第七話 見習い騎士の報告。
私達は騎士団本部に帰還し、一室に集められた。
部屋には、アルゼル指揮官や中央騎士団の面々。
ハウザー団長、セルジュ副団長もいた。
「大丈夫か?」
団長が私達に声をかける。
私は頷くことしかできなかった。
ここまで、現場からすぐに来たので衣服もそのままだ。
彼らの血が、鎧の隙間にも、袖口にも、まだ乾かずに残っていた。
「彼らが第一発見者です」
私に頷き返した団長が、言葉を発する。
「そうか。被害状況は?」
アルゼル指揮官が聞いてくる。
「団員一名が死亡。一名が重症で今も治療中。ギャレッジ子爵は無事でした」
ハウザー団長が言葉を返す。
「……了解した。三名。現場の状況を報告してほしい」
アルゼル守護騎士が、私達に聞いてくる。
「犯人はエレメントを使って子爵達を襲った。その反応を感知して、俺達は現場に向かった」
「エレメント……」
アルゼル指揮官の目が、わずかに細くなる。
「予想より俺達の現着が早かったから、犯人は子爵をやらずに逃げた。俺は後を追ったが、痕跡を消された。恐らく、犯人は闇のエレメントを使ってる」
シドの言葉に、中央騎士団の面々が微かに動揺していた。
「エレメントを戦闘で使える奴はそういない。奴はただの殺し屋じゃないな」
エレメントは、人であれば誰でも大なり小なり宿している。
蒼霊銀でできた器具を使って、その力を引き出すこともできる。
だが、それを戦闘用に昇華して使える者は、ごく一部の人間に限られている。
「闇のエレメントの使い手に、心当たりがおありになるのでは?」
アレクが、アルゼル指揮官に投げかける。
恐らく、さっきの様子で何か気づいたのだ。
「国家機密だ。教えることはできない」
アルゼル指揮官が、冷たく言い放つ。
「おい。あんた。こっちは仲間を殺されてんだぞ。機密だどうのこうので下がると思ってんのか?」
シドが、アルゼル指揮官を睨みつけながら言う。
「それが指揮官に対する態度か! 無礼だぞ!」
中央騎士団が止めに入る。
「シド! ……やめろ」
ハウザー団長がシドを止める。
「ハウザー団長。貴族の護衛任務を、騎士団内の精鋭だけで編成することは可能ですか?」
アルゼル指揮官は、シドとは違い、冷静に問いかける。
「それでは、全ての貴族に護衛を付けることは叶いません。何分、うちは万年人手不足でして」
ハウザー団長が返す。
アルゼル指揮官は、少し思案する。
「分かりました。中央王都に応援要請をいたします。二時間後に対策会議を行いますので、準備しておいてください」
「かしこまりました」
アルゼル指揮官の言葉に、ハウザー団長が応える。
「ちょっと待てよ」
部屋を出ようとするアルゼル指揮官を、シドが呼び止める。
「あんた達の持っている情報があれば、先輩は死なずに済んだかもしれない。それだけは肝に銘じておけよ」
「……」
アルゼルはシドの言葉に応えることなく、無言で部屋を後にした。
***
「いかがした。アルゼル守護騎士」
蒼共器から、アルゼル守護騎士の上官にあたる男の声がした。
アルゼル守護騎士は別室に移動し、蒼共器で本部に連絡を取っていた。
「はい。こちら、我々が派遣されたワグナー伯爵領で“闇斬り”が現れました」
「ほう」
アルゼル守護騎士の報告に、上官は冷静に答える。
「つきましては、中央王都騎士団本部から援軍を要請いたします」
「援軍? 騎士ならそちらにもおるであろう」
応援要請に対して、上官は怪訝な声色で対応する。
「闇斬りに対して、こちらの騎士だけでは対応できません。現に見習い騎士が護衛任務にあたるなど、人材が不足しております。先ほど、こちらの騎士に犠牲者も出ております」
「見習いであろうと、騎士は騎士であろう?」
上官の言葉に、アルゼル守護騎士の表情がわずかに強張る。
だが、声は崩さなかった。
「現場の騎士に、無駄死にしろと?」
「無駄死にになるか、ならないかは、指揮官である君の手腕次第だ。期待しているよ」
上官の言葉を最後に、蒼共器での連絡は途絶えた。
「取り付く島がないですね」
私は、アルゼル守護騎士に声をかける。
本部には様々な思惑が渦巻いている。
アルゼル守護騎士に対して、全員が協力的な訳ではない。
「自分達でなんとかしろ、か……」
アルゼル守護騎士は思案した後、何かを決断したかのようにこちらを向く。
「次の対策会議で、闇斬りに関する情報を開示する」
アルゼル守護騎士の言葉に、私達は動揺する。
なぜなら、闇斬りの情報は国家機密。
地方騎士団に開示していい情報ではなかったからだ。
「アルゼル守護騎士。それはいけません」
ヌーク守護騎士が止めに入る。
「闇斬りを秘密裏に処理する。それが我々の受けた任務であることを忘れましたか?」
「任務を受けたのは、指揮官である私だ。責任は私が取る」
「私はあなたの査定が任務です。下手をすれば、あなたはすべてを失いますよ」
アルゼル守護騎士の行動は、明確な命令違反だ。
それが本部に知られれば、何かしらの処罰が下る可能性があった。
「一時の感情で動くのはやめなされ。戦死者が出たからと、地方騎士団などに同情して、あなたの輝かしい未来を捨てるおつもりかな」
ヌーク守護騎士は、距離を近づけながら凄む。
「ヌーク守護騎士。私は同情などでは動いておりません。中央王都からの応援が見込めないと分かった今、闇斬りに対応するために彼らの力が必要だと判断しました」
アルゼル守護騎士は、毅然とした態度で言葉を発する。
「……後悔しますよ」
それだけ言い残すと、ヌーク守護騎士は部屋を後にした。
「各自、対策会議の準備を進めてくれ」
アルゼル守護騎士の言葉で、私達は準備を始める。
この判断が正しいのかは、正直分からない。
でも私は、この方の判断を尊重すると心に決めていた。
***
二時間後。
対策会議は、黒羊騎士団本部大広間で行われた。
先ほどまで外で犯人の行方を追い続けていた団員も戻り、会議に参加していた。
貴族の護衛や夜警にあたる者を最小限残し、ほとんどの者がここに集まっていた。
雨の中走り回っていた団員の多くは、服がびしょ濡れだった。
顔には疲労が滲んでいる。
それでも、誰一人として目だけは死んでいなかった。
鋭く、殺気立った視線が、中央に立つアルゼル指揮官に向けられている。
共に戦ってきた仲間の仇を取りたい。
その一心が、広間全体から伝わってくる。
「これから話すことは国家機密である。この情報は、ここにいる者だけで共有し、他言は無用とする」
国家機密。
アルゼル指揮官の言葉に、大広間が少しざわつく。
だが、すぐに喧騒は静まり、アルゼル指揮官の次の言葉を待った。
「犯人は、闇斬りと呼ばれている中央王都が追っている暗殺者だ。闇斬りは今回の事件だけではなく、他の領地でも貴族や有力者などの暗殺を繰り返している」
連続暗殺事件の犯人。
アレクが、中央の動きが早いと言っていた理由が分かった気がする。
「そして、闇斬りは元中央王都の暗部所属の騎士だ」
アルゼル指揮官の言葉に、先ほどより大きな動揺が広がる。
「それは隠す訳だ」
アレクが呟く。
暗部とはいえ、元中央所属の騎士。
そんな者が暗殺を繰り返しているとなれば、中央の権威の失墜に繋がる。
「では、元同胞が犯罪行為を行っているのを隠すため、私達にその情報を隠していたのですか?」
ハウザー団長が、皆の動揺を静めるためにアルゼル指揮官に質問をする。
「そうだ。私達の任務は今回の暗殺事件を調査し、闇斬りの犯行だった場合は、闇斬りを秘密裏に処理すること」
アルゼル指揮官は、ハウザー団長の質問に澱みなく答える。
「ふざけるな! 中央の面子のために、そんな重要な情報を隠していたのか!」
「その情報があれば、ジアルは死なずに済んだ!」
アルゼル守護騎士の返答に、そこかしこで反発の声が上がる。
元中央所属の騎士となると、腕も相当だろう。
その情報を知っていれば警戒できただろうし、対応も違ったかもしれない。
「それが国家の意向だ」
アルゼル指揮官が、反発の声に対して言い放つ。
「じゃあ、なぜその国家の意向とやらに背いて、今、それを俺達に喋る」
隣に座っていたシドが、静かに問いかける。
「無論、闇斬りに対抗するためだ」
アルゼル指揮官の言葉に、喧騒が静まっていく。
「先ほど、中央王都本部に応援を要請したが、拒否された。ここにいる者達で、闇斬りに対応するしか道はない。この状況下、私は闇斬りの情報を開示する必要があると判断した」
合理的判断。
感情が先走っていた私達は、少し冷静になっていく。
その様子を見て、アルゼル守護騎士は言葉を続ける。
「闇斬りの名前は、ピアーズ・ロゾナンス。これが奴の顔だ」
前方に、大きな顔画像が貼り出される。
痩せた男の顔。
年は20代後半から30代前半。
光のない細い目が特徴的だった。
仲間の仇を、団員達は鋭い目つきで見ている。
「写真は中央王都所属時のもので、五年前のものだ。特徴は色々変わっている可能性がある」
となると、今は30代半ばくらいだろうか。
「これからの方針を伝える」
アルゼル指揮官は、皆の方に向き合う。
「闇斬りは、貴族などの権力者に雇われて犯行に及んでいる可能性が高い。また、それに伴って彼に協力する裏組織があるはずだ」
貴族や権力者が、自身の利己のために裏組織を囲い、犯罪行為をさせることはある。
「被害者から因果関係を辿って、権力者の方は捜査をしている。我々の目を欺くために、関係のない者まで殺害しているようだが、権力者の方は明日には辿り着ける」
中央王都の情報網は国家最強だ。
とはいえ、そこまで捜査が進んでいたのか。
「君達は裏組織の方を調査してほしい。この領内で構わない。存在する裏組織を徹底的に調べてほしい。そこに闇斬りはいる」
黒羊騎士団は、領内の裏組織に精通していた。
つまり、得意分野である。
「貴族の護衛、街の警戒にあたる者も、闇斬りに遭遇した際は無理に対応しようとせず、応援を呼ぶように。奴は元中央王都の暗部所属で、闇のエレメントを使う凄腕だ」
元中央王都暗部所属で、エレメントも使えるとなると、対峙できる者は黒羊騎士団ではかなり限られるだろう。
「以上だ。この後、ハウザー団長から詳しい指示を受けてくれ」
アルゼル指揮官はそう言い残すと、中央王都騎士団の面々を連れて退出していった。
***
「ルィンの容態は?」
会議が終わった後、アレクが聞いてくる。
「命は取り留めたけど、まだ目覚めてないみたい」
私は、先ほど治療班から聞いたことを答えた。
「そうか」
アレクの言葉は、そこで終わった。
「ルィンはタフなやつだから。きっと大丈夫」
私は、自分に言い聞かせるように言った。
アレクも頷いている。
「しかし、あの指揮官。よくあんな情報発表したな」
シドが言う。
確かにそうだ。
中央の失態を、自ら公表するようなものだ。
「シドの説教が効いたんじゃないか」
「そんなたまじゃねーだろ」
アレクの軽口に、シドが返す。
「だが、この情報は正直ありがたい。領内の裏組織だったら、俺達はほとんど把握している」
騎士団は裏組織の動向に、普段から注視していた。
そのための情報も多く持っている。
闇斬りが裏組織に匿われているなら、辿り着ける可能性は高い。
「大詰めだな」
シドが言う。
「あぁ。ジアルさんの仇を取ろう」
アレクの言葉に、シドと私が頷く。
この事件も最終局面を迎えている。
私たちは調査に向かう為騎士団本部を後にした。。




