第六話 見習い騎士の奮起。
「今日の会議は、あまり進展なかったね」
ほぼ寝ずに出た会議では、特に新しい情報の共有もなく、お昼前に終了した。
「まぁ、そんな落ち込むなよ。午後がオフになっただけでも感謝だ」
アレクが表情を変えずに言うが、目の下にはくっきりとくまが刻まれていた。
「今日は調査に行かないんですね」
アルゼル指揮官達は情報を整理するらしく、そのおかげで、私達は今日の夜警まで休めるようになった。
「俺達抜きで調査したいのかもよ」
寝ずに飲み歩いていたシドが、飄々と言う。
「私達抜きで調査?」
眠気で回らない頭が、余計に回らなくなる。
「アレクが言ってたみたいに、この事件はどうもきな臭い。中央は何か隠しているかもな」
確かに、アレクも同じことを言っていた。
シドの言葉に、アレクも続ける。
「まっ、国家中枢にいるあいつらが俺達に隠してることなんて、いくらでもあるだろうし、今までも全貌を隠して事件に介入したこともあった。それ自体は珍しくない」
確かに、私達が知らないような情報も取り扱っているだろう。
それこそ、国家機密と言われるようなものまで。
だから、情報を開示できないのはある程度理解できる。
けれど、合同で作戦にあたっている者からしたら、必要な情報が開示されないのはたまったものではない。
それこそ情報は、作戦の成功や人の生死に関わるのだから。
「問題は……その隠している情報が、どのレベルの情報かということだ」
アレクの声が、いつもより低く聞こえた。
「貴族の醜態や権力者の火消しくらいなら、あるあるだ。だが、それこそ、知らないことが命取りになるような情報の可能性もある」
命。
アレクの言葉が、いつもより重く聞こえる。
そっか。
私達騎士は、命と隣り合わせの仕事なんだ。
私達は命を捧げることを誓い、剣の帯刀を許可されている。
平時である時は、その意識がどうも薄くなってしまう。
「まぁ、俺達も情報や調査を中央頼りにするのはやめた方がいい。自分の身を守るためにもな」
シドがそう会話を締める。
言葉を聞いて、シドの言う通りだと思った。
普段はどうしようもないが、頼りになる時は頼りになる先輩達だ。
「かっこいいこと言ってるけど。シド、飲まずに夜警までちゃんと休みなさいよ」
私も先輩にアドバイス返しをする。
「えー。朝、あんま飲めなかったのにな」
まだ飲むつもりだったのか……。
アレクもさすがに疲れているのか、ツッコミがなかった。
私も疲労が限界を迎えて、目が霞んでいた。
夜にはまた夜警がある。
私達は、しばしの休息を取るため、騎士団本部を後にした。
***
シオンは、会議室の隅からアルゼル守護騎士を見ていた。
先ほど会議が終わった後も、アルゼル守護騎士は休むことなく、部下から報告を受けたり、資料の確認を行っていた。
地方騎士団に開示できない情報を扱って調査を進めているのは、ここにいる中央騎士団の団員だけだ。
今日の会議では、進展なしというのが話の落とし所だった。
しかし、ここでは幾つもの可能性を元に調査が進められている。
中央王都騎士団は、地方騎士団に開示できない情報も含めて、膨大な情報量を持っていた。
その中でも、気になる情報が一つ。
「例の暗部案件と、関連の可能性はあるのでしょうか?」
シオンは、気になっていたことをアルゼル守護騎士に問いかける。
「まだ断定はできない」
アルゼル守護騎士が答える。
「そうですか。もし関連していたら厄介ですね」
私達も、任を与えられた時、その厄介の可能性を考えていなかった訳ではない。
もし、これが本線なら、考えられる限り最悪の展開だとも言える。
「そうだな。厄介ごとを押し付けられた可能性もある」
押し付けられた可能性。
その言葉には、思い当たるところがある。
ヌーク守護騎士が言った通り、アルゼル守護騎士を支持し、協力する勢力もある。
同時に、その成功を妬み、邪魔に思う勢力もある。
いろんな思惑が渦巻く。
それが中央王都だ。
「心労が絶えませんね」
アルゼル守護騎士が優秀な指揮官であることは間違いない。
しかし、様々な思惑が渦巻く中で現場の指揮を取り続けるのは、心身共に疲弊するであろう。
「シオン。王都に思惑があろうと、最終的には現場の指揮官である私が判断をする」
アルゼル守護騎士は、資料から顔を上げた。
「その判断を私が間違えないように、力を貸してほしい」
「承知しました。力を尽くします」
アルゼル守護騎士の言葉に、シオンは返答した。
その言葉に、嘘偽りは一切なかった。
***
「今日の夜警もずぶ濡れ確定ね」
ジョストンの街は、今日も雨だった。
しかも、雨脚はここ数日で今日が一番強い。
元々雨の多い地方であるが、ついてない。
「だな。この雨だと、視界もあったもんじゃないな」
シドが雨に目を細めながら言う。
「しかし、犯人はこんな騎士がうろついてる中、事を起こそうとするのかな」
私は、素朴な疑問を口にする。
夜警の騎士も、私達以外にもいる。
貴族には騎士が護衛についている。
厳戒態勢と言って差し支えない。
「それは分からない。どんなに警戒しても隙は必ずある。相手の力量が分からない現状なら、なおさらだ」
アレクが言葉を返してくる。
「世の中にはいるんだよ。こんな厳戒態勢すら何も問題にしない奴も」
肝に銘じておけ。
そう言葉を続けた。
アレクの言う通り、この世界は広い。
三流の士官学校を出た私の周りにはなかなかいなかったが、天才や達人と呼ばれる人材は、この国には間違いなくいる。
そういう人達は、常人ではとても辿り着けない領域に達していると言う。
そして、不可能を可能にしてしまう。
私達より力が強く、魔力を持ち、自然の強者であるはずの魔物を、その座から引きずり下ろしたり。
私はシドの横顔をちらっと見た。
私が人生で初めて出会った、あっち側の人間だ。
「まぁ、そんな奴、ゴロゴロいる訳でもないけどな」
アレクの呟きは、ほとんど豪雨にかき消されていた。
「……!」
シドが咄嗟に剣を抜いた。
「どうしたの?」
シドの咄嗟の行動に、私は困惑する。
「……ミスリルが反応してる」
アレクが言うように、シドの剣が青白く発光していた。
「ミスリルの共鳴。誰かが、エレメントを使った可能性がある」
シドが言う。
戦闘でエレメントを使える人は、騎士の中でもそう多くない。
そもそも、使う状況自体ただ事ではない。
「ここから近い貴族邸は?」
シドが言う。
「……ギャレッジ子爵邸」
……えっ。
それって。
私はアレクの言葉に、頭が真っ白になる。
「……ルィンとジアルさん……」
そう。
二人が警護にあたっている貴族だった。
「急ぐぞ」
シドはそう言って、先頭を駆けた。
「マナ。とにかく全力で走ってついてこい」
アレクもそう言うと、シドに続いた。
私も二人に続いた。
ルィン。
ジアルさん。
お願い。
無事でいて。
***
視界は豪雨に奪われていた。
走るたびに、体力も少しずつ削られていく。
雨が目に入り、息がうまく吸えない。
鎧が水を吸って重い。
それでも足を止めたら、何かが終わってしまう気がした。
二人のスピードは、とても私がついていけるものじゃなかった。
シドの背中は、随分前から見えなくなっていた。
アレクの背中が、なんとか見えているという状況。
それでも懸命に走った。
私が早く着いたからといって、何ができる訳ではない。
それでも、この足を止めることはできない。
仲間の無事を、この目で確かめるまでは。
そして、アレクの背中が見えなくなった頃、子爵邸に辿り着いた。
「ルィン! ジアルさん!」
私は中に入ると叫んだ。
そこには、血だまりの中に倒れる二人がいた。
「マナ! ルィンはまだ息がある。治療を!」
叫ぶアレクの声が、遠く聞こえる。
ルィンは?
じゃあ、ジアルさんは……?
今朝話していた時から変わり果てた二人の姿を、私は呆然と見つめていた。
「マナ! しっかりしろ! 仲間を死なせたいのか!」
アレクの声に、我に返る。
私は倒れ込んでいるルィンの横に座り、治療を開始する。
応急止血は、アレクが行っていた。
けれど、血が止まらない。
……傷が深い。
手のひらで押さえても、血が指の間から溢れてくる。
私はそこから、さらに止血を行った。
「ルィン! しっかりして!」
私はルィンに呼びかけた。
「……カト……レア……?」
ルィンが、掠れる声で答える。
「ルィン。もう、大丈夫だから!」
私は必死に呼びかける。
「た……すけに……きて……くれたん……だ」
「当たり前じゃない! 仲間でしょ!」
「……そっか……ありが……と」
また、ルィンの声が小さくなる。
「駄目! 駄目! 駄目よ! ルィン!」
私は治療を続けた。
やめる訳にはいかない。
その時、入り口から物音がする。
「状況は!」
大声が聞こえてきた。
騎士の応援だった。
「子爵は無事です。騎士一名が死亡。一名重傷。シドが犯人を追っています」
アレクが冷静に答える。
「こちらが重傷者ですね。後は私が引き継ぎます」
治療専門の騎士が、私の横についた。
「お願いします」
私はルィンを託した。
相手は頷いて、すぐに治療に取り掛かる。
「……ジアル」
「クソっ!」
どうやら、到着した騎士の中に、ジアルさんの顔見知りがいたようだ。
アレクは一度だけ、ジアルさんの前で足を止めた。
それから無言で、自分のマントを外した。
アレクは自身のマントを、ジアルさんに掛ける。
その目から感情を読み取ることはできなかった。
***
子爵邸に着いた時、犯人はまだいた。
気配を察知して逃亡した。
子爵が無事だったのが、その証拠だ。
犯人の痕跡も、確かにあった。
追いつける。
そう思ったが。
「痕跡が完全に消えた」
さっきまであった痕跡が、完全に消えた。
これは、エレメントの力を使ったに違いない。
……となると。
「闇のエレメント、か」
正解だ、黒髪の騎士君。
声は近い。
けれど、気配はどこにもなかった。




