疲労回復用の飴
放課後、教室を出て廊下を歩くと、いつもより人が多かった。あちこちの教室から、机を動かす音や、何かを話し合う声が漏れてくる。廊下の掲示板には、文化祭の全体スケジュールを示すプリントが新しく貼り出されていた。準備期間、搬入日、当日のタイムスケジュールらしき表が、細かい字でびっしりと書き込まれている。
「なんか、廊下歩いてるだけで文化祭近いのわかるようになったな」
買い出し班のメンバーの一人がそう言いながら、掲示板を横目に見た。
「隣のクラス、もう看板の骨組みまで出来てるっぽいぞ」
「うちより早くないか」
「そっちは何担当だったっけ」
「食品系じゃなかった気がする、展示系だったはず」
「なら準備の内容も違うだろうしな」
「展示系って、パネルとか作るだけだから早いのかもな」
「模擬店の方が段取り多い気はする」
そんな話をしながら教室に入ると、買い出し班のメンバーで、前回出した品目リストをもとに、量と値段の目安を詰めていくことになった。
「さつまいも、一人あたりどのくらい必要になるかな」
「文化祭って、大体何人分見込めばいいんだろ」
「去年の他クラスの模擬店、どのくらい売れてたか誰か知らないか」
「わかんないな、そこまでは」
誰も明確な答えを持っておらず、しばらく沈黙が続いた。
「とりあえず、多めに見積もっといて、余ったら考えるとかでいいんじゃないか」
「それはそう」
「じゃあ、ざっくり多めの数字入れとくか」
そんな緩い方針で、リストの数字が少しずつ埋まっていった。俺は書き込まれていく数字を眺めながら、特に口を挟むこともなく、聞かれたことにだけ答えていた。
「ココアの粉、業務用のやつって売ってるのかな」
「スーパーとかにはなさそうだけど」
「そういうの扱ってる店、探さないとだな」
「買い出しのときに見てくるか」
「値段調べるの、誰かネットで検索してみてくれない?」
「あ、俺やるわ、スマホ持ってる」
班のメンバーの一人がスマホを取り出し、その場で検索を始めた。しばらく画面をスクロールしてから、「なんか、思ったより高いかも」と声を上げた。
「予算的にどうなんだろ」
「それは弥生に確認した方がいいかもな、クラス全体の予算だし」
「今度聞いとくか」
作業がひと段落したところで、隣の机から結菜がこちらに来た。
「疲れた」
「何が」
「フォント、結局さっきまで悩んでて。三パターンくらい試したんだけど、どれもしっくりこなくて」
「そんなに違うものなのか、フォントで」
「全然違うよ。あったかい雰囲気にしたいのに、選ぶやつによっては硬い感じになったりする」
「よくわからない世界だな」
「深水くんは、こういうの一回決めたらもう迷わないタイプでしょ」
「まあ、決めた後にあれこれ考えても仕方ないし」
「それ、結構性格出てると思う」
「そうか?」
「几帳面っていうか、切り替え早いっていうか」
「切り替え早いは違う気がする」
「違わないと思う」
「そっちは逆に、一度決めても気になって見返すタイプだろ」
「よくわかったね」
「さっきも悩んでたって言ってたし」
「そう、決めた後も、本当にこれでいいのかなって考えちゃう」
「よくわからない性格の差だな」
「わからなくていいの」
結菜は笑いながら、机に置いていた飴の袋から一つ取り出し、こちらに差し出した。
「はい、疲労回復用」
「そんな効能あるのか」
「気分の問題」
俺はそれを受け取りながら、廊下の方に目をやった。窓の外では、他クラスの生徒たちが体育館の方へ荷物を運んでいるのが見えた。
「文化祭近づいてきてるからだろうな」
「まだ実感薄いけど」
「そのうち湧いてくるんじゃないか」
「隣のクラスなんて、もう掲示物まで作り始めてたぞ、さっき見たら」
「うちらより気合入ってるな」
「まあ、うちはうちのペースでいいだろ」
「深水、弥生への予算確認、いつ聞く?」
「今度のホームルームの前とかでいいか」
「了解、頼んだ」
そんな会話を交わしながら、班のメンバーはそれぞれ帰り支度を始めた。結菜も飴の袋を鞄にしまい、看板担当の机へ戻っていく。
「また明日」
「ああ」
俺も鞄を持って、教室を出た。廊下はすでに夕方の光で満たされていて、いくつもの教室からまだ人の気配が続いている。普段ならとっくに静かになっている時間だったが、今日はまだあちこちで作業をする声が聞こえた。
昇降口を出ると、外はもう薄暗くなり始めていた。少し冷たくなった秋の空気の中、俺はポケットに手を入れながら、いつもの帰り道を歩いていった。




