第十話 騎士送りの火
身は土へ還り、剣は眠る。
されど誓いは消えず、魂は去らず。
たとえ幽世へ渡ろうとも、
汝の魂は、我らと共にあり。
我らが剣を取る限り、
汝もまた、騎士としてここに在る。
ハウザー団長が、送りの言葉を紡ぐ。
シドが闇斬りを倒してから三日後。
ジアルさんを送る、騎士送りの火が灯された。
闇斬りを倒し、黒幕の貴族も、武器密輸組織も拘束したものの、事件の事後処理で騎士団は慌ただしい日々を送っていた。
そして、ようやく今日。
この事件で犠牲になった騎士を、送ることができた。
騎士団本部の広場には送り火が灯され、その周りには多くの騎士団員が集まっていた。
私の横には、ルィンがいた。
杖を突き、まだ痛々しい姿だったが、しっかりと自分の足で立っていた。
「ジアルさんは本当に優しくて、強かった」
ルィンが、ぽつりぽつりと言う。
「そして、俺の命も守ってくれた」
私は何も言葉を返すことができず、黙ってルィンの言葉を聞いていた。
「俺、絶対正騎士になる。ジアルさんみたいに強くて、誰かを守れるような騎士に」
「うん」
ルィンの言葉と表情には、決意が滲み出ていた。
「だから、カトレア。お前も頑張れよ! ジアルさんもすごいけど、お前の先輩もすごい。
だから、お前もあの人達に負けない騎士になれよ!」
ルィンは、いつもの元気な声で私に言葉を投げかける。
「うん。分かった。頑張る」
涙声で返事をする。
なんだか、泣けてきた。
……ルィン。
生きてくれて、本当に良かった。
「……シドさんはまだ?」
「絶対安静」
泣いて返事ができない私に代わって、アレクが返答する。
あの後、発見されたシドは、身体中傷だらけだった。
それに加えて、その傷口から闇のエレメントの能力が発動していて、瀕死の状態だったらしい。
意識はもう戻っているようだが、絶対安静は変わらず、この騎士送りの火にも参加できていなかった。
「でも、無事で良かった」
ルィンが安堵したように言う。
「アイツがそう簡単に死ぬ訳ないじゃない」
涙が少し引っ込んだので、毒づいてみる。
「心配して、泣いてたくせに」
「うるさい」
アレクの小声を、私は聞き逃さなかった。
広場を風が吹き抜けた。
儀式のために被っていたフードが少し揺れ、頬に風が触れる。
その爽やかな風を受けて、私は空を見る。
ジョストンの街には、連日の雨が嘘のように晴れ渡った空が広がっていた。
***
騎士送りの火を、私達は後方で見守っていた。
アルゼル守護騎士は、その様子を真剣な目で見ていた。
事件の事後処理を終えた私達は、本日王都へ帰る。
ヌーク守護騎士が本部にどう報告するかは分からない。
だが、アルゼル守護騎士に何かしらの処罰が下る可能性はあるだろう。
そう思うと、私の気は晴れなかった。
アルゼル守護騎士の表情を、そっと盗み見る。
自責心に苛まれているのだろうか。
あの状況下で、アルゼル守護騎士にできることは少なかった。
むしろ、下した判断に何も間違いはないと思う。
それでも、指揮官として犠牲に対しての責任は感じているのかもしれない。
思っていることを言葉にも表情にも出さない人なので、真意は分からない。
ただ、アルゼル守護騎士は火から目を逸らさなかった。
自分の判断で救えなかった命を、真正面から見届けようとしているように見えた。
「アルゼル守護騎士。そろそろ」
私が声をかける。
「あぁ。行こう」
アルゼル守護騎士も踵を返す。
「そういえば、シド・ハーグリープスと何を話していたのですか?」
数日前、アルゼル守護騎士は闇斬りを討った騎士と何か話をしていた。
「気にするな、シオン。ただの業務連絡だ」
そう答えた表情は、いつもより少しだけ柔らかかった気がした。
(…。そんな表情、するんだ。)
アルゼル守護騎士の後に続き、私達はワグナー領を後にした。
***
「シドー。お見舞いに来たよー」
騎士送りの儀が終わった後。
私とアレクとルィンは、シドの病室を訪ねた。
「あれ?」
そこは、なぜかもぬけの殻だった。
そしてベッドには、謎の置き手紙。
『先に始めてる』
うん?
何を?
「はぁー、ったく。アイツは」
アレクはため息をつく。
「あれ? シドさん、どこ行ったんですか?」
ルィンが部屋をきょろきょろしながら言う。
「まぁ、しょうがないな。じゃあ、行くか」
アレクは諦めたように部屋を出ていく。
ルィンは状況が飲み込めず、おろおろしている。
私は、絶対安静という言葉の意味を知らない先輩に呆れ果てながら、アレクに続いた。
***
夕方前の酒場は、客は殆ど居なかった。
ここは、ジアルがシドとアレクをよく連れてきてくれた、馴染みの深い酒場だった。
いつもならジアルが座っていた席に、酒の注がれたジョッキが置かれていた。
「先輩。お疲れ!」
シドが、誰もいない席に置かれたジョッキへ、自分のジョッキを重ねる。
ジョッキ同士が触れ、心地いい音を立てた。
「そーいえば、先輩のお陰で助かったよ」
それは、ジアルがピアーズにつけた右腕の傷。
その傷が最後にピアーズの動きを鈍らせ、勝負を分けた。
「アレクも呼んだから、もうすぐ来るよ。あと、後輩も」
シドは、空いた席に向かって話しかける。
「俺、後輩ができてさ。なんとなく、ジアルさんの気持ちが分かった気がするんだ」
少しだけ、声が静かになる。
「ジアルさんみたいにできるか分からないけど、頑張ってみるよ」
ジアルに相談をした時。
悩んだ時。
愚痴をこぼした時。
正騎士昇進を伝えた時。
いつでも屈託のない笑顔で笑いかけてくれた。
ジョッキを傾け、目を閉じると、その顔がシドの瞼に浮かんだ。
シドは何も言わず、もう一度だけ、空いた席のジョッキに自分のジョッキを当てた。




