連絡がこない数日
弥生から連絡が来ない日が続いていた。以前なら数日おきに何かしらの頼み事や報告があったはずだが、今週に入ってからは特にそれもない。教室ですれ違うことはあっても、会話は「おはよう」程度で終わることが多かった。
朝、教室に入ると、弥生が友人たちと修学旅行の話で盛り上がっているのが目に入った。以前なら、こういう朝の時間に「深水くん、ちょっといい?」と声をかけられることがよくあった。今日はそれもなく、弥生はこちらに気づく様子もないまま、笑い声を上げている。俺はいつも通り自分の席に着き、授業の準備を始めた。
「更科さん、最近クラス委員のことで何か言ってきた?」
班のメンバーの一人が、ふと思い出したように聞いてきた。
「特には」
「そっか。落ち着いたんだな」
「まあ、な」
それだけの会話だった。休み時間になると、教室はいつも通りの賑やかさで満ちる。弥生の席の周りには友人たちが集まり、次の授業の課題や、放課後の予定について話す声が聞こえてきた。以前なら、その輪の端の方から「深水くん」と呼ばれることもあったが、今日はそれもなかった。俺の席の近くでは、別の男子生徒が「次の小テスト範囲どこまでだっけ」と聞いてきて、それに答える程度のやり取りで休み時間が過ぎていった。
昼休み、机で弁当を広げようとしたところで、結菜が声をかけてきた。
「深水くん、購買行こ」
「弁当あるけど」
「知ってる。でも、パン一個くらい追加で買いたい気分」
「じゃあ一人で行けばいい」
「一人だと売り切れの列で心折れるタイプなの。一緒に来て」
理由になっているのかいないのか判断がつかないまま、俺は弁当を鞄にしまい直して立ち上がった。廊下はすでに購買へ向かう生徒でごった返している。
「今日、あんぱん残ってるかな」
「人気なのか、それ」
「深水くん知らないの? 三限終わったらもうなくなってること多いんだよ」
「そんな情報、把握してなかった」
「食べ物の情報だけは把握しなくていいと思う」
「情報の取捨選択が下手なだけだろ、それ」
「うるさい」
結菜は笑いながら少し早足になった。購買の前まで来ると、案の定、列ができていた。十人近くが並んでいて、前に進む気配はゆっくりとしている。結菜は背伸びをしてケースの中を覗き込みながら、その場で足踏みするように体を揺らしていた。
「並ぶの、地味に時間かかるよな」
「うん。でも、これも含めて楽しみだから」
列の後ろから、他クラスの生徒たちの話し声が聞こえてくる。誰かが「今日カレーパン売り切れてたわ」とぼやいている声に、結菜が「え、まだあるといいけど」と小さく反応した。俺は列の進み具合を目で追いながら、特にすることもなく、結菜の隣に立っていた。
「あった、まだ残ってる」
「よかったな」
「深水くんは何か買わないの?」
「特に欲しいものはない」
「じゃあ荷物持ち係で」
「都合よく使われてる気がする」
「気のせい気のせい」
「毎回それで押し切るよな」
「押し切られてくれる深水くんも大概だと思う」
列は思ったより早く進んだ。結菜は順番が来るとあんぱんを一つ買い、袋を受け取りながらこちらを振り返る。
「はい、荷物持ち係、お疲れ様」
「何も持ってないけど」
「気持ちの問題」
そんなやり取りをしながら、二人で教室へ戻る廊下を歩いた。特に急ぐ理由もなく、ゆっくりとした足取りだった。廊下の窓からは、校庭で体育をしているらしいクラスの声が聞こえてくる。途中、結菜が袋からあんぱんを一口かじって、満足そうに息を吐いた。
「深水くんも今度買えばいいのに」
「気が向いたら」
「その言い方、絶対買わない人の言い方だ」
「よくわかったな」
「毎回言うことが同じだから」
「毎回聞いてくる方が悪い」
「それは深水くんが悪い」
「理屈になってない」
「なってなくていいの」
結菜はくすりと笑って、それ以上は何も言わなかった。廊下の途中、すれ違った他クラスの生徒たちが、何気なく俺たちを見て何か言い合っているのが視界の端に入ったが、特に気にする様子もなく、結菜はそのまま歩き続けた。
教室に戻ると、廊下で別れた班のメンバーが「おかえり」と声をかけてくる。俺は自分の席に着き、鞄から弁当を取り出した。特別なことは何も起きていない、いつも通りの昼休みだった。
放課後、教室に人がまばらになった頃、俺は鞄の中を整理していた。プリント類を仕分け、提出物のチェックリストを確認する。ふと、内ポケットに入れていたメモ帳が目に入った。取り出してめくると、修学旅行中に書き込んだメモの続きに、最近の予定がいくつか書き加えられている。写真台紙の締切、班のアンケート集計。日々のことが、いつの間にか自然にこのメモ帳に集約されるようになっていた。
ページをめくる手を止め、少し前に書いた日付のところに視線が留まる。何を思って書き足したのかも思い出せないような、ただの備忘録だった。
メモ帳を閉じて、鞄の内ポケットに戻す。窓の外では、部活動の掛け声が遠くに響いていた。
鞄を持って教室を出る。廊下はすっかり静かになっていて、窓から差し込む夕方の光だけが、床に長く伸びていた。昇降口まで歩く間、すれ違う生徒はほとんどいなかった。




