実は作戦があんまり上手くいってなくてさ。ベティに元気を分けて欲しくて」
一矢はもう一度男の拳をかわして言った。
「そうでしたか。もし私にもお手伝い出来る事があれば何でも仰って下さい」
「クソーッ! 貴様、もう許さねぇ! もし邪魔しやがったら貴様もただじゃおかねぇからな!」
男は木刀でベティーナに向けるが、二人にはそれでも見向きもされない。
男は怒りで震える。
「後悔しても遅いぞ!」
男は木刀を一矢に振り下ろした。一矢は軽く拳を振り上げる。
一矢の拳に当たった木刀は物凄い勢いで折れて、上空に飛んでいった。
男達の目ではそのスピードを捉えられず、ただ木刀の一部が突然消えたように見えた。
男達は何が起こったのか理解出来ず、口を開けたまま固まっていた。
男の頭上に、折れた木刀の先が落ちてこようとしていた。
「一矢殿、ここでは少し目立ちます」
ベティーナは持っていた棍で、落ちてきた木刀の先を男の頭から逸らしてやる。
足元に木刀の先が落ちても、何が起こったのか分からないままだった。




