第九話 元暗部騎士剣を手放す。
(凄まじい力だな)
現れた黒髪の騎士と数太刀斬り合い、俺は思わず感嘆した。
相手のエレメントは、恐らく雷を司る。
剣に雷気を纏わせ、剣速を上げている。
上がった剣速は、そのまま威力を高めていた。
だが、驚くべきことはそこだけではない。
その人外じみた剣速を制御する、身のこなしだった。
繰り出される剣を、俺はぎりぎりで受けるのがやっとだった。
(いるんだな。天才は)
剣に身を置く者として、これまでも数多の剣士を見てきた。
目の前に対峙する騎士は、まだ若輩と言ってもいい年齢だ。
だが、至っている。
常人では決して辿り着けない境地へ。
「その力がありながら、何故こんな辺境にいる?」
疑問を投げかけてみる。
他の部分で劣っていたとしても、しょせん騎士が一番評価されるのは力。
彼なら至れる場所は数多くあるはずだ。
「実家が近い」
「ふっ」
真顔で答える騎士の言葉に、思わず笑う。
事情など、取り留めのないことか。
「あんたもエレメントをなんで使わない」
騎士が尋ねてくる。
互いにミスリルの剣を見せ合っている。
何かしらのエレメントを使ってくるのは、お互い把握済みだ。
「あぁ、すまない。楽しくてつい」
最初は様子を見ていた。
だが、どうやら彼もそれは同じ。
そろそろ使わないと、これ以上剣速を上げられたら防げそうない。
「――クリュシュナ」
精神を集中させ、剣の銘を呟く。
これが、剣にエレメントを発現させる方法だ。
「……」
騎士は無言で剣を構えている。
隙がない。
いい構えだ。
その構えに向かって、一気に間合いを詰める。
騎士は剣先を予想し、受けの形を作る。
その剣先を消す。
「虚刀」
消えた剣先が、騎士の肩を切り裂いた。
剣では受けきれていない。
だが、天性の身のこなしで致命傷だけは避けている。
そのまま連続で斬りかかるが、騎士は後ろに回避する。
再び間合いが開いた。
「闇のエレメント。そんな使い方があるんだな」
騎士は肩口からの出血を手で押さえながら言う。
「まぁな」
闇に沈んだ剣先に視線を落としながら、俺は答えた。
「……それだけじゃないな」
騎士は何かに気づいたようだ。
鋭いな。
「黒蝕」
俺は静かに告げる。
「お前の傷口から、闇のエレメントを入れた。力も、体力も、エレメントも、少しずつ喰われる」
「なるほど、どうりで力が入らない訳だ」
俺の言葉に、騎士は合点がいったようだった。
「お前は見えない剣先に対峙し、エレメントも使えない。そして剣先が掠るだけでも、黒蝕が傷口から発動する」
俺はクリュシュナを構え直す。
「あと三回も体を擦れば、お前は絶命するだろう」
「そっか」
危機的な状況にも関わらず、騎士はさらりと言う。
「逃げないのか?」
試しに聞いてみる。
「先輩の仇だしなー」
貴族の館で斬った騎士のことか。
シドは肩口を押さえたまま、少しだけ息を吐いた。
「それに、あんた。誰かに止めて欲しいんだろ?」
騎士の言葉に、何も返すことができなかった。
止めて欲しい。
俺は、そう思っているのか。
「どうしてそう思う?」
「暗殺を金のためにやってるようにも見えないし、騎士に庇護されている貴族ばかり狙う。騎士との対峙なんて普通は避ける。リスクでしかないからな」
騎士は、真っ直ぐにこちらを見ている。
「それを進んでやってるあんたは、まるで騎士に助けを求めてるように見える」
「お前で止められるかな?」
騎士の言葉に、笑みをこぼしながら問いかける。
「止める」
騎士は真っ直ぐにこちらを見て、剣を構え直す。
俺は一気に間合いを詰めて、騎士に斬りかかる。
致命傷を与える必要はない。
小さい傷を付けるだけで、死に追いやれる。
見えない剣先を振るう。
今度は剣で受けられた。
流石の対応力だ。
見えない剣先を、見ている訳ではない。
俺の視線、肩、踏み込み。
刃ではなく、俺自身の動きから剣先を読んでいる。
さらに受けきるのが難しい場所を狙ってみるが、これも受けられる。
そのまま激しく剣戟が何度もぶつかり合う。
斬り合いの中で、騎士の剣が俺の体を何度も斬りつけた。
だが、俺の剣も騎士の体を何度も斬りつけていた。
黒蝕が、騎士の傷口から発現している。
シドの指先が、わずかに震えていた。
剣を握る力が、少しずつ抜けていくのが見て取れる。
おかしい。
もう絶命してもおかしくないはずなのに。
騎士は肩で息をしている。
それでも、まるで立ち塞がるように直立していた。
「……化け物だな」
信じがたい目の前の騎士の胆力に、思わず笑ってしまう。
「言ったろ。あんたを止めるって」
騎士も笑みをこぼしながら答えてくる。
「……止める必要などない。自分で選んだ道だ」
「なんで選んだ、そんな道」
「選ばざるを得なかった」
そう。
選ばざるを得なかった。
「俺は、中央の暗部で剣を振るっていた。だが、暗部というのは時として重宝されるが、必要とされなくなったら存在自体を忌み嫌われる」
権力者達の都合で、俺は中央を追われた。
そう。
権力者達は、命を賭して任にあたっていた俺をあっさりと見捨てた。
「そして、他に生きていく道がない俺は家族も捨てて、今、この道を選んでいる」
剣を振るうことしか知らない俺には、裏組織の暗殺稼業くらいしか道はなかった。
「なるほど。あんたは家族より剣を選んだ訳だ」
その騎士の言葉に、何も言い返せない。
「剣を捨てて、家族と生きていく道もあったはずだ。商売でも、畑仕事でも。でも、あんたはそれができなかった」
騎士は、少しだけ息を荒げながら言う。
「あんたは……剣に魅せられている」
剣に魅せられている。
そうだな。
騎士の言う通りだった。
剣のことしか考えていなかった。
どうすれば腕を上げられるのか。
どうすれば強くなれるのか。
それしか考えてこなかった人生だった。
せっかく家族になってくれた人とも、向き合うことはほとんどできなかった。
「批判するか?」
「別に。剣に魅せられる奴はいくらでもいるし、俺も剣のことばっかり考えてる性質だ」
シドは、崩れていた体勢を立て直す。
「けど、あんたは剣の使い方を間違えている。それを止めるのが、騎士の務めだ」
真っ直ぐに、騎士はこっちを見てくる。
「名前は?」
「シド・ハーグリープス」
「シド。良い騎士だな」
俺には、なれなかった存在だった。
「上司から怒られてばっかだし、後輩から舐められてるけどな」
シドに、俺も向き直る。
シドは黒蝕によって、間もなく絶命するかもしれない。
だが、その前に自分の剣技で決着をつけたいと思った。
自分が人生を捧げていた剣技で。
シドもこちらを見据えている。
黒蝕に体を侵されているとは思えないほど、殺気を纏っている。
そして。
俺は剣を全力で振るう。
先ほどのように、擦り傷を狙うことはしない。
渾身の力を、剣に込める。
その時、右腕に痛みが走った。
「アイゼン・メイデン」
シドの呟きと共に、剣が青白く発光する。
残っていた雷気が、刃に集まっていく。
――瞬間。
体を斬りつけられ、その威力で後ろに飛ばされる。
「……ガハッ!」
吐血して、その場に倒れる。
これは、致命傷だな。
斬られた胸に手を当て、傷の深さを確かめた。
「悪いな。お前の力のせいで、苦しまずにって訳にはいかなかった」
そう言ったシドも、力尽きたようにその場へ倒れ込む。
「な……ぜ? エレメントを……」
あれだけ黒蝕を受けて、立っているのがやっとのはずなのに。
「あぁ、自分の残ってる力を全部出しただけ。……お陰でもう一歩も動けねぇ」
なるほど。
命を賭した一撃だった訳か。
「……ふっ……とても……敵わねぇ……な」
声にならない声で呟く。
「いや、あんたの一撃も万全だったら分からなかったな」
シドの声が、微かに聞こえてくる。
「右腕。ジアルさんにやられたんだろ? それがなかったら、最後の一撃。入ってたかもな」
「……」
もう言葉を返すこともできなくなっていた。
俺は後悔していた。
剣を捨てられなかったこと。
家族を選べなかったこと。
そして、誰かに止めてほしかった。
剣を捨てることを、自分ではできなかった。
だから、誰かに捨てさせてほしかった。
「……ありがとよ。騎士……さん……」
薄れゆく意識の中。
俺は、ようやく剣を手放した。




