第5話 姫騎士に触れろ!
「ぬうううう……! ビューフォートまで敗れるとは!」
貴賓席では、ローレンツ女王が険しい顔で闘技場を見下ろしていた。
その傍らに、一人の美しい女性が控えていた。
栗色の髪をきりりとまとめた、凛々しい姫騎士。
第3姫騎士、フェレル。
「陛下。少し、異世界人に挨拶して参ります」
「うむ」
女王がうなずくと、フェレルは静かに一歩前へ出た。
そして、片腕をくるりと振った。
ゴオオオオオッ!
突然、激しいつむじ風が巻き起こった。
その風に乗って、フェレルの身体がふわりと浮き上がる。
「うおおっ!?」
闘技場で勝利を喜んでいた俺は、思わず空を見上げた。
「な、何だ、あれは!?」
つむじ風の中心に、一人の女性がいる。
その女性は、風に乗ったまま闘技場の上空へと移動してきた。
そして、俺の頭上から高らかに宣言した。
「異世界人よ!」
「ひ、ひいっ!」
「私は第3姫騎士、旋風のフェレル!」
「せ、旋風……?」
「これ以上、姫騎士に土をつけることは許さぬ! 一週間後、この私が相手をする!」
「ひえええっ!」
フェレルは、再び腕を一振りした。
ゴオオオオオオッ!!
今度は、さらに大きな竜巻が巻き起こった。
彼女はその中心に身を置いたまま、猛烈な勢いで空の彼方へと飛び去っていった。
「…………」
俺は、呆然と空を見上げていた。
(な、何だよ、今のは……)
(風に乗って、空を飛んでいきやがった……)
「に、人間じゃねえ……」
俺は、がっくりと肩を落とした。
(ま、また、とんでもねえバケモンが出てきちまったよおおお!)
***
「く~~っ! また、バケモンと戦うのかよ~~!」
王宮の一室で、俺は頭を抱えていた。
第28姫騎士エルニーニョ。
第17姫騎士コリオリ。
第11姫騎士ビューフォート。
三人とも、素手で巨岩を粉々にするような、とんでもない女だった。
それなのに、今度は第3姫騎士。
しかも、風に乗って空を飛ぶような奴だ。
「勘弁してくれよ~~! 命がいくつあっても足りねえよ~~!」
俺は、目の前に浮かぶ能力の一覧を見つめた。
「頼む! 今度こそ、いい能力が出てこいよ~~!」
『対象女性に念を送ると、髪型を一瞬でポニーテールにできる』
「……はあ?」
ポニーテール?
そんなもんにして、どうするんだよ!
「ダメダメ! 次!」
『対象女性の靴の左右を入れ替える』
「いらねえよ!」
『対象女性の鼻先に、三秒間だけ小さな蝶を飛ばす』
「だから何なんだよ!」
相変わらず、ろくでもない能力ばかりだ。
「くそ~~! もっとまともなのはねえのかよ~~!」
そのときだった。
「……んん?」
俺は、ある能力の説明に目を止めた。
『一度触れたことのある女性の衣服を、瞬間移動させる』
「……へ?」
俺は、慌てて続きを読んだ。
『対象女性への接触は、衣服の上からでも有効』
『対象女性に触れた際、「発動」と唱えることで術を仕込むことができる』
『ただし、実際の効果が現れるのは、対象女性との戦闘開始時』
『使用回数は一回限り』
「…………」
俺は、文字を読み直した。
「こ、これだよ、これ! これなら何とかなるんじゃねえか!?」
相手がどれほど強くても、服が突然消えたら、さすがに平気ではいられないだろう。
だが、問題がある。
「……でも、姫騎士に触るって……」
俺は、しばらく考え込んだ。
第1話で見た、あの動物園のクマ。
あんなものでも、この国の女性兵士には、まるで歯が立たなかった。
ましてや、第3姫騎士ともなれば……。
「う~~ん。動物園でクマに触るより危険だよなあ……」
ちょっと手を伸ばしただけで、腕ごと吹っ飛ばされるんじゃないか?
「と、とにかく、フェレルを見つけて、何とかしねえとな……」
俺は、その能力を選択した。
***
翌朝。
俺は、王宮の図書館を訪れていた。
「おやおや、久しぶりですな、異世界人殿」
受付の男が、にこやかに声をかけてきた。
以前、エルニーニョの居場所を教えてくれたおっさんだ。
「ど、どうも……」
「いやはや、姫騎士様方を次々とお破りになるとは。驚きましたぞ!」
「は、ははは……」
こっちは毎回、死ぬ思いなんだけどな。
「あ、あの……フェ、フェレル様は、今いらっしゃいますか?」
「フェレル様ですか? 先ほど本を借りられて、お帰りになりましたよ」
「そ、そうですか……」
「フェレル様は、ご自宅でも熱心に勉学に励まれております。上を目指すには学問も必要だと、それはもう大変な努力家でしてな」
「……フェレル様の上って?」
「もちろん、第2位のハドレー様ですな」
「へえ……まだ上がいるのかよ……」
「ははは。フェレル様は学問だけでなく、鍛錬にも実に熱心なお方ですぞ」
「そ、そうなんですか……」
これ以上強くなって、どうするつもりなんだよ。
「それはともかく、フェレル様なら、午後は町の見回りをなさるはずです。その後は鍛錬場ですな」
「おおっ! ありがとうございます!」
俺は、礼を言って図書館を飛び出した。
***
午後。
町の通りを歩いていると、早速フェレルの姿を見つけた。
栗色の髪をきりりとまとめた、美しい女性。
両脇には、付き人らしい女性兵士が控えている。
「……ふむ。この辺りに異常はないか?」
「はっ! フェレル様!」
「よろしい。次の通りへ参ろう」
フェレルは、一軒一軒、店の様子を確かめながら歩いていた。
ときには商店の主人に声をかけ、困っていることがないか尋ねている。
(……まったく、ご苦労なことで……)
(仕事熱心というか、何というか……)
俺は、物陰からその姿を見つめていた。
しかし、これでは近づきようがない。
本人がとんでもなく強いだけでなく、周囲には付き人までいる。
(おまけに、全然隙がねえじゃねえか……)
そのときだった。
「どけどけえっ!」
突然、女が一人、通りを走ってきた。
その手には、誰かから奪ったらしい鞄が握られている。
「泥棒だあっ!」
後ろから声が上がった。
フェレルが、すっと振り向いた。
「……ふむ」
そして、片腕を一振りした。
ゴオオオオッ!
小さな旋風が巻き起こった。
旋風は、逃げる女を追いかけると、その身体をあっという間に巻き上げた。
「ひいいいいっ!」
女は、くるくると回りながら宙を舞った。
そして、フェレルの目の前に、ぽとりと下ろされた。
「ひ、ひいいっ!」
「窃盗の現行犯だ。連行せよ」
「はっ!」
付き人たちが、男を取り押さえた。
フェレルは、何事もなかったように見回りを再開した。
「…………」
俺は、ぽかんと口を開けていた。
(……す、すげえ)
(あいつ、風をあんなに自由自在に操れるのかよ……)
それからも、俺は何度かフェレルの行動を観察した。
彼女には、本当に隙がない。
しかも、近づこうとする者がいれば、風で簡単に遠ざけることができる。
(……おいおい)
(こりゃ、相性最悪じゃねえか……)
ほかの姫騎士なら、殴られる瞬間にでも身体に触れられるかもしれない。
もっとも、殴られたら俺は死んじまうだろうが。
だが、フェレルは違う。
風で攻撃も防御もできるのだ。
(あいつ、そもそも触らせてもくれねえじゃねえかあああ!)
それでも観察を続けるうちに、一つ分かったことがあった。
どうやら、フェレルは毎日、午後十二時半ごろに同じカフェへ立ち寄るらしい。
そこでお茶を飲んでから、町の見回りを始めるのだ。
「……ふむふむ」
俺は、にやりと笑った。
***
翌日。
俺は、あらかじめ買っておいた服に着替え、眼鏡をかけていた。
いつもの服装とは、ずいぶん違う。
(これなら、簡単には俺だと分からねえだろ……)
フェレルは、いつものようにオープンカフェの席でお茶を飲んでいた。
付き人たちは、少し離れた場所で待機している。
(よし……!)
俺は、客のふりをしてフェレルの背後へ回った。
彼女は、静かにカップを口へ運んでいる。
(い、今だ!)
俺は、そっと手を伸ばした。
あと少し。
あと、ほんの少しで、その背中に触れられる。
その瞬間。
ビュンッ!
「うわっぷ!」
突然、小さなつむじ風が巻き起こり、俺の腕をはじいた。
「……何をする気だ?」
フェレルが、こちらを振り向いていた。
その片手には、まだティーカップが握られている。
(こ、こいつ……!)
(お茶を飲みながら、風で俺の手をはじきやがった!)
「す、すみません! せ、背中に糸くずがあったもので、つい……」
フェレルは、鋭い目で俺をにらんだ。
「ふむ。そのようなことは自分で行う。早々に立ち去るがよい!」
「は、ははーっ!!」
俺は、一目散に逃げ出した。
***
「うへえええ……!」
路地裏へ逃げ込んだ俺は、壁にもたれかかった。
「う、腕が吹っ飛ぶかと思ったぜ……!」
小さなつむじ風。
それだけなのに、まだ腕がじんじんしている。
「あれは、また近づいたら、本当に手足がなくなるぜ……」
どうすりゃいいんだよ……。
その後も、俺はフェレルを観察し続けた。
しかし、彼女には本当に隙がない。
怪しい人物が近づけば、すぐに気づく。
少し離れた場所の騒ぎにも、瞬時に反応する。
しかも、風を使えば、相手に直接触れる必要さえない。
「くそ~~! 全然隙がないじゃないか、あの女!」
俺は、頭をかきむしった。
「あんなのに、どうやって近づけばいいんだよ……」
しばらく考え込んだ。
「……いくら強いって言ったって、女だよなあ……」
何か、ないだろうか。
どんな強い女でも、思わず取り乱してしまうようなものが……。
「う~~ん……」
俺は、考えながら町を歩き続けた。
そして、いつものラムネを買おうと、小さな菓子屋に立ち寄った。
ずいぶん古びた店だ。
店の隅には、長年のほこりがたまっている。
「おっちゃん、ラムネ一本!」
「おお、毎度あり!」
俺はラムネを受け取り、栓を押し込んだ。
「ぷはあっ!」
やっぱり、うめえなあ。
そのときだった。
ふと、店の隅に目が止まった。
「……ん?」
俺は、じっとそこを見つめた。
「…………」
そして。
(こ、これは……)
(使えるんじゃねえか!?)
俺は、店のおっさんに声をかけた。
「おっちゃん!」
「何だい?」
「この店の掃除、手伝ってもいいか?」
「……は?」
おっさんは、目を丸くした。
「ああ、構わないが……どうしたんだ?」
「おう! ピカピカにしてやるぜ!」
俺は、ほうきを手に取った。
そして、店の隅から隅まで、せっせと掃き始めた。
棚の下。
壁際。
積み重なった箱の裏。
どこもかしこも、ずいぶん汚れている。
「よいしょっと!」
俺は、塵取りで熱心にごみを集めた。
さらに、床をモップがけし、棚も丁寧に拭いていく。
「ふううっ!」
気がつけば、店は見違えるほどきれいになっていた。
「いやあ! ずいぶんきれいになったよ!」
おっさんが、感心したように店内を見回した。
「ありがとう! 本当に助かった!」
「いやいや! こっちこそ大感謝だぜ!」
俺は、にっこり笑った。
そして、棚に並んでいた箱入りの駄菓子を指さした。
「おう! 今日はこっちも買うぜ!」
「おお、毎度あり!」
おっさんは、うれしそうに箱を差し出した。
俺は、それを大切そうに抱えた。
「じゃあな、おっちゃん! また買いにくるぜ!」
「ああ! いつでもおいで!」
俺は、店を出た。
そして、足早に王宮へと向かった。
(へへへ……)
(よし! これで何とかなるかもしれねえ!)
(明日、あのカフェが勝負だ!)
***
翌日。
フェレルは、いつものオープンカフェでお茶を飲んでいた。
俺は、少し離れた場所からその姿を見つめていた。
だが、今日の俺は、昨日とはまったく違う格好だ。
白髪のかつら。
古めかしい服。
そして、長いひげ。
背中を丸め、杖まで持っている。
そう。
今日は、老人に変装しているのだ。
(へへへ……これなら分からねえだろ……)
俺は、そっとカフェの席へ向かった。
フェレルの隣には、ちょうど空席があった。
「よっこらしょっと……」
俺は、老人らしくゆっくりと腰を下ろした。
そして、膝の上に置いた小さな箱を見つめた。
昨日、菓子屋で買った駄菓子の箱だ。
(……よし)
(あとは頼んだぞ、お前ら!)
俺は、フェレルがカップを口へ運んだ瞬間を狙った。
そして。
ぽとっ。
小さな箱を、彼女の足元へ落とした。
パカッ!
箱の蓋が開いた。
次の瞬間。
カサカサカサカサ……!
黒光りする何かが、わらわらと飛び出した。
昨日、菓子屋を掃除しながら集めた、ゴキブリたちだ!
「…………!」
フェレルが、何かに気づいた。
足元を見下ろす。
「きゃ……きゃあああっ! ゴキブリ!!」
フェレルが、とっさに身体を引いた。
その肩が、隣に座っていた俺の肩にぶつかった。
(やった!)
(い、今だ!)
俺は、小さな声でつぶやいた。
「は、発動!」
その直後。
「……はっ!」
フェレルは、すぐに片腕をくるりと振った。
ゴオオオッ!
突然、小さな旋風が巻き起こった。
旋風は、ゴキブリたちを一匹残らず巻き上げた。
そして、そのまま通りの向こうへと飛び去っていった。
「…………」
俺は、ぽかんと口を開けた。
(……す、すげえ)
(あんな小さな虫まで、風で自在に操れるのかよ……)
フェレルは、ふうっと息を吐いた。
そして、隣に座る俺を振り向いた。
「……お客人!」
「は、はいっ!?」
「先ほどはぶつかってしまって済まない! 私としたことが、取り乱してしまった」
フェレルは、申し訳なさそうに頭を下げた。
(……へ?)
第3姫騎士が、見知らぬ老人に謝っている。
俺は、慌てて老人らしい声を出した。
「い、いえいえ! 姫騎士様のおそばでお茶が飲めて、光栄ですぞい!」
「……そう言っていただけると、ありがたい」
フェレルは、ようやく微笑んだ。
俺は、そそくさと立ち上がった。
「では、飲み終わりましたし、帰るとしましょう……」
「うむ。お気をつけて」
「ほっほっほ。では、失礼しますぞい……」
俺は、杖をつきながら、ゆっくりとカフェを離れた。
そして。
角を曲がり、フェレルの姿が完全に見えなくなったところで。
「ひえええええっ!」
俺は、思わず駆け出した。
(ば、ばれずに済んだようだな!)
(あぶねえええっ!)
だが。
少し走ったところで、俺は立ち止まった。
あの能力は、戦闘が始まるまで効果が現れない。
そう書いてあった。
(こ、これって、本当に発動条件を満たしたんだよな……?)
(肩は、確かにぶつかったよな……?)
(発動って、ちゃんと言ったよな……?)
俺は、額の汗を拭った。
使用できるのは、一回だけ。
もし失敗していたら、もう取り返しがつかない。
「……た、頼む」
俺は、思わず両手を合わせた。
「何とかなってくれよ~~……!」
***
そのころ。
王宮の鍛錬場では、第3姫騎士フェレルが、一人、厳しい表情で立っていた。
第28姫騎士エルニーニョ。
第17姫騎士コリオリ。
第11姫騎士ビューフォート。
いずれも、王国屈指の実力者だ。
その三人が、脈力を持たぬ異世界の男に敗れた。
(……あの男)
フェレルは、静かに拳を握り締めた。
(肉体的には、我らとは比較にならぬほど弱い)
(だが、三人を破ったという事実は、もはや無視できぬ……)
彼女の脳裏に、敗北した姫騎士たちの姿が浮かんだ。
エルニーニョは、奇妙な術を使う機会を与えてしまった。
コリオリは、三十秒もの猶予を与えた。
ビューフォートは、騎士道精神から先手を譲り、その隙に術を使われた。
(いずれも、あの男に機会を与えてしまった……)
フェレルは、目を閉じた。
(私が敗北することは許されない……!)
もはや、騎士道に先手なしなどと言っている場合ではない。
あの男は、何をしてくるか分からないのだ。
フェレルは、ゆっくりと目を開いた。
(もはや対等の相手として、最初から全力で行くのみ!)
そして、再び鍛錬を始めた。
***
決戦の日。
王宮の闘技場には、またしても大勢の観客が集まっていた。
俺は、闘技場の中央で、ただ一人待っていた。
「…………」
……遅い。
フェレルが、まだ来ないのだ。
審判が、困った顔で時計を見つめている。
そして、貴賓席へ向かって声を上げた。
「女王陛下! あと二分で時間切れとなり、山田の勝ちとなりますが……!」
「ぬうう……フェレルめ、何をしておる!」
女王様も、どうやら事情が分からないらしい。
(……えっ?)
(あと二分待つだけで勝ち!?)
俺は、思わず顔をほころばせた。
(やった! 今度こそ、戦わずに勝てるじゃねえか!)
(頼む! そのまま来ないでくれえええ!)
俺は、時計を見つめた。
あと二分。
たった二分だ!
そのときだった。
キラッ!
遥か上空で、何かが光った。
「……ん?」
ゴオオオオオオッ!!
妙な音が聞こえてきた。
しかも、どんどん大きくなっている。
「な、何だ……?」
俺は、空を見上げた。
「……へ?」
何かが、ものすごい勢いで近づいてくる。
「う、うわああああっ!!」
ドゴオオオオオオンッ!!
闘技場の中央に、何かが落下した。
凄まじい轟音。
土煙が、もうもうと立ち上る。
「ひ、ひいいっ!!」
俺は、その場にしゃがみ込んだ。
やがて、土煙の中から一人の女性が姿を現した。
栗色の髪をきりりとまとめた、美しい姫騎士。
第3姫騎士、旋風のフェレルだった。
「すまぬ。遅れた」
「…………へ?」
フェレルは、何事もなかったように服についた砂を払った。
「鍛錬に夢中になってしまってな。時間がなかったので、鍛錬場から跳んで参った」
「……は?」
俺は、思わず彼女の顔を見つめた。
「と、跳んで……?」
「うむ」
フェレルは、遠くの方角を指さした。
「向こうの鍛錬場からだ」
俺は、そちらを振り向いた。
王宮の遥か彼方。
広大な敷地の向こうに、鍛錬場の建物が小さく見えている。
「…………」
「ひいいいいいいっ!!」
(こ、こいつ……!)
(あそこから、一発で跳んできたって!?)
(マジかよおおおお!!)
(か、風に乗って空を飛べるだけじゃねえのかよ!)
(や、やっぱり、とんでもねえバケモンじゃねえか!)
フェレルは、俺に向き直った。
「待たせたな、異世界人」
「ひ、ひいっ!」
「さあ、始めよう」
俺は、思わず後ずさった。
(……ま、待て待て!)
(本当に術は効くんだろうな!?)
(た、頼むぞ……!)
(本当に効いていてくれよ……!)
一方、フェレルは鋭い眼差しで俺を見据えていた。
「異世界人よ」
「は、はいっ!?」
「お前の戦い方は、すでに承知している」
「……へ?」
「今度は、何もさせぬ」
彼女は、静かに構えた。
「最初から全力で参る。覚悟せよ!」
「ひ、ひいいいいっ!!」
(や、やべええええ!)
(こいつ、本気だああああ!!)
審判が、腕を振り上げた。
「両者、構え!」
フェレルの瞳が、鋭く光った。
俺は、祈るような気持ちで立ち尽くしていた。
(頼む……!)
(頼むから、効いてくれえええ!)
「始め!」
フェレルが、地面を蹴ろうとした。
その瞬間。
「…………!?」
彼女の表情が凍りついた。
着ていた衣服が、一瞬にして消え去ったのだ。
「きゃあああああああっ!!」
次の瞬間。
ゴオオオオオッ!!
猛烈な旋風が巻き起こった。
フェレルは、その風に身を包むと、凄まじい速さで闘技場の外へと飛び去っていった。
「…………」
何が起こったのか、誰にも分からなかった。
あまりにも速かったのだ。
気がつけば、フェレルは場外へ逃げ去っていた。
「…………」
審判が、呆然と立ち尽くしている。
そして、ようやく声を絞り出した。
「しょ……勝者、山田和也!!」
「…………」
俺は、しばらく動けなかった。
本当に?
本当に勝ったのか?
「…………」
そして。
(き、効いたあああああっ!!)
(よっしゃあああああ!!)
(また勝ったぜええええ!!)
俺は、思わず両手を突き上げた。
観客席は、再び騒然となっていた。
「な、何が起きたんだ!?」
「フェレル様が……!」
「ま、また、あの男が勝ったのか!?」
俺は、そんな声など気にも留めず、ただひたすら喜んでいた。
(へへへ……!)
(やった! やったぞ!)
(これで、また生き延びたああああ!!)
***
一方、貴賓席では。
ローレンツ女王が、玉座の肘掛けをと握り締めていた。
「ぬうううううううっ!!!!」




