お姫様
一矢達は屋根の上で額を付き合わせていた。
「本当に届いた」
エイミーの前に小さな竜巻がやってくる。
竜巻はディナの形に戻る。
「お姉様。大丈夫ですか?」
「ありがとう、ディナ。本当に助かったわ」
「お姉様のためですから〜」
ディナは嬉しそうだ。
一矢も一息つく。
「それで一矢。ここからどうするの?」
「適当な所を探して侵入するよ。煙と金持ちは高い所が好きだろうから、意外と簡単に見つけられるかも」
「そんなに上手いこといくかしら」
一矢は両手を広げて、この状況を見ろと言わんばかりだ。
「分かったわよ。任せるわ」
「任された。エイミーは待っててくれ」
「気軽に言うわね。本当に気を付けてよ」
「分かってるって。何か有ったら先に逃げてくれよ」
「あたしが逃げたらあんたはどうするのよ」
「だから、何とかするよ。大丈夫。たぶん一人の方がなんとか出来ると思う」
エイミーは悩む。
「信じてるわよ」
「……エイミー、とうとう俺に惚れたか?」
「さっさと行け! バカ!」
一矢はエイミーよりもその後ろで鬼の形相をするディナに恐怖して屋根の上を走って行った。
エイミー達が空へ飛び立った頃、一矢は何処から侵入すべきか悩んでいた。
屋根の縁からそれらしいものが無いか見下ろしながら進むと、一つの立派なバルコニーが見えた。
窓は開いており、レースのカーテンが時折はためいている。
これは丁度良い。
壁の凹凸を辿り、一矢はスルスルと降りていく。
窓辺には少女が膝まずき、両手を組み合わせて祈りを捧げていた。
「こんばんは、お姫様」
一矢がバルコニーの手すりに立って声をかけると、少女は驚いて一矢を見た。
だがその瞳に警戒の色は無かった。
「貴方様は誰ですか?」
「……私は泥棒です。あなたのハートを盗みに来ました!」
一矢はニッコリと微笑みながら言うと少女は小首を傾げた。
「泥棒様ですか。あの……ハートの何を盗みに来られたんですか?」
「えっ? いや、ハートそのもの。あなたの心です」
「まぁ、心ですか? それはどの様に盗まれるのですか?」
「はぁ、……どうしたら盗めるんだろう」
「泥棒様も分からないのですね。私にお貸しできる知恵があれば宜しいんですが。私もその様な方法は存じ上げませんわ」
「いやぁ、もうお気持ちだけで結構ですから」
「そうですか」
「はい」
「……」
「……」
「何か調子狂うな」
一矢は頭をかいて呟いた。
「申し訳ありません! 私、泥棒様に会うのは初めてで。普通はどうするものなのでしょう?」
「やっぱり普通は『キャー、泥棒!』って叫ぶんじゃないかな」
一矢は体をくねらせ実演して見せる。
「分かりました。『キャー、泥棒!』ですね」
少女はすぅーっと息を吸い込む。
「待った! 今は良いから。本当に泥棒と会った時にで良いから」
「でも泥棒様も泥棒様でいらっしゃいますよね」
「いや、ちょっとした小粋なジョークと言うか。本当は泥棒じゃないんです」
「では貴方は一体どなた様ですか?」
「俺は異世界から来た平和の使者、一矢です!」
親指で自分を指差し、一矢はポーズを決める。
「まぁ……」
少女は両手を口に当てて驚いた。
この子、何でも信じるな。
一矢は苦笑いを浮かべる。
「もっと、怪しんでも良いんじゃない?」
「怪しむのですか? でも平和の使者様を怪しむとはどういう事なのでしょうか」
一矢は手すりに腰掛ける。
『まぁ良いか。これはこれでやり易い』
一矢は自分を納得させた時、少女の方から話しかけてきた。
「私、丁度平和を願っていた所だったのです。きっと神様が遣わしてくれたのですね」
「そうかもね。俺は人間と魔族の停戦を成功させる為に来たんだ」
「……魔族と停戦ですか? 魔族は人間に害を与えるものだって御父様が言ってましたわ」
「人間にだって悪い奴は居るし魔族にだって良い奴は一杯居るよ」
「そうなのですね! それは皆様、仲良くすべきだと思いますわ!」
目を輝かす少女を見て一矢は嬉しかった。
みんなが知らないだけで、人間と魔族は仲良くなれる。
そう思っているのは自分達だけではない。
少女の瞳に一矢は勇気を貰えた気がした。
『……チョット世間知らずな所もあるけど』
「私に何かお手伝い出来る事が有りましたら仰って下さい!」
「そう? じゃあ王様の部屋って何処かな? 直接、停戦の話をしたいんだよね」
「御父様の部屋ですね。この部屋を左に出て、三つ目の右側のドアですけど、もうお休みになってるので明日にされてはどうですか?」
「……今、何て言いました?」
「はい。もうお休みになってるので明日にされてはと」
「いえいえ! その前です!」
「はい。御父様の部屋はこの部屋を」
「御父様って、もしかして君は……」
「はい。第132代目国王の娘、エレナ・ルル・ヘインズと申します」
「お姫様! 本当にお姫様ですか?」
「はい。使者様も最初に私をお姫様と呼ばれたので知っているものだと……」
「言ったっけ?」
「はい。仰いましたわ」
「言ったかも。言ったけど、ねぇ。本当にお姫様とは思わないでしょ」
いや、城に住んでるんだし気付くとこか?
一矢は暫し自問自答を繰り返す。
「あの、使者様? どうかなされましたか?」
「いやぁ、気にしないで下さい。日頃の行いが良かった、ということにしましたんで」
そう、今はそんな事気にする時じゃない。
王を説得するより、姫を説得する方が楽に違いない。
そう思って一矢は改めてエレナを見る。
突然現れた一矢を何の疑いもせずに見詰めている。
『……何か騙すみたいで心苦しい』
いや、騙すつもりは無いんだけど。
エレナの澄んだ眼で見られ、一矢は懺悔でもしたくなりそうだった。
『自分を見ないでください! 汚れた自分を!』
「あの、お加減が宜しくないのですか?」
エレナの声に一矢は現実に引き戻される。
「いえ、大丈夫です。本当に」
落ち着きを取り戻した一矢は腹を括る。
取りあえず正直に話そう。
一矢はこれまでの経緯をエレナに話始めた。




