雨のち
翌日、俺は前日書き足した部屋割りの注釈を、実行委員のメンバーに共有した。
「これ、深水が例のやつまとめてくれたって」
柏木がそう言いながら資料を回覧すると、周りの数人が手元を覗き込んだ。
「ここ、こういう理由で組んでたんだな」
「去年、荷物の搬入で揉めた部屋があったらしくて。だから今年はそこだけ広めの部屋に振ってある」
「なるほどな。理由がわかると、勝手に変更しづらくなるわ」
結菜も資料を横から覗き込みながら、ゆっくりと頷いた。
「うん。これならわかりやすい」
「昨日言われたからやっただけだけどな」
「でも、やったのは深水くんでしょ」
結菜がそう返すと、柏木が「ほんとだよな」と横で笑った。俺は特に返す言葉もなく、資料を回収して封筒にしまい直した。
それから一週間が経ち、修学旅行当日の朝を迎えた。
集合場所には、朝から雨粒が落ちていた。傘の花が並ぶ中、すでに多くの生徒が集まっている。俺は班のメンバーの点呼を取りながら、忘れ物や体調不良の申告がないかを一人ずつ確認していく。雨脚は思ったより強く、集合場所の屋根の下に人が集まりすぎて、少し窮屈な空気になっていた。
「深水くん、これ持って」
結菜が横から傘を差し出してきた。見ると、俺の分の折りたたみ傘が一本、いつの間にか彼女の荷物の上に載っている。
「自分の持ってるけど」
「知ってる。でも、深水くん、点呼とか荷物のチェックで両手塞がってるから。持っといてあげる」
俺は少しの間、差し出された傘とチェックリストを持つ自分の両手を見比べた。断る理由を探したが、うまく見つからなかった。
「……悪い、じゃあ頼む」
「うん」
そう言うと、結菜は俺の鞄の外ポケットに、自分の傘とは別に、俺の折りたたみ傘をそのまま押し込んだ。何かを説明するでもなく、当然のような手つきだった。
バスが出発し、目的地に着く頃には雨が本降りになっていた。案の定、班のメンバーからは「今日、自由行動どうなるんですか」という声が上がる。
「予定通り、雨天用のコースでいく」
俺はそう言って、あらかじめ用意していた雨天用のコースを配った。
「これ、本当に用意しといてよかったね」
結菜はそう言いながら、俺の手からコース表を何枚か受け取り、他のメンバーに配る役目を先に引き受けた。班のメンバーは受け取ったコース表を見比べながら、「うちの班、今日は迷わなさそうだな」と安心したように言い合っている。
自由行動が始まると、班のメンバーは商店街を回ったり、屋根のある施設に立ち寄ったりしながら時間を過ごした。地図を片手に次の集合場所を確認していると、結菜が横から覗き込んできた。
「そっちの道、さっき工事してるの見えたよ。反対側から回った方が早いんじゃない?」
「……ほんとだ。助かる」
「たまには私も役に立つでしょ」
結菜は少し得意げに笑うと、俺より先に反対側の道を歩き出した。俺は地図に軽く印をつけ、班のメンバーに声をかけた。
「予定変更、こっちから回る」
「了解ー」
メンバーたちは特に不満もなく、指示された道へと歩き出した。
みやげ物店の並ぶ通りに差しかかったところで、結菜はふと足を止めた。
「ちょっとだけ、寄ってっていい?」
「いいけど、集合時間には気をつけて」
「わかってる」
結菜はそう言って、小さな和紙や糸を使った小物が並ぶ店の中に入っていった。俺は他のメンバーと一緒に、店の外で少し時間を潰す。
「深水、結菜さんとよく話してるな」
班のメンバーの一人が、何気ない調子で言った。
「班が同じだからだろ」
「そりゃそうだけど」
雨脚は変わらず強く、店の軒先で雨宿りをしている観光客の姿もちらほら見える。俺は腕時計に目をやり、集合時間まであとどれくらいかを頭の中で計算していた。
しばらくして、結菜が店から出てきた。手には小さな紙袋を持っている。
「お待たせ。行こっか」
「何買ったんだ?」
「秘密。まだ内緒」
結菜はそう言って、悪戯っぽく笑った。俺はそれ以上聞かず、班のメンバーを集めて次の集合場所へと歩き出した。
その日の夜、宿舎での班長会議が開かれた。各班の実行委員が集まり、明日の予定と、今日の自由行動で出た問題点を共有する場だった。
「深水くんのところ、今日の雨天対応、すごくスムーズだったって聞きました」
司会をしていた別の班の実行委員がそう言うと、周りから小さくどよめきが起きた。
会議が終わり、宿舎の廊下を歩いていると、結菜と会った。
「今日の班長会議、深水くんの話、結構出てたよ」
「大したことはしてない」
「そう思ってるのは深水くんだけだと思う」
結菜はそう言うと、少しの間、何かを迷うような素振りを見せた。それから、持っていた紙袋を軽く掲げてみせた。
「これ、明日の朝渡すから、楽しみにしてて」
「別に、気を遣わなくていいけど」
「気を遣ってるわけじゃないよ。ただ、渡したいから渡すだけ」
結菜はそう言って、自分の部屋の方へ歩いていった。俺はその背中を見送りながら、明日の集合時間と、まだ確認していない部屋の消灯時間の連絡事項を、頭の中で整理し始めていた。




