お互いの
昼休み、弁当を食べていると、結菜が「ねえ」と話しかけてきた。教室はいつも通りの賑わいで、あちこちで昼食の話し声が飛び交っている。
「深水くんって、朝ごはん派? 派じゃない派?」
「派で聞かれると答えづらいけど、一応食べる」
「毎日?」
「大体は」
「私、たまに食べない日あるんだよね。眠くて」
「それは単純に生活習慣の問題では」
「厳しい」
「事実言っただけ」
結菜は箸で卵焼きを一切れつまみながら、話を続けた。窓から差し込む昼の光が、彼女の弁当箱の蓋に反射している。
「朝ごはんって、パン派とご飯派で分かれるじゃん。深水くんはどっち?」
「気分による」
「そういう答え方する人、大体どっちかっていうとご飯派だと思う」
「なんの偏見だそれ」
「なんとなくの統計」
「サンプル数一で統計名乗るな」
結菜はくすりと笑って、今度は自分の弁当箱を指差した。
「今日、お母さんの弁当、卵焼き甘めなんだけど、深水くんちは甘い派? しょっぱい派?」
「うちはしょっぱい派」
「意外」
「何が」
「なんとなく甘そうなイメージだった」
「どんなイメージだよ」
「几帳面な人は甘い卵焼き派、みたいな」
「根拠のない話をするな」
「根拠より雰囲気が大事な話もある」
俺は自分の弁当箱に視線を落としながら、卵焼きの味付けについて特に深く考えたこともなかったことに、今更気づいた。母親が作る味に、そもそも疑問を持ったことがなかった。
そんなやり取りをしているうちに、結菜がふと真面目な顔になった。
「でも、甘いかしょっぱいかって、結構性格出ると思う」
「出ないだろ」
「出るよ。私は絶対甘い派の方が優しい人だと思ってる」
「じゃあ俺は優しくないのか」
「そうは言ってない。ただ、しょっぱい派は頑固なイメージ」
「頑固で片付けるな」
「片付けてない、分析してる」
「その分析、根拠ゼロだけどな」
「じゃあ深水くんは、私のこと何派だと思う?」
「甘い派だろうな、多分」
「正解。ほら、ちゃんと当たるじゃん」
「今ので分析が証明されたことにはならない」
「私の中では証明された」
結菜は満足げに頷いて、卵焼きをもう一口食べた。教室の反対側では、別のグループが何かのゲームの話で盛り上がっているらしく、時折笑い声が聞こえてくる。こちらの会話も、傍から見れば同じくらいどうでもいい話をしているのだろうと思うと、それはそれで気楽だった。
「じゃあさ、今度、お互い相手が何派か当てっこする?」
「何を賭けるんだよ」
「別に賭けなくても」
「じゃあやる意味ないだろ」
「あ、深水くんの方が乗り気じゃん」
「別に乗り気じゃない」
「今、目が『やってやろうか』って言ってた」
「言ってない」
「言ってた」
「言ってないから」
そんなやり取りをしているうちに、結菜が箸を置いて、こちらをまっすぐ見た。
「じゃあ、次に何か一緒に食べるとき、お互いの好みを何個当てられるか勝負ね」
「いつの間にか話が進んでるんだけど」
「進めた方が面白いでしょ」
「面白さの基準がよくわからない」
「わからなくていいの」
「それさっきも言ったな」
「よく覚えてるね」
「覚えたくなくても覚える」
結菜は笑いながら、弁当箱の蓋を閉じた。
「じゃあ、今度何か食べる機会があったら、答え合わせしよ」
「機会がなかったら?」
「機会は作る」
「作るのかよ」
「作る」
俺は特に反論もせず、弁当箱を片付け始めた。何を賭けているわけでもない、何かが決まったわけでもない、ただの昼休みの会話だった。それでも、片付けの手を動かしながら、さっきの「何個当てられるか」という話を、なぜかもう一度頭の中で繰り返していた。
昼休み終了のチャイムが鳴り、二人とも弁当箱を片付け始めた。教室にはまだ昼休みの余韻が残っていて、周りの生徒たちも机の片付けをしながら雑談を続けている。
「深水くんは、絶対全部外すと思う」
「なんでそう言い切れる」
「勘」
「勘かよ」
「深水くんの勘はどうなの」
「俺は、結菜が思ったより外す方に賭ける」
言ってから、賭けていないはずだったことに気づいた。結菜も一瞬きょとんとしてから、急に噴き出した。
「今、賭けてるじゃん」
「言い方の問題」
「言い方も何も、完全に賭けの流れだった」
「訂正する」
「もう遅い」
「訂正させろ」
「もう賭け成立してるから無理」
「勝手に成立させるな」
結菜は笑いを堪えながら、鞄から筆箱を取り出した。
「じゃあ、賭けの内容、ちゃんと決めとこうか」
「決めなくていいって言ったのそっちだろ」
「気が変わった」
「変わるの早すぎる」
「深水くんが賭けって言い出したから」
「それは、そっちが誘導したからで」
「誘導なんてしてない」
「してた」
「してないよ」
そんな押し問答をしながら、五限の予鈴が鳴る。結菜は最後にもう一度こちらを見て、悪戯っぽく笑った。
「まあ、賭けの内容は追い追い決めるとして」
「結局そこは曖昧なのか」
「一番大事なとこ以外は曖昧でいいの」
「一番大事なとこってどこだよ」
「今度、答え合わせする機会があるってこと」
結菜はそう言って、自分の席に戻っていった。俺はしばらくその場に座ったまま、さっきまでのくだらないやり取りを、頭の中でもう一度なぞってみた。卵焼きの話も、根拠のない分析も、いつの間にか成立していた賭けも、思い返すとどうでもいいことばかりだったが、悪くない時間だった気がした。小さく息を吐いて、午後の授業の準備をする周りの喧騒に、いつも通り紛れていった。




