別の
前日の雨が嘘のように上がり、集合場所には澄んだ朝の空気が広がっていた。俺は最終日の行程表を片手に、班のメンバーが一人ずつ集まってくるのを確認していく。忘れ物の申告、体調不良の有無、荷物のまとめ方。いつも通りの点呼だったが、今日は最終日ということもあって、周りの生徒たちの表情にはどこか名残惜しさが混じっていた。
「深水、今日で終わりかー、なんか実感ないな」
柏木が伸びをしながら近づいてきた。
「まだ最終日の予定、半分も終わってないけどな」
「そういうとこ、相変わらずだな」
柏木は笑いながら、自分の班のメンバーの方へ歩いていった。
「あ、深水くん、待って」
班の男子メンバーが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「充電器、忘れたかもしれない」
「昨日の夜、部屋で使ってた?」
「使った。多分ベッドの下」
「ホテル出る前のチェックリストに、部屋の忘れ物確認、入れといたはずだけど」
「あー……見てなかったかも」
「今から先生に一言断って、部屋確認しに行ってこい。バス出発まで、まだ十五分ある」
男子メンバーは頷いて、慌てて宿舎の方へ引き返していった。俺はチェックリストの該当項目に印をつけながら、他のメンバーの荷物にも軽く目を通していく。
女子メンバーの一人が、荷物の中から取り出したお菓子の袋を見せてきた。
「深水くん、これ差し入れ。昨日ホテルの自販機で買いすぎちゃって」
「ありがとう。休憩のときにでも食べる」
「深水くん、これで全部? 忘れ物ある人いた?」
「一人、部屋に忘れ物したかもしれないって言って戻ってる。それ以外は問題ない」
「相変わらず把握早いね」
女子メンバーはそう言って笑うと、自分の荷物を確認しに戻っていった。しばらくして、さっきの男子メンバーが充電器を手に戻ってきた。
「あった。ベッドの下」
「間に合ってよかった」
全員分の荷物、集合時間、体調。特に問題はない。あとはバスに乗り込むだけだ、と思っていたところで、少し離れたところから結菜が手招きしてきた。
「深水くん、ちょっと」
他のメンバーがまだ荷物をまとめている、ちょうど手が空いたタイミングだった。俺はチェックリストを鞄にしまいながら、結菜の方へ歩いていく。
「なんだ?」
結菜は昨日買っていた紙袋を、少し緊張した様子で持ち直した。
「これ、渡そうと思って」
袋の中から出てきたのは、小ぶりのメモ帳とペンのセットだった。表紙には、この土地の名物らしい図柄が控えめに刷られている。俺はそれを受け取りながら、しばらく言葉が出なかった。
「……メモ帳?」
「うん。深水くん、いつも紙の資料に赤ペンで書き込んでるでしょ。でも持ち歩き用の小さいのは持ってなさそうだったから」
「そこまで見てたのか」
「見てたっていうか」
結菜は少し言葉を探すように視線を泳がせた。
「気づいちゃっただけ。昨日、お店で見つけて、なんとなく、深水くんに似合うと思って」
「班のみんなには?」
「お菓子、別に買ってある。それは後で配るね」
「じゃあ、これは」
「うん」
結菜は一瞬だけ黙り、それから小さく息を吸ってから続けた。
「これは、深水くんに」
「みんなの分と別ってことは」
「うん。別」
短いその一言に、俺は少しの間、返す言葉を探した。結菜はこちらの反応を待つように、その場に立ったまま動かなかった。いつもの快活な調子とは少し違う、探るような沈黙だった。
「……ありがとう。使う」
「うん。使って」
結菜はそう言うと、ふっと肩の力を抜いたように笑った。それから、思い出したように付け加えた。
「あ、班のみんなにはお菓子買ってあるから、それは後で配るね」
「さっき言ってた」
「言った」
結菜は照れ隠しのように早口でそう返すと、すぐに班のメンバーの方へ駆けていき、「みんな、お土産あるよー」と声をかけ始めた。俺はメモ帳を鞄の内ポケットにしまいながら、彼女の後ろ姿を少しの間眺めていた。
最終日の行程は、大きな崩れもなく進んだ。バスに乗り込む頃には、朝の慌ただしさもひと段落していた。
「今回、ほんと大きなトラブルなかったよな」
隣の席に座った柏木が、疲れたように伸びをしながら言った。
「たまたま準備がうまくいっただけだ」
「いや、そのたまたまを毎回起こせるのがすごいんだって」
バスが走り出してしばらくすると、渋滞にはまったのか速度が落ちた。
「マジか、これ予定より遅れそうじゃん」
柏木が窓の外を覗きながらぼやいた。
「余裕見て組んであるから、多少遅れても大丈夫」
「お前、それも計算済みかよ」
後ろの席からも、班の女子メンバーの声が聞こえてきた。
「ねえ、休憩どこかであるんだっけ」
「サービスエリア、一箇所予定に入ってる。トイレ休憩と、飲み物買う時間くらい」
「よかった、喉渇いてたんだ」
しばらくして、バスはサービスエリアに立ち寄った。班のメンバーがそれぞれ売店に散っていく中、俺は鞄の中から先ほどのメモ帳を取り出し、内ポケットの奥にしまい直した。特に意識していたわけではなかったが、指先に触れた表紙の感触が、妙にはっきりと伝わってきた。
「深水くん、何か買わないの?」
結菜が飲み物片手に戻ってきて、こちらを覗き込んだ。
「特にいらない」
「ふうん」
結菜はそれ以上何も言わず、自分の席へ戻っていった。俺は鞄のポケットを軽く指で押さえてから、バスに乗り込むメンバーの人数を、いつもの癖でもう一度数え直した。




