↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/23

埋まらない空白欄

 下駄箱を出ると、結菜はまだ少し先で待っていた。夕方の空気は昼間よりいくらか涼しく、下校中の生徒たちの声が校庭の方から流れてくる。


「遅い」


「点呼の癖で、鞄の中身つい確認しちゃうんだよ」


「几帳面すぎ」


「これでも短くしてる方」


 そんな会話をしながら、二人で校門まで歩いた。校庭では運動部がまだ声を出して練習を続けていて、その掛け声が遠く聞こえてくる。途中、結菜が急に立ち止まって、道端に咲いている花を指差した。


「これ、なんて花だろ」


「知らない」


「深水くんでも知らないことあるんだ」


「植物は専門外」


「じゃあ何が専門?」


「段取りとチェックリスト」


「それ専門って言う?」


 結菜はくすりと笑って、また歩き出した。特に用事があるわけでもなく、ただ同じ方向に帰る、という程度の時間だった。信号待ちの間、結菜は鞄の持ち手をいじりながら、ふと思い出したように言った。


「そういえば、明日提出物あったよね。写真台紙」


「まだ集まってない班、二つある」


「え、大丈夫なの」


「明日の朝までに催促する。多分間に合う」


「多分、って珍しいね。深水くんにしては」


「珍しくはない。予定より遅れてるのは事実だから」


「じゃあ、催促するの手伝おうか」


「別にいい、俺がやること」


「そう言うと思った」


 結菜は肩をすくめて、それ以上は食い下がらなかった。信号が変わり、二人は横断歩道を渡った。校門を出たところで、結菜は「じゃあまた明日」と手を振り、反対方向へ歩いていった。俺はしばらくその背中を見送ってから、自分の帰り道へと向かった。


 翌日の昼休み、弥生が教室にやってきて、俺の机に一枚の紙を置いた。周りではまだ何人かの生徒が弁当を食べている時間だった。


「これ、例のお願いの資料。大まかにまとめたから、あとよろしく」


「大まかって、どのくらい」


「うーん、方向性だけ。深水くんならうまく形にしてくれるでしょ」


 紙を見ると、確かに大枠のメモ程度で、日程や必要な準備物の細かい部分は空欄のままだった。項目名だけが並び、中身は「未定」「後で」といった走り書きで埋められている。


「これだけだと、詰めなきゃいけないところが結構ある」


「そこはお願い。私、今日この後生徒会だから」


「今日中に全部聞きたいことあったんだけど」


「あ、ごめん、時間ないや。またメッセージで送っといて。返せるときに返すから」


 弥生はそう言うと、俺の返事を待たずに教室を出ていった。俺は机に残された紙を見つめながら、赤ペンを取り出し、空欄になっている項目を一つずつ書き出していく。日程の候補、必要な備品のリスト、確認すべき先生の名前。書き出すほどに、空欄の多さが目立ってくる。


「今日のお昼、それ?」


 隣の班の女子が通りがかりに紙を覗き込んだ。


「更科さんの資料。方向性だけ渡されて、細かいのはこっちで詰める感じ」


「大変そうだね」


「まあ、いつものことだから」


「深水くん、いつもそう言うよね」


 そう指摘されて、俺は少し手を止めた。いつものこと、という言葉が、思ったよりすんなり出てきたことに、自分でも少し引っかかった。頼まれているのか、それとも、頼まれる前提で動くのが当然になっているのか。考えても、はっきりした答えは出なかった。昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、俺は資料を机の中にしまった。


 放課後、教室に残って資料の空欄を埋めていると、結菜が通りかかった。廊下側の窓からは、部活動へ向かう生徒たちの声が聞こえてくる。


「まだ帰らないの?」


「もうちょっとで終わる」


「それ、更科さんの?」


「ああ」


 結菜はそれ以上、資料の中身には触れなかった。空いている席に鞄を置いて座り、何をするでもなく、時々こちらの手元をちらりと見ている。窓の外の日はゆっくりと傾いていき、教室に差し込む光の角度が、さっきより少し赤みを帯びてきていた。廊下を歩く生徒の足音や、遠くの部活の声が、時折思い出したように聞こえてくる以外、教室はほとんど物音がなかった。ペンを走らせる音だけが、その静けさの中で規則的に続いていた。


「今日、遅くなりそう?」


「あと少し」


「じゃあ待ってようかな」


「待たなくていい、別に急ぐようなことじゃないし」


「うん、知ってる。でも待つ」


 結菜はそう言うと、鞄からペットボトルを一本取り出し、机の端にことりと置いた。


「差し入れ。飲んで」


「悪い」


「別に。喉渇いてそうだったから」


 俺は蓋を開けて一口飲んだ。冷たさが少し落ち着く感覚があった。空欄だった資料に、最後の項目を書き足す。書き終えたところで、結菜が立ち上がった。


「終わった?」


「あと確認だけ」


「じゃあ、一緒に帰ろ」


「勝手についてくる気だっただろ」


「ばれた?」


 結菜は悪びれずに笑うと、鞄を持ち直した。俺は書き終えた紙を封筒にしまいながら、さっきの「いつものこと」という自分の言葉が、まだ頭の隅に残っていることに、改めて気づいていた。

______________________________________


登場人物所属の修正です


弥生:生徒会。クラス委員。美化委員。修学旅行実行委員

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。