休日に初めて
放課後、教室で片付けをしていると、結菜が机の横に来た。
「今日で買うものの計画はもう本当に固まったね」
「だな。あとは直前に仕入れに行くだけだ」
「早いなー、もう」
そんな他愛のない会話をしながら、俺は鞄の中身を整理していた。窓の外では、他クラスの生徒たちも似たような片付けをしているのが見える。
「そういえば」
言いかけて、別の話題に切り替えた。
「明日の朝礼、何か連絡あるんだっけ」
「ああ、確か最終確認だったはず」
「そうか」
会話はそのまま次の話題に流れていく。
「看板、当日はどこに立てるんだっけ」
「教室の入り口のとこ」
「ちゃんと固定できそうか」
「多分。そこは確認済み」
「風で倒れたりしないよな」
「一応、重り用意する予定」
そんなやり取りが一段落したところで、俺はもう一度切り出した。
「そういえば、この前の約束だけど」
「約束?」
「奢るってやつ」
結菜は一瞬きょとんとしてから、思い出したように笑った。
「ああ、あれ。覚えてたんだ」
「忘れてたのか」
「忘れてはないけど、深水くんから言い出すとは思わなかった」
「別に、言ったことは守るだけだ」
「律儀だね」
「律儀って言うほどのことでもない」
「じゃあ、いつにする?」
「今度の休みとか」
「了解。楽しみにしとく」
「そんなに期待するようなことでもないだろ」
「奢られるのは普通に嬉しい」
「そういうものか」
「そういうもの」
そんな軽いやり取りで、日程はあっさり決まった。
休日、駅前の広場で待ち合わせた。結菜は制服とは違う私服姿で、いつもより少し軽い足取りで歩いてきた。
「待った?」
「そんなに」
「じゃあセーフ」
歩き出すと、会話の流れはいつもと変わらなかった。
「今日、どこ行くの?」
「新しくできたスイーツの店、あるらしい」
「へえ、知らなかった」
「この前、誰かが話してるの聞いた」
「深水くんがスイーツの情報仕入れてるの、なんか新鮮」
「別に、耳に入っただけだ」
「耳に入っただけで、ちゃんと覚えてるのすごいと思う」
「普通に覚えてるだけだろ」
「その普通が普通じゃないんだって」
「よくわからない褒め方だな」
「褒めてるつもりだから受け取って」
しばらく歩くと、こぢんまりとした店構えの店が見えてきた。ガラス越しに、ケーキやタルトが並んでいるのが見える。
「ここ?」
「多分」
「雰囲気よさそう」
店に入ると、甘い香りが漂っていた。結菜はショーケースを覗き込みながら、あれこれ迷っている。
「深水くんが選んでよ、今日は奢りなんだから」
「そっちが選べばいいだろ」
「約束は深水くんがしたんだから、深水くんが選ぶ責任がある」
「よくわからない理屈だな」
「わからなくていいの」
「それ、前にも言ってたな」
「言ったかも」
俺はショーケースを見渡し、しばらく考えてから、一つのケーキを指差した。
「これでいいか」
店員に伝えて、会計を済ませる。窓際の席に案内され、運ばれてきたケーキを前に、結菜がふと手を止めた。
「あれ、これ」
「どうした」
「これ、前に私が好きって言ったやつじゃない?」
「言ったか、そんなこと」
「言った。フルーツ系の、甘さ控えめなやつが好きって」
「そうだったか」
「絶対覚えてて選んだでしょ」
「たまたまだ」
「たまたまにしては、ちゃんと合ってる」
結菜はそう言いながら、少し嬉しそうにフォークを手に取った。
「深水くんって、そういうとこ、ちゃんとしてるよね」
「別に、ちゃんとしてるつもりはない」
「してるって。覚えてないふりして、実は覚えてる」
「覚えてないふりはしてない」
「今、してた」
「してない」
「絶対してた」
「してないから」
そんなやり取りをしながら、俺たちはケーキを食べ始めた。フォークを刺すと、思ったより柔らかく、甘さも控えめで、確かに結菜が好みそうな味だった。
「美味しい」
「よかった」
「深水くんのは?」
「悪くない」
「また悪くないって言った」
「事実だから仕方ない」
「感想のレパートリー増やした方がいいと思う」
「増やす必要性を感じない」
「感じてほしいんだけど」
結菜はくすくす笑いながら、ケーキを口に運んだ。窓の外では、休日らしいのんびりとした人通りが続いている。
「今日、来てよかった」
「約束だったからな」
「それだけ?」
「それだけ、じゃだめか」
「別にだめじゃない」
「じゃあいいだろ」
「いいけど、もうちょっと別の言い方もある気がする」
「別の言い方って」
「知らない、深水くんが考えて」
「無茶振りだろ、それ」
「無茶振りじゃない、期待」
「期待の意味を間違えてる」
そんな会話をしながら、俺たちはしばらく店の中で時間を過ごした。ケーキを食べ終わった頃には、外の日差しも少し傾き始めていた。
「そろそろ出るか」
「うん」
店を出ると、結菜が伸びをしながら言った。
「今日の店、また来たいな」
「また奢れって言うんじゃないだろうな」
「そこまでは言ってない」
「言いそうな感じだったけど」
「気のせい」
「今の気のせいは苦しいだろ」
「苦しくても押し通す」
そんなくだらないやり取りを続けながら、俺たちは駅に向かって歩いた。改札の前まで来ると、結菜が振り返った。
「学校関係の用事じゃなく会うの、今日が初めてだね」
「言われてみれば」
「新鮮だった」
「そうか」
「うん。じゃあ、また学校で」
結菜はそう言って、改札の中へ入っていった。俺はしばらくその場に立ったまま、彼女の後ろ姿が人混みに紛れて見えなくなるまで見送った。それから、自分も反対方向の改札へ向かって歩き出した。




