第八話 見習い騎士の追跡。
「ここだ」
シド達に連れられてきたのは、裏路地にある建物だった。
治安が悪く、一般人は近づかないエリアだ。
「ガラ悪い奴らだからな。舐められんなよー、マナ」
シドがからかってくる。
「分かってるわよ」
私は気合いを入れ直す。
こんなところに来たのは初めてだった。
「入るぞ」
アレクが扉を開け放つ。
扉を開けた先には、ガラの悪い連中が5、6人。
明らかに歓迎していない目で、こちらを睨みつけてくる。
「ちっ、騎士様がなんの用だよ」
中の男の一人が、気だるそうに言う。
「お前達に聞きたいことがある」
アレクが怯むことなく言い放つ。
「はぁ? 俺達がなんの義理で騎士様に教えなきゃいけない?」
なぁ、と周りに同意を求めると、周りもケラケラ笑う。
「そう言うなよ、大将。騎士に協力した方がお前達も色々得するぞ」
なっ、とシドが笑いながら男の肩に手を置く。
「触んじゃねぇよ! ガキが!」
男がシドに殴りかかる。
だが、シドはそれを軽く避け、男の腹に蹴りを叩き込んだ。
男は蹴り飛ばされた勢いで、後ろの机まで吹っ飛ぶ。
笑い声が、そこで止まった。
部屋の空気が一瞬で冷える。
「おい、勘違いすんなよ。雑魚」
シドの言葉と行動に、男達は呆気に取られていた。
「お前達みたいな弱小組織、騎士団が本気になればすぐに潰せるんだぞ。俺達騎士団が人手不足で、他にやることがあるから見逃されてるだけだ」
シドの迫力に、男達はただ睨みつけることしかできない。
「この国で、騎士に逆らうなんて馬鹿がやることだぞ」
騎士大国であるこの王国では、権力の中枢に騎士がいる。
騎士は練度の高い訓練を受け、戦闘力も高い。
それに、人外の能力を持っている者もいる。
騎士は間違いなく、カーストの頂点にいると言っても過言ではなかった。
「……何が知りたい」
男の一人が、観念したように口を開く。
「最近、この領内で新しく活動し始めた組織があれば知りたい。かなり力を持っている組織だと思われる。派手に動いていて、目立っているはずだ。心当たりはないか?」
アレクが男達に聞く。
男は少し考えた後、口を開いた。
「――ガスベル」
「そいつがどうした」
アレクが聞き返す。
「ガスベルって男の組織は、最近この領内でも活動を開始した。他の領地に本拠地があるみたいだが、武器の密輸やら派手にやっている。かなり力のある奴がバックに付いてると思う」
バックに付いてるのが貴族などの権力者なら、アルゼル指揮官の考察と合致する。
「その男の寝ぐらは?」
「ギオネスの街だ」
アレクの詰問に、男が答える。
ギオネスは、領地の境にある街だった。
「ありがとさん。助かったよ。あんたも蹴って悪かったな」
シドが、蹴り飛ばした男の肩をポンポン叩く。
「騎士さん。ガスベルの組織はデカい。あんたらでどうにかなるとは思わない。どうするつもりだ?」
アレクの質問に答えていた男が、シドに向かって言う。
「決まってるだろ」
シドが、ふーっと息を吐く。
「騎士に逆らったらどうなるか、教えてやるんだよ」
シドは手をひらひらさせて、部屋を後にする。
私とアレクは、それに続いた。
***
騎士団本部。
各団員から集められた情報を、アルゼル指揮官を筆頭に、中央騎士団の面々が忙しそうに聞き回っている。
「かなりの情報が集まってるみたいね」
その様子を見ながら、私は呟く。
「裏組織の情報だからな。俺達はいくらでも持ってる」
領内の治安を維持するため、私達騎士団は裏の組織達に普段から注視している。
そのための情報も多く持っていた。
「最初から、こうしてれば良かったのにね」
中央騎士団団員と黒羊騎士団団員が、言葉を多く交わしている。
初日には見られなかった光景が、そこにはあった。
「……そうだな」
アレクが呟いた。
見下していた地方騎士団の情報を、中央騎士団が必死に精査している。
毛嫌いしていた中央騎士団に、黒羊騎士団が情報を差し出している。
互いに納得している訳ではない。
それでも、今は同じ敵を見ていた。
「あいつらを待とう」
シドが呟く。
報告を済ませた私達に今できることはない。
私達の視線の先には報告書に視線を落とすアルゼル指揮官がいた。
***
夕刻。
私達は騎士団大広間に集められていた。
「いよいよだな」
アレクが呟く。
「あー。待ちくたびれたぜ」
シドが欠伸をしながら返す。
「我々は、提供された数々の情報を基に容疑者を断定した」
アルゼルが言葉を発する。
「名前はミドローノ子爵。最近力を付けてきた新進気鋭の貴族だが、裏組織との関わりが疑われている」
聞き覚えのない名前だった。
どうやら、領内の貴族ではないらしい。
「また、暗殺されてきた貴族達は、彼に敵対する貴族や権力者が多い。彼だと断定するに足る情報が多くある」
アルゼルの言葉は続く。
「また、ガスベル・グラジェノという男が率いる武器密輸組織との結びつきがあると特定した」
ガスベル。
私達が聞き出した名前だった。
「我々は今から二手に分かれて、ミドローノ子爵とガスベルの二人を拘束する。そして……そこに闇斬りはいる」
アルゼル指揮官の言葉に、何人かは息を呑む。
「私の指揮する部隊はミドローノ子爵を。ハウザー団長の指揮する部隊はガスベルを。部隊分けはこの後伝達する。準備ができ次第、作戦を開始する。以上」
アルゼル指揮官はそう言うと、踵を返した。
「どっちが当たりだ?」
ざわつき始めた大広間で、アレクが言う。
「貴族の方」
シドが即答する。
「なんでそう思うのよ?」
私が問いかける。
「中央が行く方だからだよ。メンツのためにも、闇斬りの首は取りたいだろうからな」
「なるほどな」
シドの言葉に、アレクが納得する。
「こんな時もメンツなのね」
私はため息が出た。
「それが中央って奴なんだよ。よく覚えとけ」
シドの忠告に関して、今回の一件で私は嫌というほど分かった。
***
「当たり引いちゃったね」
馬に乗っていた私は呟く。
前方には、アルゼル指揮官を乗せた馬車。
私達は、アルゼル指揮官率いるミドローノ子爵を拘束する部隊に選ばれた。
ミドローノ子爵は領境にいるらしく、馬を走らせていた。
「俺はニブイチは外さないんだよ」
シドが得意気に言う。
たまたま選ばれただけなのに、誇らしそうだ。
「まだ、こっちに闇斬りがいるとは限らないけどな」
アレクが冷静に言う。
「でも、本当に闇斬りがいるなら、私達だけで対応できるのかな」
闇斬りは、闇のエレメントを使う元中央の騎士。
もはや、それは人外の力を持っている可能性もあった。
「マナ。それは、中央を舐めすぎだ」
シドの言葉に、私は言葉が詰まる。
「気に入らない奴らなのは間違いないが、それでも騎士の最高到達点だ。奴らも化け物ってことだよ」
アレクの言葉を聞いて、私は前方を走る中央騎士団に視線を移した。
ミドローノ子爵がいる領境まで、あと少しだ。
***
「怪我の具合はどうだ?」
子爵が問いかけてくる。
「問題ない」
前回の現場で、騎士から反撃を受けた。
それは軽傷ではあったが、利き腕に傷を負った。
騎士殺しは、やはり一筋縄ではいかない。
「そうか。お前にはまだ働いてもらわないとな」
子爵の問いかけに、何のために、という疑問が頭に浮かんだが、言葉にすることはなかった。
「力を得るためには、力あるものから奪うのが一番早い。お前に出会って気づいた真理だ」
子爵の言葉に、何の興味もなかった。
「もっと強大な力を得るために、お前の力を使わせてもらうぞ」
平和なものだ。
この程度の力で満足している姿。
滑稽だった。
まぁ、身分相応だな。
その時、外が騒がしくなるのを感じた。
――来たか。
剣を手に取り、椅子から立ち上がった。
***
領境に着いた時には、夜になっていた。
ミドローノ子爵の屋敷は、子爵の身分に余るくらい広大なものだった。
「こんな時間に何用だ! ここを子爵の屋敷と知ってのことか!」
私達の姿を見た門番達が叫ぶ。
「中央王都騎士団所属、アルゼル・ユーシュタイン守護騎士である。ミドローノ子爵には暗殺の嫌疑がかかっている。大人しく身柄を引き渡せ」
アルゼル指揮官の威圧的な声が響く。
その言葉に、一瞬、護衛が言葉を失う。
「なんて無礼な! 中央騎士団の騎士とはいえ、そのような言葉は許されませんぞ!」
護衛が激昂し、アルゼル指揮官に叫ぶ。
「アルゼル守護騎士、斬りますか?」
シオンが剣に手を掛け、アルゼル指揮官に指示を仰ぐ。
アルゼル指揮官は無言でそれを制止し、剣を抜く。
その剣先は、青白く発光している。
あの剣は――ミスリル。
「なっ! 抜きますか!」
護衛も剣を抜く。
「――ヴェルモニカ」
前方に差し出したアルゼル指揮官の剣先に、炎が宿る。
剣身の青白い光の奥に、赤い火が灯った。
ミスリルの光と炎が重なり、夜の雨上がりを照らす。
「爆ぜろ」
そして、剣先から放たれた火球が、轟音と共に門を破壊する。
護衛はその衝撃で横に飛ばされる。
後ろにいた私達も、その衝撃に思わず体を背けた。
衝撃音を聞きつけて、護衛の者達が屋敷から出てくる。
「これから屋敷に突入し、子爵を拘束する。抵抗する者は容赦するな」
アルゼル指揮官はそう言って、屋敷に入っていく。
他の者達も剣を抜き、それに続く。
粉々になった門を見て、私は固まっていた。
これが中央騎士団の力。
騎士の最高到達点。
「マナ。ぼさっとすんな。後衛で支援しろ」
アレクの言葉に、我に返る。
私達は、乱戦となっている屋敷の敷地内へと入っていった。
***
力の差は歴然だった。
王国直属の中央騎士団と、子爵の護衛達では勝負にならなかった。
その差を感じた者は投降し、それでも立ち向かった者は返り討ちに遭い、鎮圧はまもなく完了した。
子爵の身柄も拘束され、アルゼル指揮官の尋問を受けていた。
「子爵。闇斬りはどこですか?」
アルゼル指揮官は、まだ拘束できていない闇斬りについて尋ねる。
「あー、奴か。君達が到着すると同時に姿を消したよ」
子爵は憔悴し切った表情で答える。
その言葉を聞いて、アルゼル指揮官が合図を送り、中央騎士団数名が外に出る。
まだ近くにいるということだ。
「子爵。なぜこのようなことを?」
指揮官の言葉に、子爵は少し笑いながら答える。
「……力を手に入れた。ならば使ってみたくなるだろ?」
子爵の言葉に、アルゼル指揮官は何も答えない。
「力とは、持つ者のためにある。使わぬ力に何の価値がある?」
子爵の笑みが、さらに歪む。
「……あいつは、正真正銘の化け物だよ。さて、君達の手に負えるかな?」
「連れていけ」
アルゼル指揮官は、子爵の言葉に応えることなく部下に指示を出す。
「アレク。そういえばシドはどこ行った?」
やり取りを見届けた私は、アレクに聞く。
「あー。仇討ちはあいつに託した」
アレクは、気の抜けたように言う。
「それってどういう?」
アレクは、あー疲れたと言ってその場に座り込んでしまった。
「目には目を。化け物には化け物をってな」
***
闇を駆ける。
隠密なら、自身の得意分野だった。
いくら中央騎士団とはいえ、これだけ時間が経ってからの追跡ならかわせる。
子爵の元でなくとも、力を発揮できる場所はいくらでもある。
この場を切り抜ければ……。
そう思った時。
目の前に、人影が現れる。
連日降っていた雨は上がり、久しぶりに顔を出した月が、その姿を照らす。
その姿に、思わず笑みが漏れる。
「今日は酔っ払ってないんだな?」
「仕事中は飲まないんだよ。」
いつかの黒髪の騎士が、そこに立っていた。




