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頼み方の違い

 朝のホームルーム前、教室はまだ半分ほどしか埋まっていなかった。俺は昨日のうちにまとめた提出物リストを片手に、まだ写真台紙を出していない班のところへ向かった。リストには、班番号と提出状況が一覧になっている。すでに丸がついている班が大半だが、二班分だけ空欄のままだった。


「おはよう、写真台紙どうなってる?」


 一班の男子は「あ、それ持ってきた」と即座に鞄から取り出した。俺はリストにその場で丸をつける。


 もう一班に声をかけると、班員の一人が気まずそうに視線を逸らした。


「すまん、今日じゃなかったっけ」


「昨日までだった」


「マジか」


 隣にいた同じ班の女子が、呆れたように口を挟んだ。


「言ったじゃん、昨日締切だって」


「忘れてた」


「今日中でもいい?」と、忘れていた本人が俺に聞いてきた。


「今日の帰りまでには」


「わかった、放課後までに」


 俺はリストの該当欄に「本日中」と書き足した。集計作業がその分、一つ後ろ倒しになる。誰かに頼まれてやっているわけではない。ただ、誰かがやらなければ回らないから、気づけば自分がやっている。この作業を、俺以外の誰かがやっている場面を、これまで一度も見たことがなかった。


 朝のチャイムが鳴る直前、さっき忘れていた男子が慌てた様子で戻ってきた。


「あ、深水、写真台紙、部活のロッカーに置きっぱなしだったの思い出した。放課後じゃなくて、今から取ってきていい?」


「授業始まるから、無理はしなくていい。放課後でいい」


「そっか、悪い」


 俺はリストを閉じて席に着いた。特に結論を出すこともなく、次の授業の準備に頭を切り替える。


 昼休み、スマホに弥生からのメッセージが届いた。


『例のお願い、確認したいことあったら聞いて』


 俺はしばらく画面を見つめたまま、返信の文面を考えていた。昨日まとめておいた項目をそのまま送るか、あるいは要点だけに絞るか。結局、昨日の項目をそのまま文章にして送ることにした。日程の候補、必要な備品、確認すべき先生の名前。打ち終えた文面を、送信する前にもう一度読み返す。特に問題はなさそうだったが、指が少しの間、送信ボタンの上で止まった。


 送った。


 返信は数分後に届いた。


『日程は候補のどれでもいいよ』


『備品は多分学校にあると思う』


『先生には私から言っとく』


 三つに分けて送られてきたメッセージには、どれも大まかな答えが並んでいた。「多分」「どれでも」という言葉を、俺はもう一度画面の上でなぞるように読んだ。


 これまでなら、ここから先の細かい調整も、自分で全部詰めて終わらせていたはずだった。備品が本当に学校にあるのか、確認せずに進めていいのか。日程の候補のうち、どれが一番現実的なのか。


 俺は少し考えてから、返信を打ち始めた。打っては消し、また打ち直す。何度目かで、ようやく指を止めた。


『備品、本当に学校にあるか確認してから決める。日程も、候補のうちどれがいいか、更科が一度見て決めてほしい。俺だけじゃ判断できないところがある』


 送信ボタンを押す前に、一瞬だけ手が止まった。これまでの自分なら、こういう文面は書かなかっただろう。「わかった、こっちで進めとく」の一言で片付けていたはずだ。それでも、指はそのまま送信を押した。


 しばらくして、弥生から返信が来た。


『そっか、わかった。ちゃんと見るから、リスト作って送ってくれる?』


『了解』


 短いやり取りだったが、俺はスマホをしまいながら、送信前に指が止まった、あの一瞬のことを思い出していた。


 放課後、教室で提出物の集計をしていると、結菜が机の横に立った。


「深水くん、これ持ってくれる?」


 差し出されたのは、学級文庫の返却用の本が数冊と、委員会からの配布プリントの束だった。


「重いだけだろ、これ」


「そう、重いだけ。でも持ってほしい」


 俺は特に断る理由もなく、それを受け取った。結菜は空いた両手で自分の鞄を持ち直し、先に歩き出した。


「職員室まで運べばいいのか」


「うん、お願い」


 歩きながら、結菜はそれ以上何も説明しなかった。頼んだことについて、恐縮するでも、必要以上に礼を重ねるでもなく、ただ「お願い」とだけ言って、それで完結していた。


 職員室の前で荷物を渡すと、結菜は軽く頭を下げた。


「ありがとう。助かった」


「別に、大したことじゃない」


「うん。でも、ありがとう」


 それだけ言うと、結菜は職員室の中へ入っていった。俺はしばらくその場に立ったまま、今渡された「ありがとう」の一言と、さっき自分が送った「俺だけじゃ判断できない」という文面を、なんとなく思い返していた。何が違うのかは、まだわからなかった。ただ、その二つの言葉だけが、妙に頭の中に残っていた。

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