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手伝う理由

 修学旅行から戻った翌日の教室は、いつもより少しだけ緩んだ空気に包まれていた。机の上には土産物の紙袋が並び、あちこちで昨日までの話題が飛び交っている。俺は自分の席で、実行委員として回収する必要のあるしおりや配布物のリストを確認していた。


「深水くん、これ提出物の締め切り、来週で合ってる?」


 班のメンバーの一人が声をかけてきた。


「合ってる。感想文と、班ごとの写真台紙、両方来週の月曜まで」


「了解。写真、まだ現像できてないんだよな」


「現像は今週中に出しとかないと間に合わないと思う」


「マジか、急がないと」


 そのメンバーは慌てた様子で自分の席に戻っていった。入れ替わるように、別の男子が机に近づいてきた。


「深水、班の集合写真のデータ、みんなに配る予定ある? SNSに上げたいんだけど」


「データは委員会の方で預かってるから、個別に配るのは難しい。台紙にする分だけ先生経由で回すことになってる」


「そっか、ルールなら仕方ないな」


「文句あるなら生徒会に言ってくれ、俺が決めたルールじゃない」


「いや、そこまでは言ってない」


 男子は苦笑いしながら離れていった。俺は手元のリストに視線を戻し、回収済みの項目に一つずつ印をつけていく。旅行が終われば、実行委員の仕事はむしろこれからが本番だった。しおりの原本を職員室に返却し、各班からの報告書をまとめ、次のホームルームで簡単な総括をする必要がある。誰かに頼まれたわけではなかったが、この流れはもう体に染み付いていた。


「深水くん、報告書のことなんだけど」


 結菜が机の横にやってきて、椅子を軽く引き寄せて座った。


「班のアンケート、集計手伝おうか? 私、暇な時間結構あるし」


「別に、そこまでしてもらわなくても」


「いいから。四人分くらい、すぐ終わるでしょ」


「悪いとは思わないのか」


「思わない。手伝いたいから手伝うだけ」


 結菜は返事を待たずに、俺が広げていた集計用紙の端を自分の方に引き寄せた。仕方なく、俺は残りの用紙を分けて渡した。しばらく、二人でペンを動かす音だけが教室に響いた。


「これ、班のみんなの感想、結構バラバラだね」


「まあ、班長会議の話とか、雨の日の話とか、印象に残ったところは人によって違うから」


「深水くんは、何が一番印象に残ってる?」


 その質問に、俺は少し手を止めた。


「……別に、特には」


「ふうん」


 結菜は集計用紙から顔を上げ、こちらをじっと見た。何か言いたげな間があったが、結局それ以上は追及せず、視線を手元に戻した。


「そういえば、メモ帳、もう使ってる?」


「使ってる。今日も持ってきてる」


「見せて」


 俺は鞄から取り出して渡した。表紙にはまだ新しさが残っているが、中のページには既にいくつかメモが書き込まれている。結菜はぱらぱらとめくりながら、小さく笑った。


「もう結構書いてあるじゃん。字、意外と丁寧なんだね」


「乱雑だと後で自分が読めなくなる」


「几帳面」


「褒めてるのか、それ」


「褒めてる。ちゃんと」


 結菜はメモ帳を返しながら、それ以上何も言わなかった。集計はそれから十分ほどで終わり、結菜は残りの用紙を束ねながら立ち上がった。


「じゃあ、これ委員会の箱に出しとくね」


「ああ、頼む」


「はーい」


 結菜は用紙の束を持って、教室の後ろにある回収箱の方へ歩いていった。俺はその後ろ姿を見送りながら、鞄の中のメモ帳をもう一度しまい直した。


 放課後、教室に残っていたのは俺と数人だけになった。窓の外はすでに橙色に染まりかけている。荷物をまとめていると、弥生が入り口から顔を出した。


「深水くん、まだいた? よかった」


「なんだ?」


「ちょっと頼みたいことがあるんだけど……今度、お願い聞いてくれる?」


「内容による」


「细かいことはまた資料まとめて渡すから。とりあえず、時間だけ空けといてもらえると助かる」


「時間って、いつ頃」


「まだはっきり決まってないんだけど、来月あたり。詳しいことは決まり次第連絡する」


「わかった。資料来たら見る」


 弥生はいつもの調子でそう言うと、俺の返事を待たずに手帳に何かを書き込み始めた。


「ありがとう、助かる。じゃあ、また連絡するね」


「ああ」


 弥生はそれだけ言うと、他の用事があるのか、すぐに教室を出ていった。


 俺は鞄を持ち直し、そのまま教室を出た。


 廊下の窓から夕方の光が差し込んでいた。昇降口へ向かう途中、下駄箱のところで結菜と一緒になった。


「深水くんも今から帰り?」


「ああ」


「今日、集計手伝ってくれてありがとうって、言ってなかったね」


「手伝ってもらったのはこっちだろ」


「そうだった」


 結菜は笑いながら靴を履き替え、俺の少し前を歩き出した。俺は内ポケットのメモ帳の感触を、鞄の上から軽く確かめてから、その後を追うように昇降口を出た。

______________________________________


登場人物の所属をまとめてみました


蓮司:クラス委員。修学旅行実行委員


弥生:生徒会。クラス委員。美化委員


結菜:無所属(転校してきたばかり)


柏木:修学旅行実行委員

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