約束
放課後、買い出し班のメンバーで、量と値段の最終確認をしていた。
「これくらいで足りそうだな」
「じゃあ、あとは値段だけ詰めよう」
そんな短いやり取りで作業が進んでいく中、隣の机では結菜が看板の最終チェックをしていた。
「深水くん、そっちもう終わりそう?」
「もう少し」
「じゃあ待ってる」
しばらくして、二人ともほぼ同時に作業を終えた。
「終わった」
「早い」
「そっちは?」
「こっちも今ちょうど」
二人で荷物をまとめ、一緒に教室を出る。
「今日、寒くない?」
「秋だから、そろそろだろうな」
「深水くんの服装、いつも同じような感じだよね」
「そんなことないだろ」
「いや、大体同じ色合いのやつ着てる気がする」
「そこまで見てるのか」
「見てるっていうか、なんとなく気づく」
「気づかなくていいのに」
「気づいちゃうものは仕方ない」
昇降口で靴を履き替えながら、結菜が思い出したように言った。
「そういえば、看板の飾り、あと少しで完成しそう」
「もう完成間近か」
「うん。深水くんのとこは?」
「値段だけ決まれば、あとは当日買いに行くだけ」
「順調じゃん」
「まあ、そこそこ」
校門を出て、二人並んで歩く。
「今日、どこかで何か食べていく?」
結菜がふと聞いてきた。
「特に予定はない」
「じゃあ、ちょっと寄り道する?」
「別にいいけど」
「じゃあ決まり」
そんな軽いやり取りで、二人は駅前の方向へ歩みを変えた。
「前から気になってたんだけど、あそこのパン屋」
結菜が指差した先には、小さなパン屋の看板が見えた。
「入ったことないのか」
「ない。前を通るたびに気になってたんだけど、タイミングなくて」
「じゃあ今日入るか」
「うん」
店に入ると、焼きたてのパンの匂いが漂っていた。結菜は棚を覗き込みながら、あれこれ選んでいく。
「これ、深水くん好きそう」
結菜が手に取ったのは、甘さ控えめのパンだった。
「なんでそう思うんだよ」
「前に、甘いのそんなに得意じゃないって言ってたから」
「そこまで覚えてるのか」
「言ったの結構最近だし」
「まあ、それは合ってる」
「でしょ」
結菜は得意げに、そのパンをトレーに乗せた。
「じゃあ、深水くんも私の分、選んでみてよ」
「急に振るな」
「いいから、一個くらい」
俺は棚を眺めて、クリームが挟まったパンを一つ手に取った。
「これとか、甘そうだから合うんじゃないか」
「あ、それ気になってたやつ」
「当たったのか」
「当たった。深水くんも意外と見てるじゃん」
「そっちがわかりやすいだけだろ」
「それも一種の理解だと思う」
自分の分には、逆に甘そうなクリームパンを選んでいる。
レジに向かうと、結菜が先に財布を出した。
「今日はこっちが誘ったから、払う」
「別に割り勘でいいけど」
「いいから。今日の分は」
「じゃあ、今度何か奢る」
「約束ね」
会計を終えて店を出ると、外のベンチに二人で座って、買ったパンを開けた。
「はい、深水くんの」
渡された甘さ控えめのパンを一口かじる。ほどよい甘さと、外側のかりっとした食感が、思ったより好みに合っていた。
「どう?」
「普通にうまい」
「また普通にって言った」
「事実だから仕方ない」
「深水くんの語彙、いつも同じだよね」
「語彙の話はやめろ」
結菜は笑いながら、自分のクリームパンを頬張った。
「これも美味しい。深水くんのと交換する?」
「別にいいけど」
「じゃあ半分こ」
結菜が半分に割ったクリームパンを差し出してきた。受け取って一口食べると、想像していたよりも甘さが強く、それでいて悪くない味だった。
「これはこれで、ありだな」
「でしょ。私も深水くんの、もらう」
割った方のパンを交換し、二人でそれぞれ違う味を確かめ合う。特別なことをしているつもりはなかったが、ベンチに座って、パンを分け合いながら話す時間は、思ったより居心地が良かった。
「今日、パン屋来られてよかった」
「気になってたやつだもんな」
「うん。ずっと気になってた」
「次来る時は、また別のパン狙うか」
「深水くんも次来る気あるんだ」
「別に、あってもおかしくないだろ」
「うん、おかしくない」
結菜はそう言って、少し嬉しそうに笑った。食べ終えた頃、彼女が立ち上がって伸びをした。
「そろそろ帰るか」
「だな」
駅前で別れて、俺は一人で帰り道を歩き出した。パンの甘さの余韻が、まだ少し口の中に残っている。
『今度何か奢る』
さっき自分で言った言葉が、なんとなく頭の中に残っていた。




