第2話 姫騎士を観察せよ!
翌日から、山田による第28姫騎士エルニーニョの観察が始まった。
(いくら強いと言ったって、人間の女だ! 何か弱点くらいあるはずだ……)
朝九時。
王宮へ登庁してきたエルニーニョを、山田は物陰から見つめていた。
(いたいた! さて、どこへ行くんだ?)
赤い髪を揺らしながら歩いていくエルニーニョ。
山田は、少し離れて後をつけた。
やがて彼女は、大きな建物へ入っていった。
『王宮図書館』
(ふ~~ん。図書館ねえ……)
山田も中へ入ってみた。
高い天井まで本棚が並び、分厚い本がぎっしりと詰まっている。
(そういや、俺には文字も言葉も全部日本語に見えるけど、本当は違うのかもしれねえな……)
そんなことを考えながら、エルニーニョの姿を探した。
(……いた!)
彼女は窓際の机に座り、分厚い本を読んでいた。
山田は近くの本棚に隠れ、そっと表紙を覗き込んだ。
『ビヤークネス王国史』
(へえ……)
エルニーニョは熱心にページをめくっている。
やがて、その本を閉じると、別の一冊を取り出した。
『刀剣の成り立ちとその変遷』
(ずいぶん真面目なこって……)
山田も近くの椅子に腰を下ろした。
(ま、しばらく見張ってみるか……)
…………。
…………。
「……はっ!」
山田は、がばっと顔を上げた。
(い、いけねえ! 居眠りしちまった!)
慌てて周囲を見渡す。
(……あれ?)
エルニーニョの姿がない。
(ど、どこへ行きやがった!?)
山田は受付へ駆け寄った。
「あ、あの! 赤い髪の姫騎士さん、どこへ行ったか知りませんか?」
受付の男性は、にこやかに答えた。
「ああ、エルニーニョ様でしたら、お食事に行かれたはずですよ」
「食事?」
「はい。普段は九時から十一時半までこちらで勉学に励まれ、十三時までは昼休み。その後は鍛錬場へ向かわれます」
「へ、へえ~! ずいぶん詳しいんだな!」
「いえ、姫騎士様方は、皆様だいたい同じように過ごされますので」
「ふ~ん……」
山田は、ふと思いついて尋ねた。
「ところでさ、姫騎士なんて軍隊があるってことは、この国、戦争でもしてるのか?」
「いえいえ。王国が統一されて以来、三百年間、大きな戦乱などありませんよ」
「へえ! そりゃ平和でいいな!」
「ただ、時折起こるテロなどに備える必要はありますからね」
「テロ?」
「ええ。そのため、国内でも特に優れた強者を姫騎士として厚遇しているのです」
「なるほどねえ……」
「強い者が不満を抱かず、国を守ってくださる。それも平和の秘訣ですな」
「へえ~。うまくできてるもんだな!」
山田は受付の男性に礼を言った。
(さてと……鍛錬場でも覗いてみるか)
* * *
『姫騎士鍛錬場』
山田は、建物の入口から中を覗き込んだ。
「おい! そこの男!」
「ひっ!」
受付に座っていた男性が、山田を睨みつけた。
「ここは姫騎士様方の鍛錬場である! 我ら、か弱き男の立ち入りは許可されておらん!」
「い、いや、その……」
「む? お主、もしや、例の異世界人か?」
「は、はい! 山田です!」
「何だ。それなら話は別だ。入ってよいぞ」
「えっ? いいんですか?」
「うむ。ただし、うっかり死んでも責任は取れんからな」
「……し、死ぬ?」
「まあ、気をつけることだ」
受付の男性は、何事もなかったように帳簿へ目を戻した。
(……何だよ、その物騒な注意は)
山田は、おそるおそる鍛錬場へ足を踏み入れた。
そこには、信じられない光景が広がっていた。
「はああっ!」
ドゴオオオン!
巨大な岩が砕け散る。
「まだまだあっ!」
ズバアアン!
別の女性が、巨大な鉄球を片手で弾き飛ばした。
「そっちは残像だ! くらえっ!」
「甘いっ!」
ドゴオオン!
女性たちが空高く飛び上がり、目にも留まらぬ速さで拳を交えている。
(こ、こいつら……)
(に、人間じゃねえ!)
しかも、どの女性も驚くほど美しかった。
すらりとした長身の美女。小柄でかわいらしい女性。優雅な身のこなしの、落ち着いた雰囲気の女性。
その細い腕で岩を砕き、鉄球を投げ飛ばしている。
(何なんだよ、この世界……)
そのときだった。
「はあっ!」
バゴオオオオン!
鍛錬場の中央で、巨大な岩が砕け散った。
その破片の一つが、山田めがけて飛んできた。
「……へ?」
「お、おい! 異世界人! 逃げろおおっ!」
入口のほうから、受付の男性の叫び声が響いた。
「ぎゃあああああっ!」
ズガアアアン!
岩の破片は山田のすぐ脇を通り抜け、背後の壁を吹き飛ばした。
「ひ、ひいいいいっ!」
「おい! 今だ! 早く入口へ戻れ!」
山田は転がるように駆け出した。
受付まで戻ると、男性が呆れたように言った。
「な? 言ったであろう。あんなものに巻き込まれたら、俺たちでは死んでしまうぞ」
「た、確かに……」
山田はがくがくと震える膝を押さえた。
(……姫騎士なんかと戦って、本当に大丈夫なのかよ……)
そのとき、鍛錬場の奥から、見覚えのある赤い髪の女性が歩いてきた。
(……ん?)
(エルニーニョだ!)
彼女は他の姫騎士たちに軽く手を振ると、そのまま出口へ向かっていった。
「なあ、あいつ、どこへ行くんだ?」
「おい! 様をつけろ! エルニーニョ様だ!」
「あ、ああ。エルニーニョ様は、どちらへ?」
「いつも十六時になると、ご自宅へ戻られる」
「へえ……」
「その後、こちらへ戻られることもあれば、そのままお帰りになることもあるな」
「ふ~ん……何やってるんだろうなあ?」
「さあな。戻られるときは、お召し替えを済まされていることもあるが」
「ふ~~ん……」
山田は時計を見た。
ちょうど十六時だった。
(……毎日、四時ねえ)
* * *
その夜。
「あ~~あ。結局、何にも収穫はなかったなあ……」
山田は王宮の自室で、ベッドに寝転がっていた。
「あいつらがバケモンだってことが、よ~く分かっただけだ!」
ため息をつく。
「それにしても、俺の能力もなあ……」
山田の目の前には、例の半透明の画面が浮かんでいた。
『能力一覧』
『五分間念を送り続けると、対象女性が背中をかいてくれる』
『対象女性の食べ物の好みを少しだけ変えられる』
『十分間集中すると、対象女性の腕力を半減させられる』
「腕力半減って……あんなバケモンの半分でも、俺より何倍も強いじゃねえか!」
山田は画面を指でなぞった。
しばらくすると、表示されている能力が入れ替わった。
「おっ? また変わったぞ!」
新しい項目を眺める。
『対象女性に、指定した過去の日時からの行動を再現させる』
『使用可能回数:三回』
「……ん?」
山田が画面を覗き込んだ、そのときだった。
ぽんっ!
軽い音がした。
ほかの項目が、すべて消えた。
「……あれ?」
画面には、一つの能力だけが残っていた。
『選択完了』
「……え?」
山田は慌てて画面を叩いた。
「お、おい! ちょっと待てよ!」
何度押しても、表示は変わらない。
「う、うそだろ!? 間違って選んじまったのか!?」
画面の下に、小さな文字が浮かんだ。
『次の試合終了まで変更できません』
「な、なんだってえええっ!」
山田は頭を抱えた。
「くっそ~~! 過去の行動を再現させるって、何だよ!」
ベッドに倒れ込む。
「あんなバケモン相手に、こんなもんでどうやって戦えっていうんだ……」
しばらく天井を見つめていた山田だったが、やがて、むくりと起き上がった。
「……待てよ」
顎に手を当てる。
「過去にやったことを、もう一回やらせる……?」
山田は考え込んだ。
「……ふ~ん」
そして、小さくつぶやいた。
「まあ、何もないよりはましか……」
* * *
それから数日間、山田はエルニーニョの後をつけ続けた。
朝は図書館。
昼からは鍛錬場。
そして、十六時になると自宅へ戻っていく。
しばらくして鍛錬場に戻ってくる日もあれば、そのまま姿を見せない日もあった。
(……今日も四時か)
山田は、エルニーニョが自宅へ入っていくのを遠くから見つめた。
別の日には、髪をきれいに整え、着替えを済ませたエルニーニョが、夕方の鍛錬場へ戻ってきた。
(……ずいぶん身だしなみに気を使う女だなあ)
山田は、しばらくその姿を眺めていた。
(……もしかして……)
何かを考えかけて、首を振る。
「……ま、いいか」
あと何日もない。
試合の日は、刻一刻と近づいていた。
* * *
そして、一週間後。
王立闘技場には、大勢の観客が詰めかけていた。
「第28姫騎士エルニーニョ様のご登場です!」
わあああああっ!
大歓声の中、赤い髪の美女が悠然と姿を現した。
軽やかな鎧をまとい、その腰には立派な剣が下がっている。
エルニーニョは観客に手を振ると、闘技場の中央へ進んだ。
「続きまして、異世界人、山田和也!」
ぱらぱらぱら……。
まばらな拍手が起こった。
「…………」
山田は、引きつった笑顔で手を振った。
(……くっそ~。ずいぶんな人気の差だな……)
両者が向かい合う。
エルニーニョは、山田を見下ろして不敵に笑った。
「おい、異世界人」
「な、何だよ……」
「これから、おまえを倒す。わたしがそう言った以上、おまえの敗北は絶対だ!」
「…………」
「どんな負け方がいい? 少しは手加減してやってもよいぞ」
「へ、へっ……」
山田は、無理やり笑顔を作った。
「勝負なんて、やってみなきゃ分からねえぜ!」
「ほう?」
エルニーニョは楽しそうに笑った。
「なかなか威勢がよいな。気に入ったぞ!」
審判が右手を上げた。
「両者、構え!」
山田は、ぎこちなく拳を握った。
(……頼むぜ……)
(何とか、うまくいってくれよ……!)
「始めっ!」
その瞬間。
エルニーニョが消えた。
「……え?」
次の瞬間には、山田の右腕が背中へねじ上げられていた。
「いででででっ!」
「ふふふ。どうした? もう終わりか?」
「ま、待て! ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「む?」
エルニーニョは山田を軽々と持ち上げた。
「それっ!」
「ぶべっ!」
山田は地面に叩きつけられた。
「ぐえええ……!」
「ふむ。やはり、普通の男と変わらぬな」
エルニーニョは腰に手を当てた。
「女王陛下からは、お前の未知の力を見届けるよう命じられておる」
「…………」
「さあ、何かあるなら見せてみろ!」
「……い、いいのか?」
「無論だ!」
エルニーニョは胸を張った。
「どんな術でも、使ってみるがよい!」
「……よ、よし!」
山田はよろよろと立ち上がった。
(……頼むぞ!)
エルニーニョへ向かって、右手を突き出す。
「き、昨日の十六時三十分!」
「……む?」
その瞬間。
エルニーニョの右腕が、すっと持ち上がった。
「……ん?」
手を丸く曲げ、口元へ運ぶ。
そして、何かを飲むような仕草を始めた。
「…………」
山田は、ぽかんと口を開けた。
(……お、お茶?)
エルニーニョも驚いていた。
「な、何だ!? 身体が勝手に……!」
しばらくすると、その動きは止まった。
「…………」
「…………」
観客席から、くすくすと笑い声が漏れた。
「何だ、あれ?」
「お茶を飲んでるのか?」
「変な術ねえ!」
エルニーニョは自分の右手を見つめた。
「……ふむ。妙な術を使うのだな」
そして、山田に向かって笑った。
「だが、その程度では私には勝てぬぞ!」
「くっ……!」
(……昨日は、お茶かよ!)
山田は歯を食いしばった。
「な、ならば……!」
再び右手を突き出す。
「おとといの十六時三十分!」
エルニーニョの身体が、再び勝手に動き始めた。
今度は、目の前にある何かを指先でつまみ、口へ運んでいる。
「……ん?」
もぐもぐ。
もぐもぐ。
「…………」
(……お、お菓子!?)
観客席から、どっと笑い声が上がった。
「あははははっ!」
「姫騎士様がお菓子を食べてるぞ!」
「何だ、あの間抜けな術は!」
山田は、がっくりとうなだれた。
(くっそ~~! お菓子なんか食ってんじゃねえよ!)
やがて、エルニーニョの動きが止まった。
彼女は肩をすくめた。
「ふふふ。なるほど、面白い」
「…………」
「どうやら、私に妙な動きをさせられるようだな」
エルニーニョは、山田に向かって人差し指を立てた。
「もう一度だけ試してみるがよい」
「……え?」
「ただし、それが終わったら、今度こそ決着をつけるぞ!」
その声には、絶対的な自信が満ちていた。
「…………」
山田は、ごくりと唾を飲み込んだ。
(……あと一回)
(これで駄目なら……)
震える右手を、ゆっくりと持ち上げた。
「み、三日前の……」
エルニーニョは、余裕の笑みを浮かべている。
「ふふふ。無駄なあがきを……」
「十六時三十分!」
その瞬間だった。
「……む?」
エルニーニョの両手が、自分の鎧へと伸びた。
「……ん?」
留め具を外し始める。
かちゃり。
「…………」
エルニーニョは、自分の手を見つめた。
「……な、何だ?」
かちゃり。
また一つ、留め具が外れた。
「……おい」
彼女の顔色が変わった。
「お、おい! 待て!」
鎧が地面に落ちた。
がしゃん!
観客席がざわめいた。
「……え?」
「姫騎士様?」
エルニーニョの手は止まらない。
「ま、待て! 私の身体! 何をしておる!」
今度は服の留め具に手がかかった。
「ま、まさか……!」
エルニーニョの顔が、一瞬で真っ赤になった。
「こ、これは……!」
山田も目を見開いた。
(……お、おおっ!?)
彼女は必死に腕を押さえつけた。
「ぐ、ぐぬぬぬぬっ!」
しかし、止まらない。
「こ、この前の入浴時間ではないかああっ!」
観客席が静まり返った。
「…………」
「…………」
エルニーニョは、必死に自分の腕を押さえていた。
「と、止まれ! 止まらぬか!」
それでも、身体は勝手に服を脱ぎ続ける。
「ぐぬぬぬぬっ!」
山田は、呆然とその様子を眺めていた。
(……す、すげえ)
(あの怪力でも、自分の身体を止められねえのか……!?)
エルニーニョは、ついに上着を脱ぎ捨てた。
「ひ、ひいいいいっ!」
さらに、ズボンにも手がかかる。
「や、やめろ! やめてくれええっ!」
彼女は涙目になりながら、必死に抵抗した。
だが、自分の腕の力に逆らえない。
「うぐぐぐぐ……!」
そして。
ついに下着へ手が伸びた、そのとき。
「ひいいいっ! こ、降参するうううっ!」
エルニーニョが叫んだ。
「降参じゃ! 降参する! 早く術を解いてくれええっ!」
「わ、分かった! 分かったから!」
山田も慌てた。
「ど、どうすりゃいいんだ!? や、やめ! 止まれえっ!」
すると。
ぴたり。
エルニーニョの動きが止まった。
「……あ」
彼女は、おそるおそる両手を動かした。
右へ。
左へ。
「……も、戻った……!」
次の瞬間。
「きゃああああああっ!」
エルニーニョは脱ぎ捨てた服を抱えると、目にも留まらぬ速さで闘技場から姿を消した。
後には、山田だけが残された。
「…………」
審判は、しばらく呆然としていた。
「え、え~と……」
観客席を見渡す。
「……だ、第28姫騎士エルニーニョ、降参につき……」
そして、おそるおそる右手を上げた。
「しょ、勝者! 山田和也!」
…………。
一瞬の静寂。
そして。
「卑怯者おおおっ!」
「姫騎士様に謝れええっ!」
「恥知らずうううっ!」
闘技場は、猛烈なブーイングに包まれた。
「…………」
山田は、観客席を見上げた。
罵声が雨のように降り注いでくる。
「へっ……」
山田は、口元を歪めた。
(何とでも言いやがれ……)
(こっちは、かすっただけで死ぬようなパンチを食らうかもしれねえんだぜ!)
山田は、ふらつく足で闘技場の出口へ向かった。
* * *
最上階の貴賓席。
ローレンツ女王は、玉座から身を乗り出していた。
「…………」
傍らに控える侍従長も、言葉を失っている。
「じょ、女王陛下……」
「……うむ」
ローレンツは、ゆっくりと背もたれに身を預けた。
「まさか……あのような恐ろしい力を秘めていたとはのう……」
女王は、闘技場を去っていく山田の背中を見つめた。
「……侮れん」
あと、ちょっとで、すっぽんぽんだったのに!
つぎこそは、、、




