試食会
放課後、家庭科室を借りて、買い出し班の数人で試作をすることになった。
「とりあえず、一回焼いてみるか」
「加減とかよくわかんないけど、様子見ながらでいいだろ」
さつまいもを何本かオーブンに並べ、ココアの粉を溶かして鍋で温める準備を進めていく。誰かが「甘さこれくらいでいいのかな」と首をかしげながら味見をし、班のメンバーで簡単に調整していった。じんわりと甘い匂いが家庭科室に漂い始めた頃、看板担当の結菜が顔を出した。
「試作するって聞いたから来た」
「早いな、まだ焼けてないぞ」
「待つ。匂いだけでもう美味しそう」
結菜は椅子を引き寄せて座ると、鍋の中を覗き込んだ。
「これ、ココア? 味見していい?」
「どうぞ」
結菜は小さなカップに注がれたココアを一口飲んで、少し考えるような顔をした。
「うーん、もうちょい甘くてもいいかも」
班のメンバーがその意見を受けて調整を続けている間、結菜はこちらに椅子を寄せてきた。
「そういえば、この前の約束、まだだよね」
「なんの約束だっけ」
「わざとらしい。好み当てっこ」
「ああ、あれ」
「じゃあ今やろう。深水くん、私の好きな味、当ててみて」
「甘い系」
「正解。じゃあ次、辛いものは平気なタイプ?」
「平気そう」
「大体合ってる。じゃあ深水くんの番、私が当てる」
結菜は少し考えるような顔をして、こちらを見た。
「深水くんは、甘いのそんなに得意じゃないでしょ」
「まあ、得意ってほどではない」
「でも嫌いでもない」
「それも合ってる」
「じゃあ、辛いものは?」
「普通に好き」
「あ、それ意外。もっと薄味好きそうだった」
「なんでそう思うんだよ」
「なんとなく、几帳面な人は薄味好きそうっていう偏見」
「その偏見、前も聞いた気がする」
「前も言ったかも」
そんなやり取りをしているうちに、オーブンから「そろそろかな」という声が上がった。取り出したさつまいもは皮の一部が香ばしく色づいていて、割った瞬間、白い湯気がふわりと立ち上る。中身は鮮やかな黄色で、蜜のような艶を帯びていた。甘い匂いが一気に広がって、班のメンバーからも「おお」と小さな声が上がる。
「食べてみよう」
みんなで少しずつ切り分けて味見をする中、結菜も一切れ受け取った。
「んー、美味しい」
「よかった」
「深水くんも食べてみて」
一切れ口に運ぶと、ほくほくとした繊維の感触の中から、じんわりとした甘さが広がった。思っていたよりずっと甘みが強く、素朴だが確かな満足感がある味だった。正直なところ、想像以上の出来だった。
「悪くないな」
「悪くない、って感想薄すぎ」
「じゃあ、まあまあ美味い」
「そのくらいでいいから」
「そのくらいって、どのくらいだよ」
「もっと素直に感動していいってこと」
「感動って言うほどのものでもないだろ、焼き芋だぞ」
「焼き芋を舐めるな」
「舐めてない」
そんな軽口を交わしながら、結菜がふと真面目な顔になった。
「深水くんって、感想が薄い割に、味の違いとかはちゃんとわかってそうだよね」
「わかるっていうか、まずいかまずくないかくらいは」
「そのくらいわかれば十分だと思う」
「基準低くないか」
「低くない。食べ物の感想って、正直それで十分なことが多い」
「哲学だな」
「哲学じゃなくて、ただの感想」
俺は残りの焼き芋を食べながら、ふとさっきの好み当ての結果を思い返した。当たっていたものも、外れていたものも、それぞれ理由があるようでないような、緩い当てっこだった。
「ココアの方も、もう一回味見してみるか」
甘さを調整したココアを、もう一度小さなカップに注いで回す。口に含むと、さっきよりまろやかな甘さが舌に残り、湯気とともに立ち上る香りが体を軽く温めてくれるようだった。
「あ、これさっきよりいい」
「よかった」
みんなでそれぞれの味を確認しながら、片付けを始めた。鍋を洗い、使った道具を戻していく。
「これ、当日もこの味で出せたら結構よさそうだな」
「だな。売れそうな気がしてきた」
家庭科室を出ると、外はもう夕方の光に包まれていた。結菜が隣を歩きながら、満足げに言った。
「なんか、今日で急に文化祭って感じしてきた」
「試作しただけでか」
「実際食べると、実感湧くじゃん」
「まあ、それはわかる」
「あと、好み当ても、結構当たってた方じゃない?」
「そっちの勝ちってことでいいのか」
「私の勝ち。深水くんの負け」
「そんな勝敗つけてたのか、これ」
「今つけた」
「後付けかよ」
二人並んで昇降口まで歩きながら、俺は今日の焼き芋の甘さと、さっきの緩い当てっこのやり取りを、頭の中でもう一度思い出していた。悪くない、どころか、ちゃんと美味かったな、と今更ながら思う。




