第4話 騎士道に先手なし!
「はああああ……」
王宮の一室で、俺は大きなため息をついた。
「引き受けるとは言ったもののなあ~……」
第28姫騎士エルニーニョ。
第17姫騎士コリオリ。
二人とも、素手で巨岩を粉々にするような、とんでもない女だった。
「また、バケモンと戦うのかよ~。命がいくつあっても足りねえよな~……」
次の相手は、第11姫騎士ビューフォート。
また順位が上がっている。
この調子じゃ、いつか本当に殺されちまう。
「なんか、いい能力出てこねえかなあ……」
俺は目の前に浮かぶ文字を、次々と読み進めた。
『対象女性に十分間念を送り続けると、足の裏がかゆくなる』
「……はあ?」
十分間も念を送り続けて、足の裏がかゆくなるだけ?
そんなもん、使う前に俺が死んじまうわ!
『対象女性が一度だけくしゃみをする』
「いらねえよ!」
『対象女性の髪の毛が一本だけ逆立つ』
「だから何なんだよ!」
俺は頭を抱えた。
「また、クズみたいな能力ばっかりだなあ……」
こんなものを選んだところで、勝てるわけがない。
「ちっ! 街にでも出かけるかあ~」
俺は能力の選択を中断し、部屋を出た。
***
王宮を出て、しばらく歩く。
この国にも、なかなか賑やかな町がある。
店先では男たちが客を呼び込み、道行く女性たちは大きな荷物を軽々と運んでいる。
もう、この光景にも少し慣れてきた。
俺は通りの店で、またラムネを買った。
「ぷはあっ! やっぱり、うめえなあ!」
瓶の中で、ビー玉がカラカラと鳴った。
こうしていると、ここが異世界だということを忘れそうになる。
「さて、どこへ行こうかなあ……」
そのときだった。
「……ん?」
通りの向こうに、見覚えのある長い黒髪の女性がいた。
(げっ! コリオリじゃねえか!)
第17姫騎士コリオリ。
つい先日、俺を何度も投げ飛ばして遊んだ、あの恐ろしい女だ。
最後には俺が勝ったものの、ずいぶん恨まれているに違いない。
(や、やべえ! 見つかったら何をされるか分からねえ!)
俺は慌てて、建物の陰に身を隠した。
ところが、コリオリは俺に気づく様子もなく、一人の男の子に近づいていった。
何だ?
男の子は、しきりに木の上を指さしている。
どうやら、遊んでいたボールが高い枝に引っかかってしまったらしい。
「……あら、あんなところに?」
コリオリは、木を見上げた。
「ちょっと待ってなさいね」
そう言うと。
ひょいっ!
彼女の身体が、軽々と宙に舞った。
「うおっ!?」
思わず声が出そうになり、俺は慌てて口を押さえた。
コリオリは、木の高い枝からボールを取ると、何事もなかったように地面へ降り立った。
「はい、どうぞ!」
「わあっ! ありがとう、お姉ちゃん!」
「ふふ、気をつけて遊ぶのよ」
男の子は、うれしそうにボールを抱えて駆けていった。
コリオリも、何事もなかったように歩き去っていく。
俺は、物陰からその姿を見送った。
(へえ……嫌な奴かと思ってたけど、案外いいとこあるじゃん……)
ちょっとだけ、あの女を見直した。
***
その夜。
再び王宮の一室で、俺は能力の一覧を眺めていた。
「う~~ん……なんか、いい能力ねえかなあ~~……」
次々と現れる文字。
相変わらず、ろくでもないものばかりだ。
「これもダメ……これも使えねえ……」
だが。
「……んん?」
ある能力を見た瞬間、俺の手が止まった。
「こ、これは……!」
俺は、説明を読み直した。
「こ、これだっ! これなら勝てるかもしれん!」
ただし、問題が二つある。
「やつがスカートを履いてきてくれるか……それと……」
俺は、しばらく考え込んだ。
「……あとは、泣き落としで何とかするしかねえ!」
俺は、その能力を選択した。
***
そして、決戦の日。
王宮の闘技場には、今回も大勢の観客が詰めかけていた。
「第11姫騎士、ビューフォート様!」
審判の声とともに、一人の女性が姿を現した。
銀色の髪を揺らし、堂々と歩いてくる美しい女性。
すらりとした身体には、戦闘用の衣装。
両腕と両脚には、軽そうな防具を着けている。
そして。
(おおっ!)
俺は、思わず目を輝かせた。
(こ、こいつ、スカートを履いている!)
(これなら、勝てるかもしれん!)
防具を着けているとはいえ、見たところ、ごく普通のきれいなお姉ちゃんだ。
(な、なんだ。案外、普通の女じゃねえか……?)
そのとき。
ビューフォートが、おもむろに腕の防具を外した。
そして、何気なく地面へ落とした。
ドゴオオオオンッ!!
「うわああっ!?」
俺は、思わず飛び上がった。
石造りの床に、ひびが入っている。
「な、何だ!? 今の音は!?」
ビューフォートは、平然ともう一方の防具を外した。
ドゴオオオオンッ!!
またしても轟音。
床が、わずかにへこんだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
俺は慌てて駆け寄った。
「こ、これ、そんなに重いのか?」
試しに、床に落ちた防具を持ち上げようとした。
「ふんっ!」
……動かない。
「ぐぬぬぬぬっ!」
両手でつかみ、全力で引っ張った。
「ふんぬううううっ!!」
びくともしない。
「……な、何なんだよ、これ!」
ビューフォートは、不思議そうに俺を見下ろした。
「知らぬのか? それはクリプトンナイト製だ」
「く、クリプトンナイト?」
「鋼鉄の二千倍の密度を持つ物質だ」
「に、二千倍えええっ!?」
「普段は、これを身に着けて鍛錬している。だが、戦闘では外して全力を出すのだ」
そう言って、今度は脚の防具を外した。
ドゴオオオオンッ!!
ドゴオオオオンッ!!
床に次々とひびが走る。
(……うそだろ)
あんなものを、普段から両手両足に着けているのか?
俺なんか、一つも持ち上げられねえのに!?
ビューフォートは、すべての防具を外し終えると、軽く肩を回した。
「ふむ。やはり、身軽なのはよいな」
そして、腕を一振りした。
ビュンッ!
「うわっぷ!」
突然、つむじ風が起こり、俺の身体にぶつかった。
思わずよろめく。
「……な、何だ、今のは!?」
ビューフォートは、平然と腕を下ろした。
ただの素振り。
それだけで、風が起きたのだ。
(す、素振りでこれかよ……)
ビューフォートは、俺に向き直った。
「では、勝負といこうか?」
「ひ、ひいっ!」
こ、こいつと戦うのか!?
こんなの、殴られたら一発で死んじまうじゃねえか!
まだ手はある。
問題は、あの条件だ。
俺は、覚悟を決めた。
「あ、あのっ!」
「何だ?」
「お、お待ちください! どうか、パンツをいただけませんか!」
「な、何だと!?」
ビューフォートが、目を丸くした。
観客席も、ざわめき始めた。
「い、今、何と言った?」
「パンツだと?」
「お、お願いします! せめて、冥土の土産に……」
ビューフォートは、しばらく俺をにらんでいた。
「……ふむ。もちろん、殺しはせんが……騎士の情けだ。しばし待て」
そう言い残し、彼女は控室へと姿を消した。
(い、いいのか!?)
俺自身、無茶な願いだと思っていた。
まさか、本当に応じてくれるとは!
しばらくすると、ビューフォートが戻ってきた。
その手には、小さな袋があった。
「受け取れ」
「は、はいっ!」
俺は、両手で袋を受け取った。
「ただし!」
ビューフォートが、鋭い目で俺をにらんだ。
「決して、袋から出してはならぬぞ!」
「は、はいっ! もちろんです!」
俺は何度もうなずいた。
(よっしゃああああ!)
(これで条件はそろった!)
俺は、袋を大切に抱えた。
ビューフォートは、闘技場の中央へ戻ると、胸を張った。
「よいか、異世界人!」
「は、はい!」
「騎士道に先手なし! 存分にかかってこい!」
(おおっ!)
なんて立派な騎士様なんだ!
……ありがたく、その隙を使わせてもらうぜ!
審判が、腕を振り上げた。
「では、勝負開始!」
俺は叫んだ。
「発動!」
その瞬間。
ビュオオオオオオッ!!
「……なっ!?」
突然、ビューフォートのスカートの下から猛烈な風が吹き上がった。
「な、何だ、この風はっ!?」
スカートが激しく巻き上がろうとする。
「きゃっ!」
ビューフォートは、慌てて両手でスカートを押さえた。
(へへへ……!)
成功だ!
俺が選んだ能力。
それは、対象女性の下着を所持しているとき、その女性のスカートの下から猛烈な突風を発生させるというものだった。
しかも、相手がどこへ移動しても、風は追いかける。
そう!
あの袋を持っていれば、それでよかったのだ!
ビュオオオオオオッ!!
「くっ……! 何という風だ!」
ビューフォートは、必死にスカートの前と後ろを押さえた。
それでも、風は隙間から容赦なく吹き上がろうとする。
「ひ、卑劣な! 何をした!?」
「へへっ! ちょっと風を起こしただけさ!」
「こ、こんなもの……!」
ビューフォートが、一歩踏み出した。
すると。
ビュオオオオオッ!!
「きゃあっ!」
風は、彼女の動きに合わせてついてきた。
「なっ!? 逃れられぬのか!?」
彼女は、慌ててスカートを押さえ直した。
「くっ……! 両腕が使えぬ……!」
恐るべき怪力を持つ第11姫騎士。
巨岩を粉砕できる腕を持ちながら、その両腕をスカートから離せない。
「この私の動きを封じるとは……なんという風だ!」
その声には、驚きと怒りが入り混じっていた。
(へへへ……)
俺は、思わず笑みを浮かべた。
「さすがの姫騎士も、この風には耐えられないみたいだな!」
「お、おのれ……!」
ビューフォートは、歯を食いしばった。
何とかこちらへ近づこうとする。
だが、足を動かすたびにスカートが大きく揺れ、慌てて押さえ直すしかない。
ビュオオオオオオッ!!
「きゃあっ!」
「おおっと! 両手を離したら全部みんなに見られちゃうぜ!」
彼女の顔が、真っ赤に染まった。
「ど、どうする? 降参するか?」
「くっ……! このような卑劣な術に……!」
ビューフォートは、なおも耐えていた。
さすが姫騎士。
誇りが許さないのだろう。
だが、俺だって引き下がるわけにはいかない。
「降参しないなら、風は止まらないぜ!」
「う、うぐぐ……!」
そのとき、ひときわ強い風が巻き起こった。
ビュオオオオオオオッ!!
「きゃああああっ!!」
ビューフォートは、両手で必死にスカートを押さえ込んだ。
そして、ついに叫んだ。
「こ、降参する! 降参だあっ!!」
俺は、すぐに術を解いた。
風が、ぴたりと止まる。
「しょ、勝者、山田和也!」
審判の声が、闘技場に響き渡った。
「…………」
観客席は、またしても静まり返った。
「……何だったんだ、今のは?」
「風で……勝ったのか?」
「第11姫騎士様まで……?」
俺は、全身の力が抜けるのを感じた。
(か、勝った……!)
(また勝っちまったああああ!)
ビューフォートは、まだ顔を真っ赤にしていた。
彼女は、俺が持っている袋に目を向けた。
「まさか……その袋が……!」
俺は、慌てて袋を差し出した。
「お、お返しします! ほら、約束どおり、袋からは出してませんよ!」
「……くっ!」
ビューフォートは、袋をひったくるように受け取った。
「この卑劣漢め……!」
俺は、慌てて後ずさった。
「そ、そんなに怒らないでくださいよ! 俺だって、命が懸かってるんですから!」
「……ふんっ!」
ビューフォートは、俺を鋭くにらみつけると、足早に闘技場を去っていった。
俺は、その後ろ姿を見送った。
(ふううう……)
まったく。
何でこの世界の女は、こんなに強いんだよ。
だが。
(へへっ! 勝ちは勝ちだ!)
俺は、小さくガッツポーズをした。
***
貴賓席。
ローレンツ女王は、険しい顔で闘技場を見下ろしていた。
「ぬうううう……! ビューフォートまで敗れるとは!」
第28姫騎士エルニーニョ。
第17姫騎士コリオリ。
そして、第11姫騎士ビューフォート。
王国が誇る姫騎士たちが、次々と敗れている。
しかも、相手は脈力をまったく持たない、ただの異世界人の男だ。
女王は、傍らに控える一人の女性に目を向けた。
「……フェレル! 分かっておろうな?」
その女性は、静かに一歩前へ出た。
栗色の髪をきりりとまとめた、美しい姫騎士。
その瞳には、冷たい光が宿っている。
第3姫騎士、フェレル。
彼女の全身からは、恐ろしいほどの殺気が放たれていた。
「お任せください。このフェレルが必ずや!」
「うむ! これ以上、姫騎士に土をつけることは許さぬぞ!」
「ははっ!」
フェレルは深く頭を下げた。
女王は、再び闘技場へ目を向けた。
そこでは、山田和也が一人、間の抜けた笑顔で喜んでいる。
「よ、弱いはずなのに……!」
女王は、思わず拳を握り締めた。
「うぬぬぬぬ……!」




