一矢去る
「……辛い旅だったのですね」
エレナは顔を上げる。
「でも立派でございます! それに色んな方々に愛され、慕われていらっしゃるなんて」
『これは盛ってるだけで、嘘ではない』
一矢はエレナに背を向ける。
エレナは一歩前に踏み出す。
「是非私にも手伝わせて下さい!」
一矢の口元がニヤリと笑った。
振り返った時には一矢は普通の笑顔に戻っていた。
「ありがとうございます。お父様に是非お伝え下さい。必要なのは交渉役、しかも姫の様な王族の方で、出来れば姫の様な若い女性が良いと」
「若い……女性の方が良いのですか?」
「それはもちろん! 交渉に行くのですから厳ついおっさんより、可憐な乙女の方が絶対良い! 個人的なアレじゃ無いですよ! 全然違います! ただそっちの方が、ね? 争うつもりが無いことが伝わるじゃないですか」
「そうですね。確かに屈強な男性では要らぬ疑いを生むかもしれませんね」
納得した様子で表情を緩めた。
「分かりました。きっとお父様に申し上げますわ」
『出来上がる。我がハーレムの出来上がる音が聞こえる!』
一矢は手摺の上へと飛び乗る。
「それではお願いしますね。姫」
エレナは睫毛を伏せ、微笑んだ。
「この世界に愛と平和を。一緒に」
一矢は笑顔を見せる。
『決まったな、俺!』
頭の中で自分を誉めると一矢は手摺から屋根へと飛び上がった。
エレナは一矢が去った後、ひざまずき世界平和を祈った。
一矢との出会いを感謝しつつ。
その頃一矢はエレナの真上で、滑り落ちないよう必死に屋根へとへばり付いていた。
『俺、超格好悪い〜! 誰かに見られる前に何とかしないと……』
一矢はヤモリの様に這いつくばって登る。
ディナが頭の上で声を上げずに笑っているのに気付かずに。




