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第3話 余裕の第17姫騎士

「勝者、山田和也!」


闘技場に、審判の声が響き渡った。


しかし、歓声は上がらなかった。


「卑怯者おおおっ!」


「姫騎士様に謝れええっ!」


「そんな勝ち方があるかああっ!」


観客席から浴びせられる罵声の中、俺は大きく息を吐いた。


勝った。


本当に勝っちまった。


相手は、あのでかい岩を一瞬で粉々にした第28姫騎士エルニーニョだ。


まともに戦っていたら、今ごろ俺の身体のほうが粉々になっていただろう。


(勝ちは勝ちだ! どんな手を使おうが、勝ったんだからな!)


貴賓席で、ローレンツ女王がゆっくりと立ち上がった。


「見事じゃ、異世界人よ!」


女王は、観衆を見渡して宣言した。


「女王に二言はない! そなたを解放してやろう!」


よっしゃああああ!


これでもう、姫騎士なんぞと戦わなくて済む!


そう思った、そのときだった。


「お待ちください! 女王陛下!」


凛とした声が響いた。


観客席の一角から、一人の女性が立ち上がった。


長い黒髪。


すらりと伸びた手足。


大胆に脚を見せる衣装をまとった、恐ろしく美しい女性だった。


「む? 発言を許す。申してみよ!」


「このような男に姫騎士が敗れたままでは、我らの恥! どうか雪辱の機会をお与えください!」


女王は、しばらく考え込んだ。


「コリオリよ。そなたの気持ちは分かる。しかし、妾はこの男に自由を与えると約束した。取り消すわけにはいかぬ」


おお!


さすが女王様!


約束はちゃんと守ってくれるんですね!


「……じゃが」


ん?


女王は、俺に目を向けた。


「異世界人よ。この国に住むところも仕事も何もあるまい。自由にしたとて、野垂れ死にじゃ」


「うっ……!」


た、確かに!


この世界のことなんて、ほとんど何も知らない。


自由になったところで、どうやって生きていけばいいんだ?


「そこで、そなたに新たな提案がある」


「な、何でしょう?」


「この先、姫騎士たちの挑戦をすべて退けたならば、豪邸と、一生遊んで暮らせるだけの財産を与えよう」


「な、何だって!?」


豪邸!


一生遊んで暮らせる財産!


「ただし、敗れた場合は、宮廷で姫騎士たちの慰み者として、一生を過ごしてもらう」


「ひ、ひええっ!」


俺は思わず震え上がった。


(……待てよ)


考えてみれば、負けたところで、王宮暮らしだ。


美人の姫騎士たちに囲まれて、一生を過ごす。


(う~~ん。たしかになあ。まあ、負けても王宮にいられるんだし……)


しかも、勝てば大金持ち。


悪い話ではない。


……いや、かなりいい話なんじゃないか?


「わ、分かりました! その勝負、お受けします!」


「ふふふ。よかろう!」


女王は満足そうにうなずいた。


「では、第17姫騎士コリオリとの対戦を、一週間後に執り行う!」


第17姫騎士。


エルニーニョより、十一も順位が上だ。


(……あれ?)


ひょっとして俺、とんでもない約束をしちまったんじゃ……。


「ふむ。エルニーニョに勝つには勝ったのだし、ちょっとなら褒美を取らせよう」


女王が合図すると、侍女が小さな袋を持ってきた。


中には、見慣れない紙幣がぎっしりと入っている。


「は、ははーっ!」


俺は深々と頭を下げた。


***


その夜。


王宮の一室で、俺は目の前に浮かぶ文字をにらんでいた。


異世界に召喚された俺に与えられた、奇妙な能力の数々。


ただし、一度選べば、その対戦が終わるまで変更はできない。


前回は、うっかり選んだ能力で何とか勝てた。


だが、今度もうまくいくとは限らない。


「何か……何か、役に立つ能力はないのか?」


俺は次々と現れる文字を読み進めた。


『対象女性の靴ひもを一度だけほどく』


「……いらねえ」


『対象女性に三秒間しゃっくりをさせる』


「三秒で何ができるんだよ!」


『対象女性の頭に一輪の花を咲かせる』


「俺が死ぬわ!」


ろくでもない能力ばかりだ。


しかし、次の文字を見た瞬間、俺の目が止まった。


『対象女性に強力な自己暗示をかけ、着用している衣服を、本人にだけ透明に見せる』


「……ん?」


俺は文字を読み直した。


本人にだけ、透明に見える。


つまり、周囲の人間には、普通に服を着ているように見えるわけだ。


『発動条件:対象女性に六十秒間、念を送り続けること』


『持続時間:十分間』


「ろ、六十秒……」


一分間も、あの怪物みたいな姫騎士を相手にしなければならない。


だが……。


俺は、もう一度、能力の説明を読んだ。


そして、思わず立ち上がった。


「こ、これだ! これなら勝てるかも!」


今度こそ、間違いない!


俺は迷わず、その能力を選択した。


***


翌日。


俺は王宮を抜け出し、町を歩いていた。


次の試合までは一週間ある。


ずっと部屋で震えていても仕方がない。


石畳の道を歩いていると、通りの片隅に、見覚えのあるものが並んでいるのが目に入った。


「……ラムネ?」


透明な瓶に、丸いビー玉。


どう見ても、あのラムネだ。


「おっちゃん、これ一本!」


俺は女王様からもらった小遣いを取り出し、適当に一枚差し出した。


「おいおい、これじゃおつりが出せんよ!」


「え? じゃあ、こっちは?」


俺は別の紙幣を差し出した。


「うーん。十万ダラーなら、まあ何とか……」


おっちゃんは、釣り銭を数え始めた。


(通貨が分からないってのも、不便だなあ……)


俺はラムネを受け取り、栓を押し込んだ。


ポンッ!


懐かしい音とともに、ビー玉が瓶の中へ落ちた。


ごくっ、ごくっ。


「あ~、うめー! ばあちゃんちに行ったとき、よく飲んでたんだよな、これ!」


瓶の中で、ビー玉がカラカラと鳴った。


異世界にも、こんなものがあるんだなあ。


俺はしばらく、のんびりとラムネを味わっていた。


***


そして、一週間後。


王宮の闘技場は、再び大勢の観客で埋め尽くされていた。


中央に立っているのは、第17姫騎士コリオリ。


長い黒髪を背に流し、悠然と微笑んでいる。


その前に、とんでもない大きさの岩が運び込まれてきた。


「……おいおい」


俺は思わずつぶやいた。


岩というより、小さな山だ。


コリオリは、その巨岩に片手を添えた。


「では、少しだけお見せしましょうか」


次の瞬間。


「えいっ!」


巨岩が、宙を舞った。


「はああああっ!?」


あれほど巨大な岩が、軽々と空中へ放り投げられたのだ。


岩は高々と舞い上がり、やがて落下を始めた。


コリオリは、涼しい顔で待っている。


そして。


「ふっ!」


ドゴオオオオオンッ!!


落ちてきた巨岩に、彼女の拳が突き刺さった。


いや、突き刺さったどころではない。


巨岩は、空中で跡形もなく砕け散った。


大きな破片など、一つも残っていない。


細かな砂となり、闘技場に降り注いでいく。


「うおおおおおおっ!」


「さすがコリオリ様!」


観客席が歓声に包まれた。


俺は、その場で固まっていた。


(……うそだろ)


エルニーニョだって、とんでもない怪力だった。


だが、こいつは……。


(もっととんでもねえじゃねえかあああ!)


コリオリは、手についた砂を軽く払った。


そして、俺に微笑みかけた。


「さて、勝負といきましょうか?」


「ひ、ひいっ!」


逃げたい。


今すぐ逃げたい。


だが、逃げれば負けだ。


ここまで来たら、やるしかない。


「あ、あの!」


「何かしら?」


「た、頼む! 一分だけ待ってくれ!」


「一分?」


コリオリは、少し意外そうな顔をした。


「こ、心の準備が必要なんだ! あんたみたいな化け物と戦うんだぜ!」


「ふふ、三十秒なら待つわ!」


「コリオリ様! あの男は、エルニーニョ様を破った異世界人です! 油断できません!」


闘技場の端に控えていた付き人の女性兵士が、慌てて忠告した。


コリオリは、長い黒髪を優雅にかき上げた。


「油断? 何のことかしら? これは余裕というのよ!」


そして、俺に微笑みかけた。


「三十秒よ。それ以上は待たないわ」


「へ、へいっ!」


俺は、すぐに念を送り始めた。


(頼むぞ……。今度こそ、うまくいってくれよ……!)


十秒。


二十秒。


三十秒。


「はい、おしまい!」


コリオリが、にっこり笑った。


「さあ、始めましょうか!」


審判が、勢いよく腕を振り下ろした。


「始め!」


「ひ、ひいいっ!」


俺は逃げ出そうとした。


が。


次の瞬間には、身体が宙に浮いていた。


「ぶべっ!」


背中から地面に叩きつけられた。


「ふふ、遅いわねえ」


コリオリが、悠然と近づいてくる。


(ぐっ……! あと三十秒……!)


念を送り続けろ!


絶対にやめるな!


「ほら、立ちなさい」


襟首をつかまれ、軽々と持ち上げられる。


「ひ、ひいいっ!」


ぽいっ。


「ぶべえっ!」


再び地面に転がった。


「どうしたの? エルニーニョを破った男が、その程度なの?」


(く、くそおっ! あと二十秒……!)


コリオリは、俺を片手でつまみ上げた。


「これで終わりにしましょうか?」


「ま、待ってくれえっ!」


「ふふふ。情けないわねえ」


ぽいっ。


「ぶべっ!」


今度は闘技場の中央へ投げ戻された。


(あ、あと十秒……!)


身体中が痛い。


だが、まだ生きている。


まだ念は途切れていない。


コリオリは、俺を見下ろして笑った。


「もう十分に遊んだわね」


そして、俺の身体を片手で持ち上げた。


「そろそろ、場外へ投げてあげるわ!」


(五……四……)


俺は必死に数えた。


(三……二……一……)


そして。


(終わった!)


俺は、にやりと笑った。


「おおっと! 今、俺を投げたら一生後悔するぜ!」


「……何ですって?」


「自分の服を見てみろよ!」


「何っ?」


コリオリは、何気なく自分の身体に目を落とした。


その瞬間。


「…………え?」


彼女の表情が凍りついた。


着ていたはずの服が、彼女自身の目には、まったく見えなくなっていたのだ。


「きゃああああああっ!!」


コリオリは、俺を放り出した。


そして、一瞬で闘技場の端まで飛び退いた。


「な、何!? 何が起きたの!?」


慌てて自分の身体を見回す。


だが、服は見えないままだ。


観客席は、妙な静けさに包まれた。


「……どうしたんだ?」


「さあ?」


「コリオリ様が悲鳴を……?」


俺は、ゆっくりと立ち上がった。


そして、高らかに宣言した。


「お前の負けだ! コリオリ!」


「な、何ですって!?」


「お前の服は、一生透明になる! 俺が術を解除しない限りな!」


「い、一生……!?」


コリオリの顔から、さっと血の気が引いた。


もちろん、はったりだ。


本当は十分で術が切れる。


「どうする? そのまま一生過ごすか?」


「う、うぐぐぐ……!」


コリオリは、歯を食いしばった。


「ひ、卑怯な……!」


「何とでも言え。じゃあ、一生そのままだな!」


「ま、待ちなさい!」


「ん?」


「わ、分かったわ……。どうすればいいの?」


よっしゃああああ!


かかった!


俺は、すかさず自分の上着を脱いだ。


「とりあえず、これをかけてやるよ」


コリオリの肩に、そっと上着をかける。


「あ……」


彼女は、自分の肩を見た。


上着は、ちゃんと見えている。


「こ、これは……見えるのね……」


「当たり前だろ。透明にしたのは、お前が着ていた服だけだからな」


コリオリは、ほっとしたように上着の前を合わせた。


「じゃあ、じっとしていてくれよ」


「……何をするつもり?」


「安心しろ。俺の言うとおりにすれば、術を解いてやる」


「……本当でしょうね?」


「ああ、任せとけ!」


俺は、彼女を抱きかかえた。


「きゃっ!」


「お、おとなしくしてくれ! お、重……いや、何でもない!」


世界最強クラスの姫騎士とはいえ、体重まで軽いわけじゃない。


だが、今は踏ん張るしかない。


俺はふらふらしながら、闘技場の端へ向かった。


観客たちは、ぽかんとしている。


「……何をやっているんだ?」


「山田がコリオリ様を運んでいるぞ?」


「何で抵抗なさらないんだ?」


俺は、場外との境目で立ち止まった。


そして、自分の足は内側に残したまま、コリオリだけをそっと外へ下ろした。


「よいしょっと!」


その瞬間。


「しょ、勝者、山田!!」


審判の声が響いた。


「…………」


観客席は、しんと静まり返った。


そして。


「はああああああっ!?」


大騒ぎになった。


「何だ!? 何が起きたんだ!?」


「コリオリ様が負けた!?」


「どうして!?」


俺は、場外に立つコリオリに向き直った。


「コリオリ! 安心しろ!」


「……え?」


「それは暗示だ! お前が服を透明だと思い込んでいるだけで、誰からも普通に服を着ているようにしか見えていない!」


「…………な」


「それに、あと十分もすれば術も切れる!」


「な、なにいいいいっ!?」


コリオリの顔が、みるみる赤くなった。


「だ、だましたわねえええっ!!」


彼女の拳が、ぎゅっと握り締められた。


(や、やべえ!)


あの拳を食らったら、俺なんぞ跡形もなく消し飛ぶ!


「おおっと! もう勝負はついているんだぜ! 乱闘は勘弁してくれ!」


俺は慌てて後ずさった。


「くっ……! こ、この卑怯者……!」


コリオリは、顔を真っ赤にしたまま、俺をにらみつけていた。


だが、勝負はもう決している。


俺の勝ちだ。


(よっしゃああああ! また生き延びたああああ!)


***


貴賓席では、ローレンツ女王が、じっと闘技場を見下ろしていた。


第28姫騎士エルニーニョ。


そして、第17姫騎士コリオリ。


どちらも、力ではあの男を圧倒していた。


それなのに、二人とも敗れた。


しかも、何をされたのか、観客にはほとんど分からない。


女王は、ゆっくりと目を細めた。


「コリオリまで破るとは……」


そして、小さくつぶやいた。


「一体、何の術を……?」


その美しい顔に、珍しく険しい表情が浮かぶ。


「……油断ならぬ奴じゃ!」

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