一段落
昼休みが終わりかけた頃、廊下で弥生と鉢合わせした。
「あ、深水くん」
「更科」
弥生は手にしていたファイルを軽く持ち直しながら、こちらに近づいてきた。
「この前のお願いの件、日程、私の方で決めたよ。備品も確認できた」
「そうか」
「ちゃんと言われた通り、自分で見て決めたから。安心して」
弥生はそう言って、特に気負った様子もなく笑った。以前なら、こういう報告自体をされたことがなかった。決めた結果だけを事後で伝えられるか、あるいは最初から丸ごと任されるか、そのどちらかだった。
「リストの残りは?」
「あとで送る。日程と備品の確認欄、深水くんの分は空けといたから」
「確認欄」
「うん。前に言われたから、今回はちゃんと分けた」
弥生はそれだけ言うと、ファイルを抱え直して、生徒会室の方へ歩いていった。俺はその後ろ姿をしばらく見送りながら、拍子抜けするような、それでいてどこか落ち着かないような感覚を覚えていた。何かを求めていたわけではなかったはずなのに、あっさり応じられると、それはそれで戸惑いが残る。
放課後、教室に残っていると、柏木が顔を出した。
「深水、いる? ちょっといいか」
「なんだ?」
「修学旅行実行委員の後処理、そろそろ最終集計しないとって話になってて。写真台紙と感想文、全部揃ったよな?」
「揃った。昨日の時点で全班分」
「さすがだな。じゃあ、集計だけ今日中にやっちまうか」
女子メンバーも荷物を持ってやってきて、机を寄せ合った。四人分の提出物が机の上に並ぶ。
「これ、班ごとに仕分けるんだっけ」
「いや、まず写真台紙と感想文、別々に分けてから、班番号順に並べる。そのあと台紙に貼る順番決める」
「了解」
いつもなら、この作業を最初から最後まで一人で抱えていたはずだった。今回は、柏木と女子メンバーが手を動かし始めるのを見て、俺は少し考えてから口を開いた。
「写真台紙の仕分けと、感想文の仕分け、別々にやった方が早いと思う。柏木は写真、そっちは感想文、俺は班番号の照合やる」
「お、いいね。それで進めよう」
柏木はすぐに頷いて、写真台紙の束を引き寄せた。これまでなら、自分で全部の作業を組み立てて、他のメンバーには最後にまとめて渡すだけだった。役割を先に分ける、という発想は、これまであまり使ったことがなかった。
「これ、貼る順番って決まりあるんだっけ」
柏木が写真をめくりながら聞いてきた。
「班番号順。あと、集合写真は先頭に置く指定があったはず」
「集合写真、どれだ」
「一番上のやつ。班全員写ってるの」
「ああ、これか。了解」
女子メンバーも感想文の束をめくりながら、時々声を上げた。
「これ、字が薄くて読みにくいんだけど」
「誰の班?」
「三班」
「三班のやつ、あとで一言聞いとく。読める字で出し直してもらう」
「深水、そういうのまで気づくんだ」
「気づくっていうか、前にも同じことあったから覚えてただけ」
三人で手を動かすうちに、作業は思ったより早く進んだ。柏木が写真台紙を並べ終える頃、女子メンバーの方も感想文の仕分けが終わりに近づいていた。
「深水、班番号の照合、そっちどう?」
「あと二班分」
「早いな」
「単純作業だから」
しばらくして、女子メンバーが最後の一枚を束に加えながら言った。
「これで写真台紙、全部貼り終わった」
「感想文もこっちで束ねた」
「じゃあ、俺の方の照合も終わってる。あとは職員室に出すだけだ」
柏木が伸びをしながら言った。
「これで修学旅行実行委員としての仕事も、一段落つきそうだな」
「一段落、って感じだな」
「まあ、また何かあったら集まることになるかもしれないけど」
「そうだな」
はっきりしたことは、誰にも言えなかった。ただ、今日の作業がひとまず終わったことだけは確かだった。柏木と女子メンバーは荷物をまとめ、それぞれ帰り支度を始めた。
「じゃあ、また何かあったら」
「ああ」
三人が教室を出ていくのを見送ってから、俺も鞄を持ち直した。
昇降口を出ると、結菜が下駄箱のところで待っていた。
「今日、遅かったね」
「実行委員の後処理があった」
「終わった?」
「今日の分は」
「そっか」
結菜はそれだけ言うと、隣を歩き出した。特に感想を述べるでもなく、ただ横にいるだけだった。
「今日、役割分担して進めたんだ。柏木に写真、女子に感想文、俺は照合」
「へえ」
「いつもは全部一人でやってたから、ちょっと変な感じだった」
「そう」
結菜の反応はそれだけだった。俺はそれ以上詳しく説明することもなく、二人でそのまま歩き続けた。夕方の空気は、少しずつ涼しさを増している。
「明日も遅くなりそう?」
「多分、今日ほどではない」
「じゃあ、また明日」
校門のところで、結菜はいつも通り手を振って、反対方向へ歩いていった。俺はしばらくその背中を見送ってから、自分の帰り道を歩き出した。役割を分ける、という今日の小さな選択が、良かったのか悪かったのか、まだ判断はつかなかった。ただ、いつもより少しだけ、肩の荷が軽い気がした。




